12:いやがらせ

 仙郷の一画に部屋を借り、リシュとロアンは仙や鬼について教わった。主にアコが担当していたが、たびたびゾラも、口やら手やらを出してくる。


 その他の仙たちの態度は、それぞれだった。あからさまな敵対心をぶつけてくる者もいれば、興味本位でからかってくる者もいる。親身に友好の意を示す者もいれば、ただただ事務的に接したり、興味がないのかそもそも姿を見せないような者もいた。


 仙に成るための修行について。仙術の種類や属性について。仙郷のしくみや、儀式や祭典について。仙郷は各地に在るが、それぞれに一人の仙主が置かれていること。その総本山として、天の在る山、『天山仙郷』という場所があること。仙にもその能力によって『階級』があり、仙郷における権力や影響力を左右すること。意外と仙の世界は組織的であるようだ。


 逆に鬼は個別主義らしく、個々でふらふらする者もあれば、より強い鬼につき従ったり、仙のように街を造り集まって暮らしたり、と様々らしい。鬼に成った原因が、そもそも個々でことなるのだから、当然と言えば当然の流れではある。


「リシュ。ロアン。仙の世界も鬼の世界も、人の世と同様、一概で物事は語れません。『そういうものだ』という理はあれど、常に例外はついてまわりますし、一定の継続などありえません。まずは、そのことを念頭においてください」

 アコは最初の『授業』の冒頭で、そう言った。


「鬼については、やはり鬼でないと分からないこともあります。仙についても、リシュは天のきまぐれですから、どんな『例外』が潜んでいるか、私には予測もつきません。そういう意味です。もちろん『仙がどういうものか』『鬼がどういうものか』私の持つ知識は、できるかぎりお伝えします。ただ、あなた達はすでに『出発点が例外的だ』という自覚を持って欲しいのです」

「出発点が……」

「……すでに例外的」


 双子は少々、面食らった。


「ええ。本音を言うと、私はあなた達がいずれ、この仙郷を出ることには賛成なのです」


 連れてきておいてなんですが……と、申し訳なさそうにアコは笑った。


「仙郷の中にいては出会えないもの、知ることができないことは多い。寿命の概念がない仙や鬼ではなおさらです。あなた達は、外の世界で多くの『例外』と親交を持った方が良い。そう思います」

「……」

「……」

「ただ、『仙が仙郷に属さず生きる』というのも覚悟がいることなんです。『地仙』という言葉を聞いたことはありますか?」


 二人は首を横にふる。


「地仙というのは、仙郷に属さず、各地を転々としている仙のことです。自由ではありますが、仙郷の加護を得られず、儀式祭典への出席も認められません。仙郷に属する仙から、蔑まれる傾向すらあります」

「つまりそれって……」

「……はみ出し者、ってこと?」

「そう、ですね。それは言い得て妙だと思います。仙が、仙郷を頼らず地仙として生きていくというのは、そういうことです。リシュ。ロアン。どういう道を選ぶのか、それはあなた達が決めることです。ですがその場の勢いで決めるのではなく、せめて基本的な知識を得た上で判断して欲しい」


 アコはどうして、こうも親身になってくれるのだろう。双子は疑問に思わないでもなかったが、それは聞かない方が良いように感じていた。彼女は厳しい教師だったが、その言葉のとおり、自らの知識を惜しみなく与えてくれている。リシュとロアンにとっては、それで十分だったのだ。それにアコのことだから、いつか必要になる時がくれば教えてくれるだろう。



 双子が仙郷に暮らし始めて半年が過ぎた頃、事は起きた。ある日の朝方、アコが苛立ちを隠そうともせず、双子の元へやって来たのだ。本当に珍しいことに、彼女の眉間には深々とした縦じわが刻まれている。

 アコは長く、本当に長く息を吐いて目を閉じた。双子はどうしたことかと焦ったが、そっとアコの後ろに立って、自身の口もとに指をあてたゾラの表情に、口をつぐんだ。


「リシュ。ロアン。少し、話しがあります」

「う、うん」

「何?」

「ジュシ。という仙を、二人は知っていますか? 会ったことは?」

「……ジュシ?」

「知らない、ね?」


 心あたりはなかったので、双子は首を横にふった。ただ、とロアンが自信なさげに続ける。


「ただ、全ての仙の名前を知っているわけではないから。こっちが認識していないだけで、会ったことはあるのかも」

「確かに。アコ。どんな仙なの?」


 双子の様子を見たアコは、やはり、と眉間のシワを深くした。


「背の高い、亜麻色の髪をした武仙です。ゾラと雄を競っている相手なので弱くはありませんが、何と言いますか、こう、顔の造りや服装が『うるさい』仙です」

「顔や服が……」

「……うるさい?」


 首をひねったリシュとロアンに、ゾラが補足を入れる。


「要するに『派手!』ってことだ。あの顔だからまとまっているが、他の奴が真似をしたら悲惨なことになるような……こう、キラキラした感じの装いの仙だな」

「キラキラというより『ギラギラ!』ですよ! あれは!」


 アコが、ギリギリとほぞを噛む。

 さすがにそれなら印象に残るはずだ。そんな『ギラギラ!』に心あたりはない。そう告げると。彼女は「そうですか……」と、息をついた。


「どうしたの?」

「実は、そのジュシという仙から、仙主を通して物言いが入ったのです」

「物言い?」

「そのジュシって仙は、お前らが自分の弟子を侮辱した、って文句をつけてきたんだよ」

「何か、あったっけ?」

「さあ?」


 双子はさらに、首をひねった。


「何でもその弟子は、リシュに手合わせを申し出たのに断られて、それなのにだまし討ちのように、ロアンにひっくり返された。……との言い分だ」

「……」

「……」

「ロアン。それってもしかして……」

「……でもさ。リシュ」


 三日ほど前のことだ。確かにある仙と、ひと悶着があった。

 リシュもロアンも、『会話ができる仙』相手には、それなりの交流を築いていた。特に、ゾラと引き分けたリシュは人気で、手合わせを望む武仙も少なくない。ロアンは手合わせには参加しなかったが、彼の的確で判りやすい助言や知識は、『鬼』を厭わない仙たちから好まれていた。


 件の仙は、その場にやって来ると突然、リシュに剣での手合わせを申し込んできたのだ。しかしリシュは、剣を扱わない。そのため断った。「自分は剣を持っていないし、使えないので無理だ」と。するとその仙は怒りだし、暴言を喚いて暴れまわったのだ。その上、リシュに剣を向けたので、見かねたロアンがひっくり返した。……という次第だ。


 そう説明すると、アコとゾラはそろってため息をついた。


「見事な言いがかりですね」

「いっそ清々しいくらいの言いがかりだな。だがどうする。面倒そうだぞ?」


 ロアンが申し訳なさそうに口を挟んだ。


「俺がひっくり返した、というのは本当のことだし。謝りに行く」

「いや。直接行くのは止めた方がいい」

「ええ。私もそう思います」

「?」

「何故?」


 ゾラは、バツが悪そうに視線を外した。


「あー。その、ジュシって武仙はな。何というか、鬼を毛嫌いしていてな。その影響か、弟子たちにもそういう傾向がある。お前たちに絡んできたのも、そういう心情からだろうな」

「でもあの時、あの場所には他の仙も沢山いたし、一部始終を見ていた人だって……」


 言いかけたリシュを、ゾラは制した。


「そこが面倒なところなんだ。おそらく、弁明したとして、お前たちの証言を認める仙はいないと思う」

「え……?」

「……だって!」


 双子の困惑と非難に、ゾラはガシガシと頭をかいた。


「そのジュシって仙の階級は、武仙の中では一番高いんだ。彼に圧力をかけられれば、下級の武仙なんてひとたまりもない。従うしかなくなる」

「それを狙って、あえて無茶を言っているのでしょうね。ああ。いやらしいこと!」


 こうも誰かを忌々しく話すアコは珍しい。何があるのかと訝しげな様子の双子に、ゾラがこそっと耳打ちした。


「アコとジュシは、何かと相性が悪くてな。犬猿の仲なんだ。ああやって喚いているが、半分以上は私怨だから。あまり気にするな」

「ゾラ!」


 怒鳴られた武仙は、しれっと視線を外して舌を出した。


「でも物言いってことは、向こうは何かを要求してきたってことでしょ?」

「ん? ああ。まあな」


 ゾラは言葉を濁したが、代わりにアコが苦々しく口を開いた。


「『ロアンを仙郷から追い出せ。さもないと、直接手を下す』だそうです」

「そんな!」


 リシュは叫んだが、ロアンは冷静だった。それどころか、少なからず感心したのだ。


「そのジュシって仙は、よっぽど鬼のことが嫌いなんだな」

「ロアン! 変に納得しないでよ!」

「でもさ。リシュ。俺が鬼なのは本当のことだし、仙が鬼を嫌うのは分からなくない。それに、変に気をつかわれたり、裏では嫌っているのに本心を隠されるよりは、『鬼は嫌いだ』って、ちゃんと鬼の俺を狙ってくるあたり、潔くていいだろ?」


 ロアンの開き直りに、リシュは呆れた。呆れると同時に、納得もする。しかし、ロアンを傷つけるというのなら、黙っているわけにはいかない。


「それは、そうかもしれないけど!」

「ここから出て行けば、それでいいのなら……」

「待ってください。ロアン。まだ続きがあります」


 心なしか、そう言うアコの顔色は良くなかった。


「……?」

「続き?」

「そうです。『天のきまぐれ……リシュの身柄を自分に寄越すように』と。まったく、ふざけています!」

「あ。それは、駄目だ。」


 即答し、にっこりと微笑むロアンを見て、アコは言葉を失った。


「それは駄目。絶対に、許さない」


 ロアンの顔は笑っているが、目が笑っていない。まとう空気が重く、黒く、濁って歪んでいく。アコの背筋に、冷たいものが走った。隣のゾラも、身を強ばらせている。ジュシの要求どころではない。ロアンの力。これは、『こちらのほうが、駄目なやつ』だ。

 と、凍った空気を打ち壊したのは、あっけらかんとしたリシュの声だった。


「ロアン! そんな顔しないの!」

「痛っ。…………顔?」


 リシュが、ロアンの頭を小突いたのだ。恨めしげな視線を返したロアンからは、先ほどの黒い雰囲気は微塵も感じられなかった。


「ったく。もう!」


 リシュは悪態をつき、それでも安堵の息をつく。そして、はっきりと言いきった。


「でも、確かに、そんな要求はのめない。それぐらいならロアンと二人で、此処を出て行く」

「ああ」


 双子の決意は固く、そして行動は素早かった。あっという間に身支度を終えると、そのまま仙郷を出て行こうとしたのだ。

 彼らの『例外さ』を、垣間見た気がする。リシュもロアンも、『彼らの理屈』で動いている。『仙』というしがらみに、囚われていないのだ。『そう』できてしまう気概と勢いを羨ましく思わないでもなかったが、アコはこめかみをおさえて待ったをかけた。


「リシュ。ロアン。気持ちは非常に分かりますが、さすがに少しお待ちなさい」

「でも出て行かないと、そのジュシって仙は、ロアンを倒しに来るんでしょう?」

「リシュのことも」

「確かにそう言っていますし、いずれはやりかねない、とも思います。ですが、彼の主な目的は、『いやがらせ』です」

「いやがらせ……」

「……本気で?」


 あまりのことに、双子は次の言葉が出てこない。ライの仙郷で一番位の高い武仙が、成って一年ちょっとの若造に『いやがらせ』とは。子供の喧嘩じゃあるまいし。


「ええ。アレは、そういう奴なのです。鬼を嫌っているのは確かですが、弟子とあなた達のことを耳にして、ここぞとばかりにネチネチ、チクチクと。元から性格が悪いんですよ!」

「そう言ってやるなよ。確かにジュシは底意地が悪いところもあるが、根は真面目ないい奴だぞ? 素直じゃないだけで」

「『真面目』は認めますが、『いい奴』は断固否定します!」


 アコとジュシの犬と猿は、よほど根深いことらしい。


「まあ『いやがらせ』が主な目的とはいえ、相手が相手です。無視するわけにもいきません。彼が何を望んでいるのか、探る必要があります。まずは動かず、様子を見ましょう」

「……」

「……?」

「ジュシはどういうオチを望んでいるのか、ってことさ。お前たちを仙郷から追い出したいのか、アコに悔しい思いをさせたいのか、頭を下げさせたいのか。まあ、十中八九『例の……』だろうけどなぁ」

「そうですね」

「例の?」


 なにやら事情があるようだ。双子は首をかしげた。


「お前たち二人の存在は、ジュシの『痛いところ』を刺すんだよ。彼の自尊心とか、負い目とか、嫉妬とか、お前たちを見るたび思い出してしまう。それが我慢ならないんだ」

「……」

「……」

「前から思っていたけど、仙って『人間が出来ているから』成れるってわけじゃないんだな」

「うん。結構、俗っぽいよね」


 双子は仙郷での暮らしを想い返し、しみじみとうなずきあう。

 以前は何となく、仙には清らかな印象を、鬼にはまがまがしい印象を持っていた。しかし仙郷にやって来て、その認識は見事に覆されてしまった。鬼や天のきまぐれに複雑な感情を見せる仙には嫌というほど出会ったし、今もこのありさまだ。

 リシュは、かつて村のおばさんから借りて読んだ『後宮モノガタリ』を思い出した。後宮に暮らす少女が王の寵をめぐり、紆余曲折の奮闘する物語なのだが、あれと同様、仙郷での暮らしは、権力争い、嫌味に嫉妬に愛憎入り混じったドロドロだ。


 思わずこぼされた双子の本音に、アコもゾラも笑うしかない。


「返す言葉がありませんね」

「確かに。『天に認められるかどうか』と『そもそもの人間性や品格』は、あまり比例しないな。『天』には何か、別のものさしがあるんだろうよ」



 人の世も仙の世界も、おそらくは鬼の世界も『そういう部分』は変わりないのだろう。

 そう思うと何だか可笑しく、少しだけ落胆もしたが、リシュは驚くほどすんなりと、色々なことが『腑に落ちた』のだった。

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