第10話 「あ、あはは、私のお尻が大きいばっかりに、ご迷惑を」

 ……か、感想か、そっか、感想かぁ。


 考えてみれば、アイドルのパフォーマンスに対して惜しみない賞賛を贈ることはオタクの存在意義だもんね。それを私は怠ってしまったのだから、りりちが不満に思うのも無理はない。


 あぶなー。何かないかと言われて、危うく財布を取りに立ち上がるところだった。そんな事したらまたジト目を頂戴することになっていたかもしれない。……いや、りりちのジト目を頂戴出来るなら……落ち着こう。


 さておき、りりちはどうやらオフショットに対して感想を……いいや、こんな風に言うってことは褒めてほしいに違いない。そうであれば、ところがあって、望むところである。


 だけど感想……さっき思った事をそのまま言うのは流石にちょっと、いや、かなーりヘンタイが過ぎるよね。もうちょっとマイルドに、マイルドに。あぁでも、あんまりりりちを待たせるのも良くないぞ。よし、言うぞ、言うんだぞ。



「お、オフのりりち、可愛くて……可愛い、よぉ……」



 ……私はどうしてこんなにおばかなんだろう。緊張と興奮と歓喜がごちゃまぜになって、今どき幼稚園児でももっとマシな感想を言うだろうってレベルの言葉を漏らしてしまった。


 こんなおばかな言葉を聞けば、りりちは。



「……ふわっとしてますね」



 なんて、ちょっと呆れた様な言葉を返してくれる。これもまた珍しいりりちの表情なんだけど、今はこれを欲してる場合じゃない!



「え、えっと、えっと!」


「もうちょっと、具体的な言葉が欲しいです。……とりあえず、髪についてはどうですか」


「あ、うん! ……私ね、りりちの黒髪のツインテが大好きなんだ。ステージの上でライトに照らされてダンスにあわせて揺れるのが、すごく可愛いなっていつも思ってて」


「覚えてもらう為に、ずっとコレツインテで活動してますから。そう言ってもらえて良かったです」


「そうなんだよっ。それで、お風呂上がりでツインテが解かれて……やっぱり結構、長さあるんだねっ」


「もうちょっとで腰に届きそうなくらいはありますね。乾かすのがちょっと大変なんですけど……ユキさんに、エス民に喜んでもらえるならって」


「本当に最高だよ! それが、真っ直ぐ降りてると、なんだかすごくおしとやかな雰囲気になってて綺麗だなって、思うよ……」


「……なるほど」



 情けないことに促されて、どうにか体裁を取り繕ってりりちの黒髪を褒めてみる。りりちから訊ねられた事ではあるけど、全部私の偽らざる気持ちには間違いない。


 こういう風に、思ってる事全てを言葉にするのは恥ずかしいけど……どうだろう、りりちには届いただろうか。そう思って、彼女の顔色を伺ってみる。


 お、なんだかちょっと、“どや”って雰囲気を感じる。口元はつんと尖らせてるけど、眉が良い感じに持ち上がってて……“りりちスマイル”を100パーセントだとしたら、6パーセントくらいはどやってる感じ。わかりにくいかな。わかってほしい。わかってよ。


 いいぞぅ、この調子だ。そして私は完全に理解したよ。これは勝負なんだ。私が目的を達するのが先か、私がりりちを前にして死ぬのが先かの真剣勝負。そうとわかれば、ここは征くしかあるまいて!



「……他は、どうですか?」


「うんっ、シャツ姿も良いよね! りりちがZジーにアップする普段着ってガーリーな雰囲気のものが多いけど、Tシャツをラフに着こなしてるのがカッコよくって、可愛いだけじゃないんだって改めて思うよ!」


「ふむふむ」


「かっこいいと言えば声! いつもと違うよね、ちょっとダウナーというか。現場とかで聞く声は可愛くてやっぱり最高なんだけど、囁く様な声もオフって感じが強くってキュンです!」


「ほうほう」


「それから、それからね! それから……」



 それからと言葉を紡ごうとして、りりちを見つつ言葉を選んでいた私の眼が、やっぱりその一点に縫い付けられてしまった。そうして喉がこくりとなれば、続けるべき言葉が止められてしまう。


 ゆったりしたシャツの裾から伸びる、白くて柔らかそうな、りりちの脚。


 別に、りりちは脚の露出を抑えてるってわけじゃなくて、むしろ多いとすら言える。動きやすさと見栄えを両立したいつものライブ衣装も丈の短いスカートだし、ダンスに際してはそれがひらめいて、スポットライトに照らされる。今日だって上にはパーカーを着ていたけど、その下は学校の制服を着ていて、そのスカートはかなり短めだった。


 しかしそれは、見ることこそ叶えど触れることは叶わない、まさに聖域と呼ぶべきもの。それが今、手を伸ばせば届きそうな場所にある。


 そんな事はするつもりはないよ。そんな事しちゃいけないよ。そうわかってるのに、やっぱりどこまで行ってもばかな私は、りりちの脚を見てしまって。



「……ユキさん?」



 あぁだめ、りりちも不思議がってるし、このままじゃ脚をじっと見られてたと気付かれちゃう。そんな事になれば、私が家に呼んだ意味がおかしなものになってしまう。


 切り替えなきゃ、なんでもいいから視線の先にある要素をさりげなく拾って、話題をはやく!



「……そ、そういえばなんだけど、部屋着の下、貸せなくてごめん、ね?」



 ぐ、あぁあ! 切り替え方がへたっぴ! 辛うじて出す話題にも程があるでしょ、私!


 どーか私が変な事を考えてた事が、りりちにバレません様に……。



「下? あー、流石にシャツと違って、ボトムスはどうしようもないですからね」


「あ、あはは、私のお尻が大きいばっかりに、ご迷惑を」


「大きいって、べつに。これくらいのサイズのシャツ、わたしならワンピースみたいに着れますから」


「うん、やっぱりよく似合ってるよぉ、はは、あはは」



 ……どうにか、乗り切った、かな?


 ふぃい、危ない危ない。ま、私は今まで入社からの約五年間、海千山千の取引先を相手に、巧みな交渉術ドゲザや誠意ある対応ドゲザで渡り合ってきたんだ。りりちがどんなスーパーアイドルだったとしても、やはりその手の分野においては私に一日の長があると言っても過言では——



「で、



 ——……ワァ……ァ……バレてるよぅ……。

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