第11話 「どこみてるんですか、えっち」



「流石にロコツすぎますって。ユキさんは隠し事ができないタイプみたいですね」


「そ、そそそ、そんな事ないよ?! なんてったって私は成人済みの大人でアダルトなんだから、秘密の隠し方には定評があるって言われることも少なくないよ!」


「成人も大人もアダルトも意味が一緒だし、秘密の隠し方に定評があるって、それは逆に秘密を抱えてるってことになりません?」


「ふっぐぅ……へ、へぇ、りりちの国ではそういう解釈をするんだねぇ……?」


「お互いニホン在住じゃないですか。それで、何を隠したんですか?」


「い、言えぬぅ……言えぬのじゃぁ……」


「言えないって事は、やっぱり何か隠してるんですね。さっさと言っちゃったほうがラクですよ」


「うぅう、推しのアイドルが誘導尋問強すぎるよぉ」


「ユキさんがザコすぎるんです、ほらほら、喋ってください」



 だめだ、絶対に言うわけにはいかないんだ……!


 いくらりりちが本職もびっくりの尋問上手だったとしても、ここは譲ってはならない一線。お互いの為には私がぐっと堪えるべき分水嶺。


 だからここは気合を入れて、口元をの字に結んで、そっぽを向いて、雪奈流究極奥義絶対防御の構えを取る。この構えをとった私は、たとえ相手が最愛の推しであるりりちであったとしても、そんなに負けるつもりはないと言えるかもしれない!


 ベッドの上、隣に座るりりちはあいも変わらずジト目で私を見てくるけど、今の私は無敵っぽいから手も足も出ないでしょう。ふふん、どーだい。



「変な顔です」


「むー!」


「なに言いたいのかわかんないですし、ムダな抵抗じゃないですか?」


「そんな事ないよっ」


「喋っちゃったし」


「……むー!!」


「なんか、そーゆーことされると無理にでも喋らせたくなりますね。またほっぺをつねったら、大きな音が鳴ったり?」



 なんだか人の事を面白い音の鳴るおもちゃ扱いしてませんか、りりちさん。そんな扱いを受けてはと、ちょっぴり抗議の気持ちを込めた視線を彼女へと送って……私はまた機能停止フリーズする。


 りりちがまるで本当の猫の様に静かに、しなやかに、ベッドの上に手と膝をついて私との距離を詰め始めていたから。


 ああ、私って本当にへなちょこのぽんこつだ。りりちの動き一つ一つに心を乱されて、簡単に処理落ちするんだから。



「り、りりち、どうしたのかな」


「喋ってくれないなら、喋らせるまでですから」


「そんな戦国武将みたいなこと言わなくても。あはは、ほら、喋ってるよ……?」


「わたしが聞きたいのは、そういう言葉じゃないので」



 りりちはそう話しながら、目の前の獲物を逃さないと忍んでみせる様に、ゆっくりと怯えるえものへと近づいてくる。


 そんな私を眼で捉えて、りりちの方も興が乗っちゃったのか、前のめりな姿勢を低くしてさらに猫っぽい仕草でにじり寄ってくる。けど、今りりちが身につけているものはだぼっとしたTシャツと、多分その下の下着だけなわけで。


 そうすると見えてしまう。ゆったりした襟から鎖骨、胸元、そしてその奥のが。背中が反ることで捲れて落ちる裾から、とそれが覆う小さくて、それでいて形の良い……。



「だ、だめだよ、りりち。その……うぅ……」


 

 愚かな欲に負けないように、張り付く喉から振り絞った私の言葉はどうにも弱々しくなってしまって、自分より年下なりりちをはしたないなんて嗜めることもできなかった。


 今の私はまさしくネコに睨まれたネズミの様で、いや、もしかしたらネズミの方がよっぽど勇敢かもしれない。私は窮地に追いやられてから噛み付くなんて事は、りりちを相手に出来るわけがないんだから。



「ダメって、何が……あっ」



 多分、側から見て不審であろう私の視線をりりちは辿ってりりち自身の姿を見て、そして一度私を眺めて、それからもう一度自分の姿を見て……そうして再び私にりりちの目が返ってきた時、今日幾度となく見たじっとりした目は一層細められていて、なんだか私を咎めているみたいだった。


 心なしかほっぺがさっきより赤い気がするけど、お風呂上がりだもんね。別におかしくないよね、うんうん。



「どこみてるんですか、えっち」



 ……やっぱりちょっと、恥ずかしかったんだねぇ。


 恥ずかしがる姿にちょっと罪悪感が湧くけどりりち、かわいいよりりち。……いや節度、節度を保て、小仁熊雪奈……!



