21:悩みの師匠

 ある晩のこと。ハナとリュウは二人だけで杯を重ねていた。珍しくリュウから相談があるということで、屋敷へ呼ばれたのだ。しばらく他愛もない世間話を交わしていたが、不意にリュウは声をひそめた。


「ハナ。ロアンのことなんだが……」

「ロアン? 彼がどうかしたの? 鬼術の修行のこと?」


 ハナが首を傾げると、リュウはどこか神妙に頷いた。このところ、リシュは主にハナが、ロアンは主にリュウが修行の面倒をみるようになっていた。共に基礎的な鍛錬も続けていたが、本格的な仙術鬼術の修行を始めたのは、つい先日のことだ。


「何か、問題でもあったの?」

「……どちらかと言うと、どうしたものかという相談だ。ハナの方が、師匠としては先輩だからな。意見が欲しい」

「何だよそれ。……で?」


 リュウは、どう言ったものかと口元を手のひらで押さえたが、しばらくすると口を開いた。


「ロアンだが、あれが体術よりも鬼術に才がある……というのは判るだろう?」

「ああ。うん。そうだね。以前、力が暴走しかけた時の感じからしても、性格的にも、物理より鬼術だろうね」


 ハナは頷いた。才能というものには、それぞれに方向性がある。仙や鬼でも、それは変わらない。戦うこと一つにしても、身体を使った武術が得意な者、武器を扱うことに長けた者、鬼術仙術を巧みに操る者、知略に優れた者、それは千差万別だ。

 そうした見方をした時、ロアンは鬼術に才があるとリュウとハナは見ていた。


「問題は、ロアンの術の属性だ。……それが、極端すぎる」

「……極端?」

「ああ。水属で、そこだけ飛びぬけている。だが水属以外は、からっきしだ」

「ありゃ。リシュも主に水属だけれど、風属と土属もそれなりに使えているね。ロアンも慣れれば、なんとかなるんじゃ」


 リュウは首を横にふり、ハナの言葉を遮った。


「いや。あれは、リシュの剣術と同じ類のものだと思う」

「え! うわぁ。それは……」


 ハナは引きつった笑みを浮かべ、そして諦めたように宙を仰ぐ。

 リシュの体術は、天賦の才だ。まだまだ伸びしろを残したまま、すでに達人の域と言ってよいだろう。組手でハナがひやりとする場面も出てきたし、リュウとは実際、良い勝負になることが増えた。さらに仙術を身につければ、戦いの幅も広がるだろう。しかし……。


 しかしリシュは、剣術とは驚くほどに、相性が悪かったのだ。体術と比べて……などという次元ではない。「常人では抜くことさえできない」と言われる宝剣を使いこなすハナも、『双剣使い』と称される腕を持つリュウですら、「リシュに剣は無理だ!」と匙を投げたのだ。武器が駄目、というわけではないらしい。棍はそれなりに、弓はまあまあ使える。しかしどうしても『剣だけ』は全く以て、壊滅的に駄目だったのだ。

 同じようなことが、ロアンでも起こっているらしい。


「思うに、リシュの才は体術に全振りしているんだよ。棍は……ほら、体術の延長のようなところがあるから」

「ああ。俺もそう思う。ロアンもそうだ。『水属の術』に全振りしている。……だから、どうしたものかと思ってな」


 ハナはそこで、リュウの言わんとしていることを悟った。


「そうか……。そうだね」

「俺は火属だからな。水属の術も使えることは使えるが……相性が良くないのは事実だ。アレの水属の才を見ていると、俺では真を教えきれないかもしれない。そう思うと、どうもな」


 仙術や鬼術には、それぞれ相性の良い属性と悪い属性がある。火属の者であればより強力な火属の術を使えるようになるし、水属であれば水属の術の習得が他属性よりも容易だ。いくつかの属を同時に扱うことも可能だが、それは才能や適性に因るところが大きい。特に火属と水属といった、互いに打ち消しあってしまう属同士では使いこなすこと自体が難しいとされている。


