第52話 「すみません、今いいところなので」
凛々夏に見せてもらったスマホに流れる動画が映すのは、まさしく今日あの時の映像。
“——そんなアイドルを心の底から応援する事こそが“在り方”ってものでしょ?!”
しつこく言い寄られて、エス=エスが侮辱されて、私が怒っちゃった時のもの。画角としては
動画の始めにそうとわからなかったのは、動画には編集が施されているみたいで、声は私のそれより高く、時折映る顔にはモザイクをかけられてるから。さらには、私にとって唯一の特徴と言える“体型”すら巧妙に加工されていて、ここから即座に私へと辿り着くのは難しそう。
……さっきの今でここまできっちり加工してるのは、よっぽど技術的に優れた人が編集したんだと思う。
投稿者は……あ、知ってる。界隈のニュースをSNSで取り上げる、有名なインフルエンサーだ。この人が編集を? ……そうかもしれないけど、編集元の動画を撮影する必要はあるし、撮影までしたって事はあの場に居たっていう事で、そんな偶然は考えにくい、よね。
いや……そんなことより、だよ。
“アイドルをまともに見もしないで、私みたいな女を追っかけてるくせに、よく言えたね!!”
「り、凛々夏。それその、見なくて良いんじゃない?」
「……マネージャーからの指示なんです。すみません、集中させてください」
「お、お仕事って事かぁ……なら、しょうがない。あは、ははは……はは……」
……は……恥ずかしい……!!
自分が顔を真っ赤にして取り乱して、声を荒げてる姿なんていうのは、客観視するに堪えないものの代表格だよね!
それを今、私は誰かが密かに撮影していた動画って形で見せられてる……っていうより、この世で一番大好きな推しに見られてるわけで!!
……し、死にたい。今すぐ消えて無くなりたい。せめてもう、この場を離れて寝室に篭ろう。あのふわふわしたベッドこそ我が安住の地。あいらぶおふとぅん。
……そうしようと、思ったのに。
“エス=エスは最高のグループなんだ! どこにでもなんかいない!!”
「あのー、凛々夏さん。どうして私の腕に、手を回してるのでしょうか」
「すみません、今いいところなので」
「はいぃ……」
あいどるからは、にげられない!
凛々夏は片手でスマホを見ながら、もう片方の手で私の腕を抱き締めてくる。私には当然、凛々夏の手を振り解くなんて選択肢は存在する筈もなくって。そうなると、たとえ目を逸らしたとしても、動画から流れてくる音声を防ぐ事は出来ないんだ。……うぉお、ころせー! 誰か私を、ころせよー!!
……そうして、一分をちょっと超えるくらいな尺の動画は、最後に地面へ尻餅をついたあの人の後ろ姿を映して終わった。
それを見終わった凛々夏は、何をいうでもなく、私をじーっと見つめてくる。そ、その目はなんだよぅ。呆れてる様な、でも嬉しそうな、その表情もなんだよぅ。……可愛いじゃん。
どうしよう。私は何をすべきなんだろう。
凛々夏が何かを言ってくれたり、いっそ笑ってくれたら気が楽なんだけど、そうしてくれるような気配はない。
だとするなら、私からアクションを起こすべきなのかなとも思うんだけど……いや、自分が怒ってる動画なんか見られて、私にどうしろってのさ!
……いや、むしろ上手に加工されてる事を逆手にとって、とぼけてみるのはどうだろう。現状既に私は顔があちあちなんだけど、私だって思われなければこれ以上恥ずかしがることもない。……アリ、だね。
「い、いやー。中々、アツい事を言う人もいるもんだねぇ? 本当に、暑苦しいくらいだよぉ」
「これ、ユキさんですよね?」
ムリぃ!! もう私だと認識されちゃってるよぉ! 凛々夏にオタクとして認知されたのは嬉しかったけど、こんな事を知られたくなかったよ!!
どうして……いや、そうだ。凛々夏はさっき、私があの人に言い寄られてる姿を見てたって、言ってた!
映像では私もあの人も顔を確認できなくはなってるけど、周りの風景や状況を加味すれば判別はつけられる!
……お、終わった。もう、おしまいだぁ。
こうなったら下手に言い訳をするのは悪手だよ。私は顔の熱さに堪えながら黙るしかない。
でも凛々夏は、そんな私を見て、にまにまといたずらっぽい笑みを浮かべ始める。
……そろそろ私にも理解できてる事はあるんだ。凛々夏っていうとっても素敵な女の子は、私を“いじめる”事が大好きないたずらっ子でもあるんだ。その一面を隠しきれなくなった時、凛々夏はこうやって、にまにまと笑うんだよ。そんな表情もやっぱり可愛いんだから、本当に無敵のアイドルなんだと思う。
凛々夏はそうやって笑って、またスマホの上で指を滑らせて。
「……なんで二周目を見ようとしてるの?!」
「いひ、いい動画だなーと思うので。マネージャーさんもそう言ってたんですよ」
「い、いやいや、一回見たら十分じゃないかな?!」
「気に入った動画は見返したくなるタチなんです。……あーでも、この“女の人”がユキさんじゃないなら、気にする事なくないですか?」
「それは、そうかもだけどぉ……!」
慌てる私を尻目に、凛々夏は楽しそうにまた動画の再生ボタンを押した。
流れる音声、顔が熱くなる私、にまにまする凛々夏。ほんの数分前まで、どことなく真面目な雰囲気だったのに、私をからかうチャンスとわかった途端にこれだよ。まったく、いたずらっ子さんめ。凛々夏じゃなかったら到底許されないからね?
……二度目の再生が終わって、ご満悦そうな凛々夏はようやくスマホをテーブルに置いてくれた。私はもう、穴があったら入りたい気分なんだけど、凛々夏の上機嫌さはあからさま過ぎるくらい。
そしてなんでか、凛々夏はまた私の腕に手を回して、少し体重を私に預ける様にしてしなだれかかりながら、綻んだ口元を開くんだ。
「いやほんと、いい動画です」
「……そーですか」
「他の人もそう思ってるみたいで、もうプチバズしてるみたいですよ。うちのマネージャーさんも、それで観たらしいです」
「そーですかっ」
「だからわたしにチェックする様にって業務連絡が来たわけですけど……ユキさんに聞いた方がいいコト、ありますよね?」
「そー、ですか?」
そこで話を区切った凛々夏は、グラスを手にして喉を潤した。白くて細い喉が鳴って、それからまた、彼女は少しの上目遣いと一緒に、私に視線を戻してくれる。……もう少し上目遣いが強めだったら、私は死んでたね。ただでさえ密着してるし。
「あの時、何があったんですか?」
凛々夏の言うあの時っていうのは、言うまでもなく動画が撮影された今晩の話だね。
オフ会に行った私が、
タクシーの時は気が動転してて、情緒が乱れてて、ちゃんと説明出来なかったけど……今ならまぁ、問題はなさそう。ここは心配をかけた凛々夏の為にも、動画の内容に言い訳する為にも、きちんとお話しした方が良い、のかな。
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