第37話 シャルリーヌと帰宅
「これ、お土産よ。気を付けて帰ってね」
「ありがとうございます!」
母上からお土産を受け取り、シャルリーヌが嬉しそうにヴァネッサのタラップを登っていく。
「アベル、ちゃんとシャルリーヌを送り届けるのよ?」
「はい!」
オレもタラップを登ると、シャルリーヌがこちらを振り返った。
「たしかヴァネッサって言ったかしら? あなたの飛空艇ってすごいのね! 本当にこんな短時間で王都からヴィアラット領に来れるなんて」
「すごいだろ!」
『訂正を求めます。当艦は航空戦艦です』
ヴァネッサってAIみたいだけど、なんかほんのり自我がある気がするんだよなぁ。飛空艇って呼ぶと、必ず訂正を求めてくるし。航空戦艦の誇りとかあるんだろうか。
「しゃべる飛空艇なんて聞いたことないわね。わたくしが知らないだけなのかしら?」
「ヴァネッサはアーティファクトだからね。普通の飛空艇はしゃべらないんじゃない? よかったらシャルリーヌもヴァネッサって呼んであげてよ」
「ええ! 帰りもよろしくね、ヴァネッサ」
『承知いたしました』
母上とデボラ、それとバジルたちにも手を振って、シャルリーヌと二人でヴァネッサに乗り込む。
『目的地を設定してください』
「王都のブラシェール伯爵家に」
『承知いたしました』
まったく移動を感じさせないが、たぶんヴァネッサが動き出したのだろう。窓から見える風景が、流れるように加速していく。到着まであと二十分くらいだろう。
「そうだ。シャルリーヌに部屋をプレゼントするよ」
「まあ! お部屋を?」
「うん。こっちに来て。ここがラウンジになってて、こっちには個室が並んでいるんだ。オレの部屋がここで、ここが父上の部屋。ここが御用商人のエタンの部屋だね」
ずらっとまっすぐな白い廊下に並んだ無数のドア。このドアの先には、六畳ほどの個室になっている。
「ここなんてどうかな?」
「このお部屋をわたくしにくれるの?」
「うん。ちょっと狭いかもしれないけど、オレの部屋の隣だよ」
シャルリーヌを案内した部屋には、備え付けの机と椅子、そしてベッドしかない。でも、それは他のどの部屋を選んでも同じだ。
「これがこの部屋のカギだね。失くさないようにね」
「これが……。変わった形のカギね。ありがとう、アベル。大切にするわ。まずはいろいろ持ち込まないといけないわね」
シャルリーヌが嬉しそうにカードキーを撫でると、部屋を見渡し始めた。
「どうしましょう。一面が白というのも味気ないから、壁紙を貼ってみようかしら? それと、テーブルやソファーも必要よね。ふふっ。ついにわたくしだけのお部屋が手に入ったわ!」
シャルリーヌって自分の部屋を持っていないのだろうか?
いや、そんなわけによな。たぶん、メイドとかが四六時中付いてるからなかなか本当の意味で一人になれないということだろうか?
謎だ。
「まぁ、ヴァネッサは速いから、あんまり部屋を使う機会はないかもしれないけどね。ちょっとした私物を置いておくのはいいんじゃない?」
「すごいことなのだけど、それはそれでちょっと残念かしら」
シャルリーヌが困ったような顔で頬に片手を当てていた。かわいい。そんな顔されたらシャルリーヌをもっと困らせたくなってしまうよ。
……オレは変態かな?
◇
「それで、どこに行ってたんだい?」
王都のブラシェール伯爵家へ帰ってきたオレとシャルリーヌに待っていたのは、腕を組んで笑っている父上と、呆れた顔をしたブラシェール伯爵夫妻だった。
ブラシェール伯爵家の屋敷の中は、まるでハチの巣を突いたような大騒ぎだった。
まぁ、急に航空戦艦が現れるわ、お嬢様がいなくなるわ、大変な騒ぎだったのだろう。いきなり娘がいなくなったのに、呆れた顔をしつつも冷静なブラシェール伯爵夫妻で助かったよ。
「すみません、ブラシェール伯爵。私が強引にシャルリーヌ嬢を飛空艇でヴィアラット領にお連れしたのです」
「申し訳ありません、お父様。その、好奇心が勝ってしまって……」
シャルリーヌは、オレの隣でしゅんとうなだれていた。
「シャルリーヌ、あなたはわかっているでしょうけど、未婚の貴族女性が殿方と二人きりになるのはあまり褒められることではありませんよ? くれぐれも注意するべきです」
「はい。でもお母様、わたくしは誓ってアベル様と疚しいことは……」
「わかっています。今回は屋敷の中で起きたことですし、相手が婚約者なので問題ありませんが、学院で他の殿方と同じようなことをすれば、あなたの醜聞になってしまいますよ? ブラシェール伯爵家を面白く思っていない貴族の存在を忘れてはなりません」
「はい……」
シャルリーヌって大変だなぁ。どこかに行くにしても男と二人っきりはダメみたいだし、ブラシェール伯爵家の政敵にも気を付けないといけないみたいだ。オレも気を付けないとな。
「まあ、二人とも今回のことで懲りただろうよ。デルフィーヌも叱るのはそれくらいにしたらどうだ?」
父上が、まだ話し足りなそうなデルフィーヌ夫人を抑えるように言ってくれた。
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