第7話 「なんでも……します、から」
「……みんな、頑張ってるんです。シズねぇもミウねぇも、モモも、マイも。なのに、わたしがこうやって足を引っ張ったりして……なによりユキさんにも、申し訳が立たないです」
弱るように、悔いるように視線を落とすりりち。その姿を見て、私はようやく理解する。
真面目で健気なりりちは、やっぱり自分がやっちゃいけない事をしたって強く後悔していて、それで罰を受ける事そのものを望んでいるんだ。……多分、ケジメをつけなきゃ、もうアイドルとしてエス=エスのアイドルに相応しくない、ステージに立てないと思ってしまう程に。
私の口止めなんかは正直二の次で、それすら自分の体面の為じゃなくって、きっとメンバーに余計な不安やストレスを感じさせないようにする為。私の知ってる、私が憧れる、私が愛するりりちというアイドルなら、きっとそうすると思う。
……改めて、りりちがやった事は確かにやっちゃいけない事。社会的に見るなら悪い事に違いはない。相手が私じゃなかったら、オオゴトになっていた可能性は多いにある。けど、それを突き詰めるなら、彼女にそんな事をさせた誰かこそ、本当に罰を受けるべきなんじゃないの?
一人の女の子を悩ませて、その結果彼女が間違った事をしてしまって、でもその原因はそのままでいるなんて許されていいの?
でも、現代日本はそういう社会なのは私もわかってる。悪いのは罪を犯した当人だけであって、その原因となった誰かはともすれば非難されることすらない。
りりちが罪悪感に押しつぶされそうになってる今も、誰かは呑気にお酒でも飲んでるかもしれない。そんな残酷でグロテスクな現実が、この世界には広がっている。
……やっぱり、私はそんなのいやだ。
たとえこの世界がどれだけ厳しいものであっても、りりちはアイドルなんだ。そんな世界で苦しむ
「……やっぱり、そういうのはいいよ。要らないと思う。だから、ね?」
「……ユキさん、優しすぎますって……」
「もちろん、他でもないりりちのオタクだからね! 私は女の子と推しに弱くって、女の子で推しなりりちには優しくもなるよ!」
「……わたしを推しだって言ってくれるなら、尚更償いをさせてください。どうかわたしを、ユキさんの推しで居続けさせてください」
「うぅ……」
「なんでも……します、から」
“なんでも”と言われてこくりと喉を鳴らしてしまった自分を、必死になって頭を振る事で否定する。おい、ヨコシマな事を考えるなよ。私が
しかし困った。償いなんて要らないと拒否してみても、それじゃケジメがつけられないとりりちは頑なだ。そんな所もまたカッコよくて私は大好きなんだけど、今日ばっかりは困らされてしまう。
償いってなんだろう。一番シンプルなのは……お金、とか。でもそれはあり得ない。推しに貢ぐ事はあっても、推しから金銭を受け取るなんて事は、オタクである自分を否定するようなもので誰も幸せにならない。
ああ、ここはカラオケだし折角なら歌ってもらうとか? ……いや、それもノーだ。こんなに弱ったりりちに歌ってもらったところで、いつもの輝きを感じる事は難しいと思う。そんな罰ゲームみたいに歌わせたりする事も、やっぱりオタクとしてはあり得ない。
それから何より、これらの即時的な解決法は今後にとって良くないと思う。私は今日の出来事を踏まえた上でなお、りりちの事を推し続けるつもりだけど、りりちから見たら私は悪い事をして、償いをした相手。下手な“償い”はそれを明確なものにしてしまう。
そんな相手に今まで通り現場で、握手会やチェキ会で同じように振る舞うことができるかと考えると……りりちはきっと出来るかもしれない。
今まで通りの笑顔を繕って、私を迎えようとしてくれるだろう。私が知るりりちはそういう事が出来る、出来てしまうアイドルだから。……その心の内に、抱えきれぬ罪悪感や挫折を残したままでも。そんなの私は、やっぱり望まない。
じゃあ何が二人にとって丁度いい着地点なんだろう。
私が望むのは……これからもりりちに輝かしいアイドルでいてもらう事。
加えるなら、その為に“りりちは今も素敵で最高のアイドルなんだよ”って気づいてもらう事。でもこれは、今回の償いという件には関わってこなさそうな事。償いなんて私は求めてないのに。
りりちが望むのは、過ちに対しての明確な罰、償い。りりちは胸を張ってエス=エスのステージに立つ為には、それらが必要だと考えているっぽい。
……絶妙に噛み合わない。詰んでない、これ?
いや、考えろ、私。何かはある筈なんだ。私とりりち、二人が笑ってまた現場で会えるような、そんな幸せな着地点が。
考えろ、考えろ……そうして、考えて。
人生で一番というほど悩んで、唸って、私は思い至った。思い至ってしまった。
りりちへと視線を向けると、未だ弱った様に俯く姿が目に映る。もうそんな表情はしなくていいんだよって、そんな気持ちだけを込めて、私は口を開く事にする。
「それじゃあ、りりち。聞いてくれるかな」
「……はい、どんな事でも言ってください」
「これは決して、“償い”なんかじゃなくて……私からの“お願い”なの」
「……聞かせてくれますか」
私がこれから言う事は、私が定めるオタクの領分を遥かに超えている。こんな事を誰かに知られたら、私はきっと、二度とりりちと言葉を交わす事は出来なくなるかもしれない。りりちのオタクじゃいられなくなるかもしれない。
それでも私は、何度同じ日を繰り返したってこの選択を選ぶんじゃないかと思う。きっとこれは、りりちを再び輝いてもらう為に、私という矮小な一オタクが出来る数少ない手段だから。
だから私は迷いを振り切る様に、向かい合う彼女に向けてお願いの言葉を口にした。
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