第44話 “早くユキさんに、会いたいです”
シュバっとスマホを持ち上げて、誰にも見られないように隠しながらアプリを開く。座った席は、このオフ会を開いてくれた幹事さんの企画で“くじ引き”だったんだけど、壁際の席で助かった。
連絡自体はこのところ、毎日してたんだ。だから今になって焦ったりする必要もないはず。なのに、なんだか落ち着かない気持ちで、私はアプリに表示されたルームの一つを選択した。
エノ:“おつかれさまです”
“いまお家ですか?”
そこには、さっき届いたばかりな凛々夏のメッセージ。
アカウント名が“凛々夏”とかじゃなくって、“エノ”なのは身バレ対策。万が一を考えて、少しだけ遠い名前にしてるんだ。いざ連絡するってなったら、その時お互いがどこに居るのかとかは中々考慮しにくいし。ちょうど今みたいに。
なんとなくあたりを見渡してみたりするけど……特に問題はない、よね。
むーにゃさんの方を見てみると……おぉ、件の女子とはなんだか打ち解けられたみたい。さっきまで男性がいたはずのポジションにむーにゃさんは収まってる。むしろ女の子の方が、むーにゃさんに向かって行ってるような。
その光景に一安心しつつ、いま私がすべき事に注力する。そう、メッセへの返信だね。
“おつかれさま!”:自分
“今はエス民の集まりで、居酒屋にいるんだ”
“そっちはもう終わっちゃった?”
エノ:“なるほど”
“こっちも、まだ打ち上げ中です”
そっか! オタクがオフ会を開くように、アイドルだって打ち上げしたりするよね。
今日のライブは“フェスへの出演”や“メイドカフェとのコラボ”、“サマーシーズン衣装”なんかの発表があったし、打ち上げで今後の英気を養うのかもしれない。
でも、いいなぁ。
って、羨ましがってる場合じゃない。こうしてる間にも、ぽんぽこ凛々夏からのメッセが飛んできてる。
エノ:“ちょうどいいかもしれませんね”
“終わったらお互い連絡ってコトで”
“いいですか?”
“おっけーですっ”:自分
“言ってくれたら、すぐ抜け出すから!”
エノ:“ゆっくりで大丈夫ですよ”
そう言われても、やっぱり私には凛々夏以上に大事なものなんてない。なので、連絡が来たら抜けさせてもらわなきゃ。会費は先払いしてあるし、大丈夫だよね。
エノ:“でも”
この後の段取りを考えつつ、グラスを傾けてると。
エノ:“早くユキさんに、会いたいです”
——……や、やるじゃん、凛々夏。メッセ越しに私を昇天させるとは。
あ、やば。文字で残ってるから、スマホの画面に目をやる度に死にそう。知ってるよ。これリスキルって言うんでしょ? メッセを送ろうとすると死にかけるんだけど。
とりあえずスタンプだ。困ったらスタンプを送っておけばどうにかなるはず。鼻血を噴き出すクマのスタンプを送って……このハートのやつも送っちゃお。ラブよ、伝われー。
「誰と連絡してんの? 彼氏?」
……パッとスマホを伏せて、むーにゃさんが離れた事で空いていたはずの隣を見ると、そこにはむーにゃさんでもげっこーくんでもない人がいた。
彼はホークアイさん。私よりひと回り年上のドルオタで、色んなアイドルの現場に顔を出しているみたい。……正直に言おう、私が苦手なタイプ。
でも、色々考えるとまるきり無碍にもしづらいので、上手くあしらわなきゃ。
「ちょっと違うんですけど、大事な人なんですよぉ、あはは」
くらえぃ必殺、匂わせバリアぁ! 私にはいい感じの人がいるんですよって匂わせる事で、恋愛的なお付き合いは出来ないんですよと言外に伝える方法だっ。
嘘はついてないもん。私が連絡していた凛々夏ほど大事な人はこの世に存在しないし、あの世にも存在しない。
「そういう風に言うってことは、付き合ってるとかじゃないんだ?」
「私は大好きなんですけどねぇ、あはは」
「まぁ、彼氏だったら、こんな空間にユキちゃんみたいな子を送ったりしないか」
「えー? オフ会くらいは普通じゃないですか? あはは」
「いやいや、気が気じゃないでしょ。俺がユキちゃんの彼氏だったら絶対イヤだね」
……まぁ、まともな人だったらバリアも通じるけど、やっぱ無理そう。
もうこの一瞬で色々とイヤだよ、私は。
ホークアイさんとはプライベートの話をしたいほど仲がいいわけでもないのにそういう話ばっかり。
しかも、エス民が集まって楽しそうにしてるこのオフ会を“こんな空間”ってなに? 参加してるみんなにも、開いてくれた幹事さんにも失礼でしょ。それに……やっぱり視線が怪しいし。
