20:弟子入り
「君たち、生まれは何処なんだい?」
双子が落ちついたのを見て、ハナは訊ねた。
「ニジョウ国の……」
「……アザイ領です」
リシュとロアンは居住まいを正す。
「歳は?」
「えっと、死んだのが、十五の時で……」
「……今は、十七?」
「なるほど。本当に、成ったばかりなんだね」
あやふやとした双子の答えに、ハナは驚いたようだ。
「ふぅん。原因は……ユザとの戦か?」
リュウの指摘を、双子は肯定する。
「まだ二年、か。リシュ。ロアン。一つ忠告だ。これから自分の実年齢については、あまり深く考えない方が良い」
「?」
「どういうこと?」
「数えても数えなくても、あまり意味がないから。仙郷の仙も、そうだったんじゃない?」
確かにそうだった、と双子は思った。歳を訊ねても、ライの仙郷の仙たちの答えは「だいたい五十歳」とか、「二百歳くらい」という、ぼんやりとした数字だったのだ。
「そのうちどうでも良くなってくる、というのもあるけどね。どうしても仙や鬼と、世間の時間の流れにはズレがあるから。そちらに引きずられてしまうことも多いんだよ。だから何か歴史的なこと……辛いだろうけど、君たちだったら『ニジョウとユザの戦』から何年くらい、って数え方の方が良いよ」
釈然としない様子の双子を前に、リュウは手を振った。
「ハナ。それこそ二年やそこらの奴らには、口で言っても分からないだろ」
「……それも、そうか」
ハナはあっさりと認め、双子に気にしないようにと言い添えた。
そう言えば、カイもアコも「ハナはとても古い仙だ」と言っていた。おっかなびっくり歳を訊ねてみると、
「さあ……いくつだっけ? 千と、百くらい?」
と、実にざっくりとした数字が返ってきた。その桁外れの年齢に双子は目をむいたが、本人はのほほんとしたものだ。それどころか、さらりとリュウへと話をふった。
「確かリュウは、もう少し上だっけ?」
「そうだな。俺は、千と……三百ちょっとだ」
リュウも何でもないことのように応え、酒をあおる。
リシュもロアンも唖然として、二の句が継げられなくなってしまった。目の前の二人が、千年以上前から存在しているとは、とても見えない。仙も鬼も、見た目通りの年齢でないことは承知しているが、ライの仙郷でも五百を超える仙は、とても珍しかったのだ。珍しさの塊である『天のきまぐれ』に、そう思われるのは彼らも不本意だろうが、困惑の目で見つめてくる双子に、リュウとハナは笑った。
「ね? まあ、そういうものなんだよ。仙や鬼の年齢なんて」
「ま、長く生きている奴ほど実力者が多い、というのも事実だがな。かといって、年齢と実力が比例するわけでもない。それこそ普通の……武術や学問の修練と同じだ。生まれ持った才能と、より多くの鍛錬を積むかどうか。長く生きている奴は有利というだけさ」
自嘲気味に笑うリュウに、ハナは困ったような笑みを向けた。
「……と、つまり『気にしても無駄』ってこと。それより、君たちのことだよ。それこそ私は古い仙だけれど、双子で仙と鬼に成ったという話は聞いたことがない」
「俺も耳にしたことは無いな。家族ぐるみで鬼に成った……というのは、たまに見るが。どういう状況だったんだ? 二人とも、道士だったわけでもないんだろう?」
リシュとロアンは頷き、これまでのことを打ち明けた。アコやゾラ、祖父やカイに伝えた内容よりもより細かく、洗いざらいを話した。ハナとリュウは黙って耳を傾けていたが、双子の話に切りがついたとみると、そろって長々とした息を吐く。
「そっか。リシュ。ロアン。話してくれてありがとう。……辛かったね」
「……ロアンについては、リシュを殺されたという恨み、片割れを失いたくないという後悔……おそらく本人の認識どおりだろうな。リシュは……」
「さすがに『天のきまぐれ』については、わからないよ。私だって、自分が何故そうなのか、未だに謎なんだから」
千年を生きても、それは分からないものらしい。だからこそ『天のきまぐれ』と呼ばれているのだろうけれど。
「ハナは、その……?」
リシュは言いあぐねたが、ハナには伝わったようだ。
「ああ。私が仙に成ったと時のこと?」
ぎこちなく頷いたリシュに、「あまり気持ちの良いものではないよ?」と、ハナは笑った。
「えっと……当時、私はある街の将……長?のような役職についていてね。戦に負けて、投降して、殺されたんだよ」
「投降したのに……」
「……殺されたの?」
「まあ……戦の責任をとる者が、必要だったからね」
「ちっ」