「……えっちなお姉さんでごめんなさい……」


「その発言は色々アウトです」


「でも、見ちゃうんですぅ……そんな風にされちゃったらぁ……」


「様子がおかしいからこんなことしたんじゃないですか。ユキさんのせいですよ、全部」


「だってだってぇ……私、おかしくなっちゃうよぉ……だめなのにぃ……」


「だからアウトですってば。でも……なるほど」



 ともかく、りりちの立ち振る舞いについてはそれとなく伝える事はできたわけだし、これ以上私の心が乱される事は無いと思う。そう思えばそろそろいい時間だし、本題に入っても良いかな。


 そう思ったのに、りりちはさっきと同じ仕草で、私への距離を詰めはじめた。……詰めはじめた……?!



「わたし、わかっちゃったかもです」


「な、何がわかったのかなぁ? うーん、私は、なんにもわかんないなー……?」


「さっきユキさんが何を考えて、何を隠したのか、ですよ」


「私は何も、何も考えてないよー? 私ってやっぱりおばかだから、ね?」


「そんなことはなさそうですけど、まぁいいです。……わたし、思うんです」



 所詮、私たちが居るのはベッドの上に過ぎないのだから、りりちが私を追い詰める事を楽しむ様にゆっくり詰めてきたとしても、そう時間はかからなくって。



「アイドルに対する女オタの“好き”って、色んなカタチがありますよね」


「それは、そうかもね……?」


「例えばシンプルに、ビジュアルや振る舞いに対して“憧れとしての好き”。意外と多いのがアイドルに友だちの様な親近感を抱く“友情としての好き”」


「わかるよ、うん。どっちのタイプもオタ友にいるから」



 りりちが何を言いたいのか、おばかな私にはさっぱりわからないけど、彼女の中では何か確信めいたものを抱いているみたい。


 それを確かめる様に、その上で私を手のひらで転がす様に言葉を紡いだりりちは、もう私との距離をすっかり縮めきっていた。


 ギリギリのところで触れていないだけで、少し重心をずらすだけでりりちの小さな顎先は私の肩に触れるだろう。というか、さっきから彼女の猫の様に丸めた手が私の太ももをつん、つんと突いてる。


 ショートパンツのせいで剥き出しになっている太ももだけじゃなくって、りりちの一挙手一投足に心もまた剥き出しにされた私は、ただなされるがままに刺激を与えられるしかなくって。



「あと、忘れちゃいけないのが……アイドルに対して本気の恋心を抱いてしまう“恋愛としての好き”」


「そうだね、そういう人もいる、よね?」


「どんなカタチの“好き”であっても、人それぞれの感情が込められていてステキかなって思います。それで……」


「それで……?」


「ユキさんの“好き”は、どういうカタチですか? ユキさんにとっての、わたしって……?」


「り、りりちは、私の……」



 そうしてりりちは、ねこが散々甚振いたぶった獲物にトドメを刺すかの様に、私の太ももに手を乗せた。細くて小さいその手はあまりに儚く見えるのに、まるで私を逃がさないと言っているかのよう。


 りりちが何を言いたいのかはわかるけど、そんな事を聞くのかは正直わからない。わかってるのは私が今日、ううん、現場などでりりちと言葉を交わす度に、彼女に好きと伝えてきたという事実。それがある限り、私はりりちの問いに応えなければいけないのかもしれない。


 何を伝えるべきなのか、どう伝えるべきなのか。私がぐるぐると私が迷ってる間に、りりちの手が私の太ももの上を滑って——



「……“全て”、だよぉっ!」

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