……こういう事になるから私は、オフ会への参加を控えてたんだ。自分の過去を振り返れば、どういう目に遭うかはわかってるから。だけど、むーにゃさんにもげっこーくんにも仲良くしてもらってるし、二人と交流出来る機会があるならって、本当はずっと参加したかったんだ。……自衛って、難しいね。
こぼしそうになったため息をグラスで隠して、ついでに中身を飲み干す。そうすれば店員さんにおかわりをお願いできるから、少しだけでも彼とお話ししなくて済む。
正直、露骨かもしれないと思う程度には、柔らかく拒絶してみてはいるんだけど……スリーアウトをとっくに超えていても、ホークアイさんは私の隣を離れたくないみたい。
「どう、実際?」
「実際って、なにがですか?」
「彼氏候補に俺とかさ。これでも金は持ってるから、色々楽しめると思うよ?」
ホークアイさんはお父さんがどこかの社長さんらしくって、その恩恵に預かって生きているらしい。界隈でもトップオタを自称する程お金を落としているみたいで、
……うん、そういうところも、私とは合わなさそう。まぁ仮に、合ったところでって話なんだけど。
でも……だからこそ、無碍にも出来ない。彼は私より、エス=エスにお金を費やしてるから。
個人が消費する金額っていうのは全体としてみれば僅かなものかもしれない。けどそれでも一人で沢山のお金を落としてくれるオタクの存在は、アイドルにとってかけがえのないものだって事は、私にも想像できる。
私が拒絶の仕方を間違えた結果、万が一彼がエス=エスの界隈に嫌気が差して、お金を落とさなくなってしまったりしたら。……それで大なり小なりのダメージを受けるのは、凛々夏なんだ。
だったら、私がイヤなのは我慢しなきゃ。
「……あははー、私には勿体無いですよぉ」
「そんなことないって! ユキちゃんは美人なんだから、自信を持ちなよ!」
「あはは、それこそ、そんなことないですよぉ」
「いやいや、ユキちゃんほどスタイルのいい子見たことないって。なんだったら、エス=エスのメンバーより立派じゃない?」
「……そんなわけ、ないじゃないですか」
「マジでマジで!」
……褒め言葉のつもりなのかな。体型の事もそうだし、エス=エスのみんなよりなんて言われて喜ぶオタクがいると思ってるのかな。こういうところ、本当に嫌だなぁ。
……凛々夏に会いたい。こんな事を想っていいのかどうか、やっぱりまだわからないけど。
でも、この場にいるより、私は凛々夏の
「おーい! ユキにゃーん!!」
そんな風に思っていたら、手招きするむーにゃさんからお声がけをいただいた。手荷物とスマホ、それから自分のグラスを持って席を移動してみると、むーにゃさんが変な神妙な表情を浮かべて、それから口を開いてくれた。
「ごめん、気がつくのが遅れたわ。あのクソオヤジ……」
「……大丈夫っ! こういう時に仲良しが二人しかいない私のせいだから! 平気ですっ!」
「……そんなユキにゃんに相談なんだけどさ」
「相談? どうしたの?」
「こちらの……かうぴすニャンと仲良くなったんよ」
紹介されたあの女の子……かうぴすさん? はぺこりと会釈してくれたので、私も倣ってそれに応える。気合の入ったツーサイドアップが可愛い女の子で、インナーカラーに赤を入れてるからマイ担っぽい。
しかし、むーにゃさんのコミュ力も見習わないとね。私にもっと仲良しなオタ友がいれば、さっきも困らなかったろうに。
「それで、このあとエス民女子集めて、カラオケで二次会兼女子会とか考えててさー」
「え! なにそれ、めっちゃ楽しそう!」
「でしょ? ユキにゃんもどう?」
ちょっぴりメンタルをやられていた私には嬉しい提案。むーにゃさんとも、知り合えたばかりのかうぴすさんとももっと仲良くなりたいし。……でも今、私の手にするスマホが“ぽこん”と音を立てたんだ。
「……ごめんっ! 明日は用事があって、早めに帰んなきゃなんだぁ」
「そうなん? じゃあ、ユキにゃんとは別日に行くかー」
「申し訳ねぇ……埋め合わせは必ずしますんで、へへ」
「急な話だししゃーなしやん。妹がそういうなら、受け入れるのが姉ってもんよ」
「妹になった覚えはないけどね?!」
私はむーにゃさんの妹にはなれない。
だってすでに凛々夏の抱き枕なんだから。なので、持ち主の所に戻らなければいけないのです!
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