第36話 シャルリーヌとヴィアラット領③

 シャルリーヌの肩を掴む手に力が入る。


「シャルリーヌ、一生のお願いだ! ジャガの花をオレにもくれないか?」

「ッ!?」


 先ほどまでオレを見ていたのに、シャルリーヌが慌てたように顔を背けた。


「近い近い近い!?」

「ん?」


 気が付けば、もう舐めれそうな位置にシャルリーヌの頭があった。シャルリーヌは横を向いているので耳が見えるのだが、その小さくかわいらしい耳はかわいそうなくらい赤くなっていた。


 耳、舐めてみる?


 ふと、そんな考えが頭をよぎる。


 いや、やめておこう。さすがにそれはない。


「ごめん、ごめん」

「もー……」


 オレは前のめりになっていた体を戻すと、シャルリーヌが顔を正面に戻してオレを上目遣いで見た。


 上目遣いの女の子ってなんでこんなにかわいいんだろうね。胸がキュンキュンするよ。


「……ジャガの花が欲しいの?」

「めちゃくちゃ欲しい!」

「ふーん……」


 シャルリーヌの目が細くなって笑みを浮かべた。まるで猫みたいな笑みだ。かわいい!


「ジャガの花は人気なのよ? 欲しいなら、それなりの態度があると思わないかしら?」


 それなりの態度?


「金か? あんまり手持ちはないんだが……」


 シャルリーヌは呆れたようにオレを見ていた。


「そんな無粋なものじゃありませんわ。今日一日、わたくしをちゃんとエスコートしなさい」

「エスコート? そんなことでいいのか?」

「ええ。ちゃんとわたくしをレディとして扱って」


 レディというにはまだまだ子どもなんだが、まあいいか。今はジャガイモを手に入れることが先決だ。


「わかったよ、お姫様」

「わかればよろしい」


 オレがにっこり笑うシャルリーヌの肩から手を離すと、シャルリーヌの方からオレの腕を取った。


「手を繋いだ時も思ったけど、あなたの腕って思ったよりも大きくてごつごつしてるのね」


 オレの左腕に抱き付いたシャルリーヌが不思議そうな顔をして服の上からオレの腕を確かめるように触っていた。


「鍛えているからね」

「鍛えるとこうなるの?」

「ああ」


 オレは左腕の袖を捲ってみせる。


「すごい……。見て、全然違うわよ」


 シャルリーヌが比べるように自分の右腕をオレの左腕の横に並べてみせた。


 シャルリーヌの腕細いなぁ。オレの半分の太さもないぞ。


「ひんっ!?」


 オレは思わずシャルリーヌの腕を摘まんでいた。余分な贅肉はないけど、ぷにぷにと柔らかい筋肉だ。全然鍛えられていない。


 まぁ、当然かな。シャルリーヌもまだまだ十二歳の子どもだし、シャルリーヌは魔法で戦うし。体なんて鍛えてないのだろう。


「もー! 突然レディの体を触るのはデリカシーがないわよ?」

「そういうものかな?」

「そういうものよ」


 触ったといっても、腕を触っただけなんだけどなぁ。オレ的にはセーフなんだけど、シャルリーヌ的にはアウトらしい。紳士になるのって思ったよりも難しいかもしれないね。


「アベル様だ!」

「アベル様!」

「ん? それ誰だ?」


 そうこうしていると、いつものバジル、ブリス、ドニの三人衆がやってきた。三人とも手に木製の武器を持っている。これから訓練かな?


「めんこい子だなぁ」

「綺麗な服だね」

「アベル様、こいつ誰です?」


 バジルたちが寄ってくると、キュッとオレの左腕をシャルリーヌが強く握る。ひょっとして、緊張してるのかな?


 シャルリーヌはバジルたちに比べても小さいからなぁ。木製とはいえ、武器を持った子どもたちに囲まれて怖いのかもしれない。


「大丈夫だよ、シャルリーヌ。この子たちはこの村の子どもたちだよ。危ない奴らじゃない」

「ええ……」

「この子の名前はシャルリーヌ。オレの婚約者だ。粗相のないようにな」

「こんやくしゃって何です?」

「ひょっとしてこの子もお貴族様ですか?」


 ブリスの言葉に頷くと、バジルたちはビックリしたように一歩下がった。


「マジかよ!?」

「マジだよ。だから行儀良くしろよ。それと、婚約者ってのはオレと将来結婚する約束をしたということだ」

「はえー……」

「すごくかわいい子ですね……」

「もう相手が決まってるんだ。お貴族様って早いなぁ」


 バジルたちは観察するようにシャルリーヌをしげしげと見ている。その無遠慮な視線から隠れるようにシャルリーヌはオレの後ろに隠れてしまった。


「シャルリーヌ、礼儀はなってないけど、この子たちは悪い子たちじゃないよ。そんなに怖がらないで」

「怖がってなんていないわよ!」


 だったら、なんでオレの後ろに隠れてるんですかねぇ。


「そんなわけで、オレはシャルリーヌにこの村を案内してるんだ。だから、今日は稽古つけてやれない」

「そっかー」

「わかりました」

「うっす」

「稽古もいいが、ちゃんと親の仕事を手伝うんだぞ?」

「「「はーい」」」


 バジルたちと別れると、シャルリーヌが安心したように息を吐いた。


「悪い奴らじゃないんだよ?」

「ええ。でも、何されるかわからないじゃない」


 そんなに警戒しなくてもいいんじゃないかなぁ。


 まぁ、伯爵家のご令嬢であるシャルリーヌにあんな態度を取る平民には会ったことないだろうし、警戒しちゃうのもわかるね。


「このまま村を一周しようか。そんなに大きくないから、すぐに終わるよ」

「ええ。あ! あれは何?」

「あれは村長の飼ってるニワトリだね。卵を取ったり、〆て肉にしたりするよ」

「生きてるニワトリって初めて見たわ」


 シャルリーヌが見たことあるのは、食卓の上の調理済みのニワトリだけらしい。


「ニワトリに餌あげてみる?」

「いいの?」

「ああ」


 それからニワトリと触れ合ったり、ブタやウシと触れ合ったり、シャルリーヌの質問攻勢に答えているとあっという間に村を一周し終わった。


「みんなのんびりしてるわね。なんだか時間がゆっくり流れているみたい」


 なんだか都会の人が田舎に抱くイメージみたいだね。


「どう? 好きになれそう?」

「……まあ、思ったよりもよかったわ」

「そうかそうか」


 この調子でシャルリーヌにもヴィアラット領を好きになってもらえたらいいな。

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