第30話 シャルリーヌ②

 ブラシェール伯爵家のお庭。


 綺麗に剪定された木々や、色とりどりの花たちに囲まれた小さな白い小屋のようなもの。その中にあるテーブル席でオレとシャルリーヌは向かい合っていた。


 耳馴染みがないけど、庭に立てられたこの建物は、ガゼボと言うらしい。日本風に言うと東屋になるのかな。おしゃれだね。


 背の高い木で目隠しされているため、今この場にいるのはオレとシャルリーヌだけだ。メイドさんも気を使って木の裏側に隠れているからね。


 呼べばすぐ来る距離に人がいるとはいえ、いきなりシャルリーヌと二人きりになってしまって、オレの頭はもう混乱寸前だ。


 まるで宝石のような空色の瞳に見つめられるだけで鼓動が高鳴る。


 こんな綺麗な子がオレの婚約者とか、マジかよ!


 今度こそはちゃんとオレが会話をリードしようと思ったのに、上手くやらなきゃという焦りとは裏腹に、頭は真っ白のまま時間だけが過ぎてゆく。


 その時だった。


「意外と小心者なのかしら?」

「ぇ……?」


 シャルリーヌ。その艶々の唇から紡がれた言葉が理解できなくて、変な声が出てしまった。


「あなたのことよ、アベル。あなたは女の子相手に緊張してしゃべれなくなってしまうのだもの。辺境の戦士と聞いていたけど、大したことないのね」

「えぇー……」


 シャルリーヌが目を細めて退屈そうにオレを挑発した。その姿はまったくゲームの時の姿とは違った。ゲームの時のシャルリーヌは、男性恐怖症で男性とはまともにしゃべれなくて、常に震えているような小動物系の女の子だったのだが……。


 あれか? 婚約者にひどいことをされて性格が変わってしまったらしいが、これが本来のシャルリーヌということだろうか?


 手紙ではもっと礼儀正しい子だと思ったんだけど、擬態していたのかな?


「なに? こんなに言われても言い返さないの? 辺境の戦士なのに意気地がないのね。それとも、辺境の戦士自体が意気地なしの集団なのかしら?」

「ッ!」


 ガタッと後ろで椅子が倒れる音が聞こえる。オレはいつの間にかテーブルに手をついて立ち上がっていた。


 だって、シャルリーヌは許されないことを口にした。


 オレの仲間たちを侮辱したんだ!


「な、なによ?」


 一瞬怯んだ様子をみせたシャルリーヌだったが、強がるようにオレを睨みつけてくる。


 怒りに頭が染まりそうになったその時、シャルリーヌが手を胸の前でギュッと握っているの目に入った。その手は震えていた。


 それを見て、オレは少しだけ余裕を取り戻せた。


 よく見れば、シャルリーヌは手だけではなく肩も震わせているし、顔も強張らせている。


 強がっているが、オレを怖がっているのだ。


 その姿は、ゲームのなんにでも怯えていたシャルリーヌのことを思い出させた。


 なぜオレを挑発するようなことを言ったのかわからないが、まだ十二歳の子どもが言ったことだ。一度は聞き流そう。


「オレをバカにするのはいい。だが、辺境の仲間たちを侮辱するのは許さない。一度だけだ。一度だけ聞き逃そう。次はないぞ?」

「わ、わかったわよ。悪かったわね……」

「わかったなら、いい」


 オレは倒してしまった椅子を立てると、椅子に座ってシャルリーヌと向き合った。


 なんだかピリピリした空気というか、お通夜みたいな空気だな。


 まぁ、仕方ないんだけどさ。


 シャルリーヌは俯いて暗い顔してる。


「それで、どうしてあんなことを言ったんだ?」

「え?」

「なにか理由があるんだろ?」

「えっと……。怒ってないの?」

「怒っていると言えば怒ってるかな。シャルリーヌだって親しい人をバカにされたら怒るだろ? でも、今はなんでシャルリーヌがそんなことを言ったのか不思議な気持ちが大きいかな」

「その、ごめんなさい……。言い過ぎたわ」


 謝るくらいなら最初から言わなければいいのに。


「それで、どうしてあんなことを言ったんだ?」

「だって、あなたはなにもしゃべらないし、わたくしに興味がないんだと思って……。だったら、あなたに嫌われて、やっぱりこの婚約はなしにしちゃおうと思って……」


 もしかして、オレがしゃべらなかったせいで誤解されちゃった?


「うっ……。しゃべらなかったのはシャルリーヌに興味がないわけじゃなくて、見惚れていたというか、何と言うか……」

「嘘」

「嘘じゃない! オレは、シャルリーヌのことを世界一綺麗だと思ってる!」

「ッ!?」

「銀の髪はキラキラ輝いて綺麗だし、目だって宝石みたいだ。唇なんて一度見たらなかなか目が離せないし、ほっぺとか柔らかそうで触ってみたい」

「い、いきなり何てこと言うのよ!?」

「いや、見惚れていたことの証明……? シャルリーヌがあまりにかわいかったから、頭が真っ白になってしゃべれなかったんだよ」

「わかった! わかったからもうやめて!」

「うん?」


 顔を赤らめて、手をブンブン振りながら叫ぶシャルリーヌは、それはそれはかわいらしかった。


 もっとシャルリーヌを褒めたい衝動に駆られるが、オレは心を落ち着けるために深く深呼吸するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る