ハナのその説明に、どういうわけか、リュウが大きく舌を打ったが、口を挟むことはしなかった。ハナは、「まあまあ」と、困った笑みを彼へと向ける。
「そのあとは、リシュと一緒。剣を何本も突き刺されて……『死んだ』と思ったのに、何故か生きていたんだ。綺麗さっぱり、傷が消えてね」
双子は震えた。
「剣を突き刺されて……?」
「そういうのって、もうちょっと……」
多くは言うまい。リュウの眉間のシワが深くなるのを認め、あわてて双子は話を切り替えた。
「それで、ライの仙郷に?」
「いや? 私はしばらく仙郷には行かずに、あちこち放浪していたから……リュウと出会ったのも、その頃だよ」
てっきり自分と同じように、仙郷から迎えが来たのかと思ったのだが、そういうわけではないらしい。リシュは驚き、そして心配になった。
「その、不安じゃなかったの? いきなり自分の身体が、変わってしまって……」
リシュの問いに、ハナは目を瞬かせた。そして「ああ!」と、何事か思い至ったように手を打った。
「それは、時代かもね。千年前は今よりずっと、仙や鬼の存在が、人にとって身近なものだったんだよ。珍しくはあったけれど、戦ばかりで鬼の数は多かったし、偽者本物自称他称を問わず、仙を名乗る者も多かった。私の居た街にも、何人かの仙が暮らしていたくらいだ」
「へぇ……」
「……ちょっと、意外だな」
「うん。仙って、人を避けているのかと思ってた」
ライ山に暮らす仙たちは、人と関わることを避けているように思えたのだ。仙郷に属さない仙をわざわざ『地仙』と呼び、区別し、内心では蔑むほどに。
「それこそ最初は、仙じゃなくて鬼に成ったと思っていたくらいだもの。武術の修行はしていたけれど、仙に成ろうとは思ってもいなかったからね。鬼ではなく、仙に成っていると判ったのは、リュウと出会ってからだ」
一体何が可笑しいのか、ハナはくすくすと笑い出した。その笑を受けて、リュウがため息をつく。
「あれはな……とても、痛かった」
「悪かったってば……」
目で問いかけた双子に、リュウは肩をすくめた。
「ハナは、自分が鬼だと思っていた。だから俺にもはじめ、同じ鬼だと思って接して来たんだ。……不用意に触れてしまって、互いに、ひどい傷を負った」
「そこで初めて、私は自分が鬼ではなく、どうやら仙に成っていると気がついたんだよ。それこそ、死んでから数十年は経っていたのに! 今思うと、なかなか間抜けな話だ」
「ああ。あれは……本当に痛かった」
「うん。……そうだね」
しみじみと、それでも可笑しそうに二人は語っている。
ふと、ロアンは不思議に思った。
「そんなに、ひどい怪我を?」
「ああ。なんせ、腕の肉が裂けたからな」
「私は、腕の骨がボロボロになった」
リシュとロアンは眉根を寄せて、顔を見あわせた。
「私たち、そこまでじゃないよね?」
「ああ」
どういうことだろう。自分たちは、触れたとしても、そこまでの痛みや怪我を負ったことはない。痛みといっても我慢できない程ではなく、痣は残るが血が出るわけではないのだ。そういえば、祖父やカイも不思議だと言っていた。彼らの言う雑鬼を消し飛ばした仙、というのも「相手を害そう」という意志があってのことだと双子は思っていたのだ。しかしハナとリュウの話を聞くに、敵意と傷の深さは釣り合わないように思える。
では、力や能力の差だろうか。双子は、自分たちの手のひらを見つめた。
「正直に言うけれど……君たちは、かなり『特殊』だと思う」
「だな。基本、その傷の威力は、そのまま力の差で、経験の差で、意志の差で、種族の差だ。成って2年程度の新米が、この程度で済んでいるのは異常だ。『双子』というのを加味しても、普通ではないな」
千歳以上の『天のきまぐれ』と、世に四人だか五人だかしかいないという、上の位の皇鬼にまで言われてしまうと、返す言葉もない。
しかしふと、リシュは思った。
「でも、触れた途端にロアンを消し飛ばしちゃうんじゃ困るけど、逆なんだから別に良くない?」
ロアンは眉をしかめた。「この脳筋!」と、言い返す。
「馬鹿言うなよ。その『原因』が分からないから困っているんだろ。急に何かが変化して、リシュを消し飛ばすとか……嫌だからな! 俺は!」
「私だって嫌だよ! でも、分からないなら考えでも仕方ないでしょ! 頭でっかち!」
「いいかげん、何も考えず『とりあえず』で突っ込んでいくのはやめろよな! 作戦あってこその腕力だろうが!」
「ロアンは『考えすぎ』なの!」
