第38話 マヨネーズ

「それで? 二人はヴィアラット領に行ったと聞いたが、アポリーヌには会ったのか?」

「はい! ご挨拶させていただきました」

「そうか! アポリーヌは王都に行けないことを悔やんでいたからな。シャルリーヌと会えて、アポリーヌも満足しただろう。よくやってくれた」


 父上がうんうんと満足そうに頷いている。


「ちょっと待ってよ、ガストン。キミたちが飛空艇を持っていることにも驚いたけど、この短時間で本当に二人はヴィアラット領まで行って帰ってきたのかい?」

「並みの飛空艇でも五日、下手をすれば十日はかかる距離ですよ?」


 ブラシェール伯爵夫妻は半信半疑の様子だった。


「お父様、お母様、わたくし、本当にヴィアラット領まで行ってきたの! アポリーヌ様にも挨拶して、お土産までもらっちゃったわ」


 そう言って、シャルリーヌは暗い色をしたガラスの瓶をテーブルに置いた。


「それは何だい?」

「何かしら?」

「わからない」

「おそらく、マヨネーズだな!」


 首をかしげるブラシェール伯爵夫妻とシャルリーヌ。そんな三人に父上がズバッと答える。


「マヨネーズ? 何だいそれ?」

「聞いて驚け、コンスタンタン。マヨネーズはアベルが作り出した至高の調味料だ! うまいぞ?」

「親の贔屓目なんて言葉もありますけど、ガストンがそこまで言うなんてよっぽどのことですね」

「ああ! デルフィーヌも食べたら感動すること間違いなしだ!」

「お父様、お母様、わたくし、ヴィアラットのお家でご馳走になったのですけど、とってもおいしかったの! 売りに出したら、絶対に売れると思うわ!」

「ほう? シャルリーヌがそこまで言うなんて珍しいね。じゃあ、食べてみようか。アベルくんの作った調味料と言う話だけど、なにに付けるとおいしいのかな?」


 さて、どうするか。思いもよらずにマヨネーズの品評会のようになってしまった。


 ブラシェール伯爵は、いくつもの商会を束ねる経営者だ。ここでブラシェール伯爵のお墨付きを貰えれば、一気にマヨネーズ販売の話が進む。失敗はできないな。


「マヨネーズは何にでも合います。ブラシェール伯爵、私に厨房に入る許可をいただけませんか?」

「アベルくんが厨房に?」

「はい。私が自らお出しする料理の監修をいたします」

「ふむ。だが、貴族が厨房に入るのは……。ガストン、どうする?」

「アベルがやりたいというのだ。やらしてやってくれ」

「お願いします、ブラシェール伯爵」


 コンスタンタンは呆れたように溜息を吐くと頷いた。


「一度決めたら一直線なところは父親譲りだね。いいよ。厨房への立ち入りを許そう。料理人たちも自由に使ってくれ」

「ありがとうございます!」

「わたくしも見たいわ。お父様、ねえ、いいでしょ?」

「仕方がないなぁ」


 そんなわけで、オレとシャルリーヌはメイドに案内されて厨房に行き、マヨネーズを使った料理を三品作り上げた。


 まぁ、実際に作ってくれたのはブラシェール伯爵家の料理人たちだけどね。


 最初は乗り気じゃなかった彼らも、毒見のためにマヨネーズを舐めてからはちゃんとキビキビと命令を聞いてくれた。


 すごいね。マヨネーズパワー。


 そうして、豪華な応接間に戻ってきたオレたちは、さっそくマヨネーズの試食会となった。


「まずは野菜とマヨネーズです。野菜にマヨネーズをディップして食べてみてください。マヨネーズの本来の味を楽しんでいただければ幸いです」

「これが意外と酒に合うんだ」


 そう言って真っ先に手を付けたのは父上だった。きゅうりを手に取ると、マヨネーズをたっぷり付けて口に運ぶ。


「うまい!」

「わたくしも!」


 父上があんまりにもおいしそうに食べるからか、次はシャルリーヌが挑戦する。くし切りにされたトマトにフォークを刺し、たっぷりとマヨネーズを付けて小さく頬張った。


「野菜がおいしい!?」

「シャルリーヌが野菜を積極的に食べるなんて珍しいわね」

「そうだね。それだけこのマヨネーズがおいしいのかな?」


 興味深そうにシャルリーヌを見ていたブラシェール伯爵夫妻が、ついに野菜に付けたマヨネーズを頬張る。


「これは……!」

「こってりとした味ですね。優しい味わいが野菜の苦みを隠して、それでいて酸味が効いていて、くどくありません……!」


 大きく目を見開いて驚きを表現するコンスタンタンとデルフィーヌ。


「ものすごい完成度だ。これを本当にアベルくんが?」

「そうだ! アベルはすごいだろう?」


 父上が食べながら胸を張るという器用なことをしていた。


 その後に出した卵のサンドイッチ、白身魚のフライとタルタルソースも大好評で、ブラシェール伯爵はマヨネーズの販売を申し出てくれた。


 その結果、なんとマヨネーズのレシピを対価に、これからのマヨネーズの純利益の五割も貰えることになった。


「これはアベル個人が稼いだ金だからな。アベルの好きにするといい。王都では、なにかと金がかかるからな」

「いいんですか!?」


 なんと、父上はマヨネーズの利益をヴィアラット家ではなくオレ個人の収入にしてくれた。なんとも太っ腹だね。


 ヴィアラット家は貧乏だし、飛空艇を手に入れたことで少しは楽になったとはいえ、貴族の中で見れば底辺なことに変わりはない。なのに父上は金に目が眩むことなく健やかに生きている。オレも金で溺れることがないように、父上のように生きていきたいと強く思った。

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