 自身が火属であるリュウは、水属のロアンに鬼術を教えきれないかもしれないと言っているのだ。そう自嘲気味に笑うリュウを、ハナは少々意外に思った。

 確かに彼は、非常に好戦的だ。そして強力な力を持ってはいるが、面白半分に何かを破壊しようと手を出すことはない。喧嘩を売られれば盛大に買うし、気に食わない相手には容赦がないものの、それ以外については割と淡白だ。それは他への興味が薄いというより、『自らの大切なもの』と『それ以外』の落差が激しいのだということを、ハナは知っていた。そしてその『大切なもの』は、それほど多くない。


 リシュやロアンのことも、仔犬か仔猫がたまたま自分の所へ迷い込み、うろちょろしている……位の考えだとばかり思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。このように双子を真に弟子のように扱い、それどころか自分では手に負えないかもしれないと悩んでいる。そんなリュウの姿は、千年の付き合いの中でもなかなかに珍しかった。


「うーん。リュウに縁のある誰か、水属の貴鬼を紹介するとか?」

「水属の貴鬼か。思い浮かぶのは、ソウコのシノだが」

「ソウコのシノ……って、皇鬼じゃないか!」

「ああ。だが、ロアンに教えるのなら、悪くないと思う」

「そんなに?」


 ハナが知っている皇鬼は五人。シノというのはその一人だ。ソムルの西の外れにあるソウコという湖で、少ない同胞と共に暮らしている。ハナも直接会ったことがあるが、顔を布で覆い隠した妙齢の女性だ。高貴な身分の出身らしく、気難しくこだわりの強い気もあったが、話してみると妙に面白い相手だった。彼女は屈指の水属の使い手だと、リュウは言う。


「ああ。本当に『天』は、あの双子をいったいどうしたいんだろうな。普段は武よりも本や知識に目が行くようだが。むしろ、それで目立っていなかったんだろう。あれの鬼術は、俺から見ても化け物級だ」

「リュウ……」


 暗に非難の視線を向けるハナに、リュウは肩をすくめた。


「他に言い表しようがない。おそらく双子で『釣り合うように』なっているんだろうがな。それでもあれを見ていると、どうにもやるせなくなる」


 やはり珍しい。


「やけにロアンには同情的だよね。リュウって」

「ふん。まあ、触れたい相手を自分のせいで傷つけてしまうもどかしさは、理解できるからな。それだけだ」


 そう不満げにつぶやいて、リュウは隣の黒髪に手を伸ばした。ハナの髪はくるくるとしたクセっ毛で、手にとると垣根に絡みつくツルのように、するりと指に収まる。リュウは、この髪をいじるのが好きだった。

 どうにもくすぐったくなるのだが、コレをする時のリュウは割と本気で思い悩んでいることも承知していたので、ハナは好きにさせておく。リュウはしばらく無心に指先を動かしていたが、ようやく考えがまとまったらしい。


「とりあえずシノに、相談してみるか」

「そうだね。実力は信用できる方だけど、誰かを教えるというのは……ちょっとよく分からないな。相談に行くなら、私も一緒に行ってもいいかい? ロアンの一の師匠としては、話をしておきたいし」

「ああ。逆に頼みたいくらいだ。俺とシノでは、どうしても張り合ってしまうから。それに……」

「? それに?」


 わかるだろう? と、リュウは恨めしげな視線をハナに向けた。


「よしんばシノの了承を得たとして……本当の難関は、ロアンがリシュと離れることを了承するかどうか、だろう?」

「確かに。もしかしたら、先にロアンに話をしておいた方が良いかもしれないね」

「ああ。違いない」


 双子の一番の望みは、気兼ねすることなく一緒に居ることなのだ。それが目的のためとはいえ、離れて暮らすことを、快く是と言うとは考えにくい。リシュが誰かから不当に傷つけられたり、双子が不用意に離れ離れになってしまった時のロアンの異様な不安定さは、ハナやリュウも幾度か目にしたことがある。


「ロアン。行くって言うかな」

「まず言わないだろうな。ただ、鬼術を制御できるようになっておかないと、いつかロアンは自分の手でリシュを殺すことになるかもしれない。まあ、それはリシュも同じことだが……」

「……」

「それだけは、避けられるようにしてやりたいからな。……いっそ、殴ってでも連れて行くか」

「悩ましいね」

「ああ! まったくだ!」


 リュウは大きなため息をつき、ハナの黒髪を引っぱったのだった。


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