「リシュは『考えなし』が過ぎる!」
その光景に、リュウとハナは笑う。
「やはり仔猫だな」
「うん。だんだん私にも、そう見えてきた。……いずれにせよ、どちらの言い分もあるね」
「おい双子! お前たちが知りたがっている術だが……」
ぐぬぐぬと言い争っているところにリュウが声をかけると、双子は途端に会話を止めて、ぴしり、と居ずまいを正した。
「……仔猫じゃなくて、仔犬かもね」
「ハナ。茶化すな……んん。例の術にしろ、他の方法にしろ、仙と鬼が触れても傷をつくらずに済ませること自体は、可能だ」
その言葉に、リシュとロアンは顔を輝かせる。
「だが、今のお前たちには、どれも無理だ。鬼……」「そんな!」「何故?」
リュウの言葉をさえぎるように、仔犬たちは悲鳴をあげた。
「話は最後まで黙って聞け! 今のお前たちは鬼として仙として、経験も実力も全く足りていないからだ!」
「……」
「……」
皇鬼の叱責の圧を受け、しゅんと耳を垂らした双子にハナは言う。
「君たちの望みを叶える方法はいくつかある。ただ、それらの方法は、どれも『対処法』に過ぎないんだよ」
「対処……法」
「そう。あくまでも、自分の力を制御して影響を抑えたり、相手の力を推し量って防御をしたりしている、ってこと。そういう仙術や鬼術で、あるいは同様の効果を持った道具や装飾品を身につけて……という対処法だよ。決して、根本的な『解決法』ではないんだ。ほら、毒にあたらないようにするために、少しずつ毒を飲んで身体を慣らす……とか、聞いたことはない?それと同じ。あくまで毒は毒だ。けれど時間をかけて修練を積むことで、克服することはできる。それは……そういうものだと思って?」
「……」
「……」
「だから、そういう芸当が自然に出来るようになるには、それなりの修練と時間が必要だ」
「才能もな」
「そうだね」
つまり、どういうことだろう。経験や実力が足りないから、教えることはできない、ということだろうか。双子は不安になった。しかしハナが続けた言葉は別のことだ。
「リシュ。ロアン。その覚悟はある?」
「え?」
「君たちは、ちょっと特殊だから……予断はできないけれど、その覚悟があるのなら、私とリュウが手ほどきをしよう。ただ、長丁場にはなると思う。おそらくは何十年という単位で」
双子に断る理由はない。ほとんど反射で頷いて、深く頭をさげだ。
「おい。ハナ。俺はやるとは言ってないぞ」
リュウは片眉を跳ね上げ、舌をうつ。
「まあまあ。リュウだって、二人のことは気になるでしょ? それに私は、リシュには仙術を教えられるけど、ロアンに鬼術を教えられないもの。……リュウがやってくれないと」
「やってくれないと……って、ハナ、お前なぁ」
「ね? 頼むよ。ロアンに鬼術を教えるのも、なかなか面白そうじゃない?」
「それは……。はあ、分かったよ。ハナがそう言うのなら」
リュウはごねたが、結局ハナの『お願い』に折れた。本当に、ハナに弱いらしい。
「ただ、俺も面倒はみるが、ハナが一の師匠だ。二人とも、まずは基礎をハナから学べ」
「うん。まあ、それはそうだね。引き受けよう。でも、見たところ二人は、結構、鍛えてるよね。……ライの仙郷で修行を?」
双子はどう答えたものかと、首をひねった。
「仙郷でも、手ほどきはしてもらったけど……」
「どちらかと言うと……祖父から?」
「祖父殿?」
ハナは意外に思ったらしい。
「祖父は若い頃、軍に居たらしくて……隠居してからも、人に武術を教えたりしていたの」
「それで俺たちも、基礎は祖父にたたき込まれたんだ。まあ、リシュは基礎に留まらなかったけど」
「なにさ……」
ハナは納得した。軍人あがりの武人が伝授した基礎があるのなら、双子の動きもうなずける。
「なるほどね。成る前から、武になじみがあったわけだ。なかなか指導に長けた方だったみたいだね。ロアンの動きも結構なものだったし、リシュは……ふふっ。楽しみだな。リュウに一発入れるどころか、ゆくゆくはいい勝負ができそうだ」
にんまりと口角を上げたハナに、リュウは異議を申し立てる。
「あれは、油断しただけだ」
「へぇ?」
そっぽを向いたリュウに、ハナはジト目を向けた。
「そんなに言うなら、ハナも闘ってみればいい」
「ふむ。それもそうだね。……リシュ。一度、手合わせしてみようか。本気でかかって来ていいよ! これでも武仙の端くれだからね!」
リシュは戸惑った。正確に言うと、身体が動かなかった。ハナが『ただの武仙』でないことは判るし、たおやかな見た目に反して、武術に明るいことも分かる。
