第35話 「“百合営業”って、どう思います?」
「あの、凛々夏さん、いつまでこうしておられるのでしょうか……?」
「気が済むまでです。わたし、勝ったので」
「えっと……せっかく可愛いワンピを着てるのに、シワになっちゃわない、かな?」
「いえ、こーしてたいです。勝ったので」
そういって凛々夏はテレビへ視線を戻してしまう。ライブ鑑賞はこの体勢のまま続けるつもりらしい。……どきどき、しちゃうんですけど!
私と凛々夏はぎりぎり10センチくらいしか身長差がなかったはずなんだけど、今はなんだかいつも以上に彼女の姿が小さく見えてしまう。それは決してネガティブな意味じゃなくって、やっぱり子猫が甘えてきている様な、そんな心地よくてときめく様な気持ちを私にくれるんだ。
……なんか、小さい頃よく見たアニメ映画であったなぁ。森に迷い込んだ女の子が、大きなクマみたいな生き物に出会って、そしてその生き物のお腹をベッドみたいにして甘えるシーン。今の私はさながら、そのクマみたいな生き物だよ。ゆーきーなーって鳴いちゃう感じのやつ。
うわわ、これ以上凛々夏の子猫ムーブに想いを馳せてると、また私が私でいられなくなっちゃいそう。私もライブ見よ。せっかく凛々夏の解説付きなんだし!
「……本当に、仲良しだよねぇ」
そうして目をやったテレビでは、ちょうどシズカ様とミウ姉によるデュエット曲が始まろうとしていた。
リリ、マイ、モモの“信号機”とも呼ばれる未成年組に対し、紫担当のシズカ様、緑担当のミウ姉は“ヴィノ”なんてあだ名されて、アダルト組として二人一組の様な扱いを受ける事も多い。この二人について、成人という括りだけでコンビを組まされてるのかと言うとそうじゃない。
二人はもう、それはそれは仲良しなんだ。
高身長でクール、そしてカリスマ性溢れるシズカ様と、おしとやかで落ち着きある美人さんなミウ姉。正反対にも見えそうな二人が幼馴染だという事は公式情報。
そして、アイドル活動をしていても二人は一緒にいる事が多い。ライブはもちろん、各種SNSでの露出も大抵一緒。自宅配信でも映らないだけで、互いの家にいるって話はミウ担、シズ担の間では有名。
今テレビにはそんな二人が見つめ合って、手を取り合って歌う姿が映し出されてる。
「ヴィノの二人はなんかこう、やっぱり大人っぽくて、見ててドキドキするよねっ」
「単純に年齢だけじゃなくって、身長とかもツートップですから。
「二人とも年下なのになー」
「ユキさんも、大人っぽいですよ?」
「えっ、ほんと?」
「たまに、ですけど」
「たまにかぁ」
凛々夏の前だと、どうしてもこう、はしゃいでしまうというか、童心に帰ってしまうというか。今の私の姿を会社の人や高校時代の友人が見たら驚かれると思う。
凛々夏という唯一無二の、宝物の様に素敵な推しを前にしては、私の心は踊ってしまうんだもの。
今だってそう。凛々夏が私の胸の上で寝転がってるって事実は、私の心臓をドキドキさせてくれるんだ。なんだかまったりムードだから耐えられてるけど、これ以上何かあったら、私はこのドキドキを抑えられなくなっちゃうよ。
あ、でも。……しっとりしたヴィノの曲が流れてきて、凛々夏が私に甘えてくれてるってこのシチュエーションにまた、ドキドキが強くなってしまいそう。
「ユキさん」
そんな事を考えていたら、私の胸を枕にしてる凛々夏に名前を呼ばれた。かわよ。
凛々夏は何気ない風に私を呼んだんだけど、なんだかじーっと見つめてきている。今は、もうゲームじゃないから、目を逸らしても……や、凛々夏は目を逸らさないでって言ってたし、私は心臓が裂けようが、全身から血を噴き出そうが凛々夏を見つめ続けなければ。
そうやってまた目を合わせて、ややあってから、凛々夏は言葉を続けてくれた。……なんだかちょっと、迷った感じ?
「“百合営業”って、どう思います?」
……“百合営業”について、かぁ。
女性アイドルグループにおいては、度々取り沙汰される……オタクへのファンサというか、訴求方法というか。
アイドル二人をセットにして、“この子たちはお互いの事が大好きなんです!”と公式に喧伝する売り出し方。二人で仲良くしてる姿をSNSにアップしたり、過激なところだと……その、キスとか、してみたり。
百合営業に至る理由はいくつもあると思う。シンプルに二人の仲の良さをアピールする事によるイメージアップ。それから、一部のオタクへのアプローチ。
それについて、どう思うか……って、え、う、嘘だよね?
「ま、ままま、まままさか、ゔゔゔ、ヴィノの二人って」
「ゆ゛ゆ゛ユ゛キ゛さ゛ん゛、ゆ゛れ゛か゛す゛こ゛い゛て゛す゛」
「え、ええええ、“営業”、だ、だだ、だったの?!」
「お゛お゛お゛、お゛ち゛つ゛い゛て゛く゛た゛さ゛ぃ゛」
突如として凛々夏から明かされた衝撃の事実に、私はもう動揺なんて隠す事ができないよ。
ヴィノの二人、特にミウ姉からシズカ様に向けられる愛の深さはリリ担の私ですら知るところであり、ミウ姉のあだ名の一つに“特級シズカ様ガチ恋勢”なんてワードが含まれてる事からどれほどのものなのかが伺える。
逆に、インタビュー映像なんかで、シズカ様サイドからミウ姉に触れる時に見せてくれる信頼しきった眼差しは、お互いの間に友愛以上の関係が築かれている事を教えてくれてる。……はず、なのに。
二人のそれは、営業だった……ってコト?!
そんな……でも、凛々夏がこんなタイミングで話を切り出したって事は、そういう事、だよね。……ど、ドキドキが、抑えらんないよ。私はオタクとして、知ってはいけない事を知ってしまったみたい。
「そそそそ、そんな、まま、まさか」
「う゛ぁ゛あ゛、ち゛ょ゛、お゛ち゛つ゛い゛て゛く゛た゛さ゛い゛っ゛て゛は゛」
「おお、落ち着くことなんて、で、でで、できないよっ!」
「ユ゛キ゛さ゛ん゛っ゛」
そして、凛々夏の小さな手が私の両ほっぺを挟んで……あ、おててあったかい、癒される……。
「……ユキさん、動揺しすぎて、ソファの下で工事が始まったのかと思うくらい揺れてましたよ」
「面目ないよぉ……あ、舌とか噛んでない?」
「大丈夫でしたけど。……一応、言っておきますけど」
「なんでしょう……?」
「あの二人に関しては、営業とかじゃないです」
「そそそそ、それって、つつつつつ、つまり」
「わ゛ぁ゛あ゛、と゛ま゛、と゛ま゛っ゛て゛」
ほっぺをむにょむにょと凛々夏に揉みしだかれて、ようやく冷静……冷静? まぁとにかく、私は身体の揺れを抑える事ができた。
「あの二人は営業とかじゃないです。ただ……実際のところがどうなのかは私にもわかりません。おーけーです?」
「おーけー。……おーけーで、済ませて良いところ?」
「とにかくっ。聞きたかったのは……アイドルが仲良くしてると、“百合営業だ”と言われる事もありますから。ユキさん的にどうなのかなって」
「私的に?」
「的に、です。その……市場調査? みたいなものと思ってください」
なるほど。……そうなると、私は単純に、百合営業についての所感を伝えれば良いわけだね。
とは言っても……オタク歴が長い様で短く浅い私としてはちょっと難しい内容ではある。そも、百合営業というものが賛否両論分かれる行為であるとの認識は、僅かながらに持ってしまっているから。
実際、アイドル同士が仲良くしている姿に喜ぶオタクも多い半面、過去には百合営業が原因で炎上したアイドルもいる。
それを私がどう思うか……そうだね。
「私としては、素敵だなって思うよ」
「素敵、ですか?」
「百合営業の是非について話すのは、やっぱり私にはちょっと難しいよ。けど、それに関わる二人はさ、それが出来るくらい仲良しなんだって事に違いはないよね?」
「どちらかだけでも嫌がったりしたら、長く続けられるモノではないコトだけは確かですね」
「うんっ。だから、そういう関係性が築かれてる二人っていうのは、素敵だなぁって思うんだ」
画面に映るヴィノの二人を見てると、私はそう思う。ミウ姉の優しく見つめる瞳も、シズカ様の信頼を寄せる眼差しも、二人にはそうなるべくしてなった思い出があって、そういう関係性を築けているからこそ滲み出るもの。それを、素敵と言わずにはいられないよね。
私がそう伝えると、凛々夏は言葉を咀嚼するみたいに何度か頷いてくれた。ちょっと曖昧な物言いになってしまったけど、伝わってくれたかな。
それから、また少しの間があって。そうして凛々夏が、思い立った様に口を開いたんだ。
「じゃあ、わたしが百合営業するって言ったら、どう思います?」
「……え?」
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