宛先不明のラブレター
「恋人が欲しい。」
それがSの口癖だった。
Sとは高校1年生で同じクラスになり、席が近かったためよく喋った。
Sはいわゆる高校デビューをしようとして華麗に失敗し、「モテたい」「恋人が欲しい」「リア充め…」などという怨念じみた言葉を常日頃から呟いていた。
夏が過ぎ、秋になり肌寒い日が多くなってくると、Sの怨念じみた言葉は増えていった。
そんなある日、Sの机の引き出しの中に手紙が入っていた。
Sは「ラブレターかもしれない!」とはしゃぎながら、私の元に駆け寄ってきた。
差出人の名前は私には見覚えがないものの、どうやら同じ学年の女子生徒のようで、封筒の裏側にはクラス名も記載してあった。
「一緒に開けようぜ!」
私も手紙の中身が気になったので、一緒に開けることにした。
すると驚くことに見事なラブレターであった。自分がいかに思い続けているかが熱くかかれていた。
手紙の最後には、「もし恋人になってくれるなら返事を書いて、◯組の◯番の下駄箱に入れてください。」と記載してあった。
Sはテンションが上り、とうとう彼女ができた!と叫んでいた。
ただ私は何かが引っかかり、もう一度手紙を読み直した。
読み直すとその違和感の正体がはっきりと分かった。
このラブレターには、宛先がない。
Sの机に入っているから私達はSのことだと思っていたが、文中に一度もSの名前が書かれていない。それどころか、具体的なエピソードがあるわけでなく、いかにも抽象的な言い回しが多い。さらには自分がいかに好意を持っているのかということしか書かれておらず、文中に差出人以外の名前がでていないのだ。
私はSに、このことを話し、イタズラなのではないかと言った。しかしSは聞く耳をもたず、「俺の彼女を馬鹿にするな!」と馬鹿げた事を言ってくる始末。恋に飢えた高校生はこれほど馬鹿になるのか、と呆れたことを覚えている。
私はSに、そもそも差出人のことを知っているのかと尋ねると、知らないという。
エピソードに思い当たるフシがあるのか尋ねると、わからないという。
私はイタズラだと確信したものの、この愚かな高校生に私の言葉は届かず、愚かな高校生は返事を書いて、指定された下駄箱に手紙を入れた。
次の日、いつも通り出席するとSの姿はなかった。携帯に連絡を入れても繋がらない。
どうしたんだろう。
そんな事を思いながらその日は過ごした。
翌日もSの姿はなかった。
無断欠席ということで、担任も少し慌てている様子だ。私はふと、あのラブレターのことが気になった。そういえばあの差出人は誰なんだろう。私は封筒に書いてあったクラスを訪ねてみることにした。
幸運なことにそのクラスには知り合いがいたため、差出人のことを聴いてみた。すると確かにその差出人は存在するようだった。知り合いが「呼ぼうか?」と言ってくれたため、私は少しの気まずさを感じつつもお願いした。
教室の奥から現れたその女性は、いわゆる目立つようなタイプではなく、清楚という言葉が似合う雰囲気の人だった。
怪訝な顔でこちらを見つめる彼女に、私は単刀直入に「Sを知っているか」と尋ねた。
彼女は「S…?」と呟き、首を横に振った。
私はやはりイタズラだったかと思いつつ、彼女に先日の出来事を伝えた。
やはり彼女はその手紙に身に覚えがないようだった。
私はSが哀れになりつつも、返事を入れるように指定された下駄箱の番号について尋ねた。当然彼女の番号ではなかったが、彼女は少し戸惑いの様子を見せた。
彼女いわく、その番号は7月から不登校になったRという女生徒の番号だという。つまり実質今は使われていないという。
実在の生徒の名前を騙ったり、不登校の生徒の下駄箱を使ったり、悪質なイタズラだ。
私は彼女に礼を言うと、自身の教室へ戻った。犯人探しをしようかとも思ったが、これ以上Sが、ありもしないイタズラで舞い上がっていた事を広めるのは、彼や巻き込まれた女生徒たちにとっても良くないと思い、やめた。
次の日になってもSは相変わらず学校へ来なかった。結論から言うと、あの日以来Sはそのまま学校へ来なかった。
ここから先は私が担任に聞いた話だ。
Sが来なくなって3日目、担任がSの自宅に電話をすると、驚くべきことに、Sの母親はSは昨日も一昨日もいつも通り学校へ行って帰ってきたと言っていた。
担任はSが非行に走っている可能性があると思い、Sに事情を聴くため、その日の夕方Sの自宅の前に張り込んでいたそうだ。
担任が張り込んでいると、Sがこちらに歩いて来るのが見えた。担任が声をかけようとした瞬間、一瞬息が止まったそうだ。
担任の方へ歩いてくるSはまるで誰かと手を繋いで話し込んでいるかのように歩いていた。そしてその右手には何故か大量の手紙が握られていたそうだ。
固まる担任を尻目に、Sはまるで担任が視えていないかのように家の中へ入っていったそうだ。
その日担任は結局声をかけることができず、翌日再度自宅へ電話したものの、二度と母親が電話に出ることはなかった。
その後、担任が他の教師や警察に相談し、Sの自宅を訪ねたところ、まるで誰も住んでいなかったかのごとく、家具家電に至るまで何もなかったそうだ。
警察は夜逃げじゃないかと言っていたが、真実はわからない。
Sはどこに行ってしまったのだろう。
そしてあのラブレターはなんだったのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます