4:襲撃
「ロアン! 早く!」
「ああ! ……リシュ! 左に抜けたほうがいい!」
「わかった!」
リシュとロアンは混乱のなか、必死に走っていた。村を出ようとしていた一行を、ユザの軍隊が襲ったのだ。祖父やロアンの想定よりも、ユザ軍の足は速かったらしい。
村の男たちと共に双子も抵抗したが、ロクな武器を持たない村人が、まともに一国の軍隊と戦えるはずもない。あっという間に蹂躙され、村人たちは散り散りになった。皆が皆、方々へと逃げたようだが、どうなったかは分からない。気になるが、どうすることもできなかった。それぞれがそれぞれで、助かるために自分の足で逃げるしかない。祈るような気持ちで、リシュは走った。
乾物屋のおばさんが倒れ、赤い液体が地面に染みていく。つい先ほど目にした光景をリシュは想った。おばさんは普通に立っていただけだ。『たまたま』食糧を乗せた荷台の側に。武器を持っていたわけでも、ましてやそれを彼らに向けたわけでもない。それでも倒れた。祖父が言っていた『戦のむごさ』というのは、こういうことだったのだろうかと後悔する。
でも、大丈夫だ。ロアンが側にいる。ふたり一緒なら、なんとかなる。
前方に兵装の姿をみとめ、リシュとロアンは立ち止まった。彼らは刀を構え、ゆっくりとした足どりで、双子に向かってくる。逃げ道を探ったが、芳しくない。戦うしかないのだろうか。ユザの兵士と戦ったことはない。上手く立ちまわれるか不安だったが、リシュは棍を構え、ユザの兵士と向きあった。
「リシュ! 駄目だ!」
「でもロアン!」
ロアンがリシュの肩をつかんだ。しかし、向こうはこちらを殺す気満々なのだ。逃げたところで追ってくるだろう。相手は三人。三人ならば、倒さずとも逃げるだけの隙を作れるかもしれない。
「ロアン。逃げても絶対、追って来るよ。それなら戦って、逃げても追ってこられないようにしよう」
「そんなの!」
「殺すためじゃない! 逃げて、生き延びるために戦うの! ……覚悟を決めよう。ロアン」
「……わかった」
ロアンもリシュに倣って、構えをとった。腰帯から小ぶりの短刀を取り出し、逆手に握る。幸い此処は狭い路地だ。一人ずつ相手にすることができれば、有利に動けるだろう。リシュとロアンは視線を交わし、気を引き締めた。
ユザの兵士たちが迫ってくる。かつて戦った雑鬼なぞよりも彼らのほうが恐ろしいと、リシュは思った。生きている人間と命のやりとりをする方が、ずっと怖い。
リシュが棍を使って小手を打ち、相手の刀を弾き飛ばすと、すかさずロアンが投げ飛ばして昏倒させる。一人。流れでロアンが脚を払って相手の体勢を崩し、リシュがそのアゴを蹴りあげる。二人。もういっそのこと、とばかりに二人がかりで相手の胸と腹を突いた。三人。
三人のユザの兵士は、ごろりと地面に転がった。慎重に彼らを避けて、路地の先へ進む。この機に急いで逃げなければ。
「リシュ! 今のうちに」
「うん」
双子は走り出そうとした。……しかし。
「ロアン!!」
リシュが悲鳴じみた叫び声をあげ、双子の身体に衝撃が走った。
「……リシュ?」
ロアンが鈍い痛みに身を起こすと、リシュの身体が、だらりと彼の上に覆いかぶさっていた。いつもは軽い彼女の身が、何故だかとても、重く感じる。
「リシュ……?」
再び声をかけたが返事はない。その代わりとでも言うように、生温かい液体がリシュをつたって流れてきた。
「リシュ!!」
ロアンは叫んだ。
『本の虫』の自分に、こんなに大きな声が出せたのかと、現実感のない頭の中で誰かが感心している。ふと目線をあげると、血のついた刀を手にしたユザの兵士と目が合った。ロアンよりも、少し年上だろうか。彼の手が、カタカタと震えていることがわかった。
リシュは背中を切られたようだ。傷口は見えないが、出血がひどい。ロアンの服が、みるみる赤く染まっていく。つい先ほど重く感じたリシュの身体が、だんだん軽くなっていく。
『これは、助からない』
ロアンはそう、直感した。
と同時にロアンの中で、『なにか』がはじけた。
声にならない叫び声をあげ、ロアンはユザの兵士に向かっていった。相手は五人。勝ち目はない。
それでもロアンは、止まらなかった。
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天のきまぐれ 千賀まさきち @sengamasakichi
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