ただ、その強さの底が見えないのだ。リシュはこのような者を相手にするのは初めてだった。
仙郷の武仙であれ、敵わないと実力差を感じながらも「どうすれば一矢報いることができるだろう?」と少なからず思えたのだが。このハナという仙の前ではどうしても、そういう印象が持てないのだ。
そんなリシュを見て、ハナは本当に嬉しそうに微笑んだ。まさに花もこぼれんばかりの満面の笑みだ。
「うわあ。ねえリュウ。件の術のためじゃなくて、ちょっと本気でリシュの師匠になりたくなってきたよ。私。」
「好きにしろよ。まあ、これは確かに楽しめそうだが……」
リュウも渋々ながら、ハナの言葉に同意する。
「ああ。とにかく、かかっておいで。ロアンと一緒でもいいよ?」
これは、やるしかない。リシュは腹をくくった。
「はい! 行きます!」
「ええっ? 俺も?」
「いいから! ロアン!」
「はいはい……うう。いやだなぁ」
リシュは意を決して、ロアンは渋々と、ハナに構えをとった。
その結果は、いっそ気持ちの良いほど散々なものだった。ロアンは早々と回され放り投げられて地面に転がり、ロアンよりは持ちこたえたリシュも、いくらも打ち合わないうちにひっくり返されてしまった。
悔しかったがどうしようもない。どうしようもない程に、格が違う。そういう相手だ。
考えてみれば、ハナの後ろで笑っているリュウも『そういう相手』のはずなのだ。街では何も考えずに飛びかかってしまったが、ロアンの言うように「誰かれ構わず」というのは少し控えようと、リシュは反省した。
「ふむ。二人の祖父殿は、蒼月流の方なのかな?」
「蒼月流……?」
「……流派とか、気にしたことなかったな」
地面にひっくり返ったまま、双子はぼやいた。それがまた、ハナには意外で面白かったらしい。「流派も気にせず、ここまで鍛錬するなんて!」と、ひとり笑いこけている。
「ねえリュウ。この二人、私の処に住まわせてもいいかな? ちょっと、みっちり一緒に修行してみたい」
「それは、大丈夫なのか?」
リュウの心配とも不安ともとれる呆れ顔に、ハナは苦く笑いを返す。
「うーん。どうだろう。ちょっと怖くもあるけれど、リシュとロアンなら大丈夫だと思うんだ」
どういう意味だろう。何が『大丈夫』なのか……。双子の疑問の視線を流し、ハナは続けた。
「それに『天のきまぐれ』同士、仲良くしたいし。ね? 頼むよ」
「お前な。そもそも曲げる気がないだろ。……まあいいさ。ハナがそう望むなら、好きにすればいい。ただし、料理だけは絶対にするなよ。それが条件だ。それからお前たち!」
「はっ……」
「……はい!」
急に話をふられ、双子は姿勢を正した。リュウは、まるで哀れな仔犬を見るかのような視線を双子へと向ける。
「ハナの元で暮らすことは許す。屋敷も自由に出入りしてかまわない。ハナの修行の目処がつけば、ロアンの鬼術も見てやる。…………せいぜい、死なないように精進するんだな」
「ちょっと! リュウ!」
「……」
「……」
「安心しろ。骨は拾ってやる」
言葉を失った双子にハナは慌て、リュウは片眉を跳ね上げると「もう何も言うまい」とばからいに首をすくめたのだった。
こうしてリシュとロアンは、ハナとリュウに出会い、彼らへ師事することになった。
特にハナは双子を可愛がり、厳しくも本格的に稽古をつけた。ロアンはどこかで判っていたようで「やっぱり……」と肩を落としていたが、ハナは結構な『武術馬鹿』だったようだ。当然のようにリシュは嬉々として、ハナの後ろをついて回った。それこそ熱が入った時には、二人して寝食を忘れる勢いで、ロアンとリュウが文句をつけることもしばしば、という有り様だ。
彼の教えは、それはそれは厳しいものだったが、望みを叶える術につながるならば、耐えられる。そう思って双子は励んだ。
失礼なことにリュウは、ハナが本気で稽古をつけると言ったので、双子が途中で音を上げて逃げ出すと考えていたようだ。ヒィヒィ言いながらも、なんとかついて来るリシュとロアンを見て、半ば本気で感心し、次第にちょっかいをかけてくるようになった。リシュの仙術もロアンの鬼術も、未だ基礎しか触らせてもらえない。しかし双子の礎でもある体術の腕は、確実に伸びていった。
十年も経った頃には、リシュとロアンは街でも名の知れた『リュウとハナの弟子』に成長したのだった。
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