第29話 シャルリーヌ
「ぷはー……。もう食えん……」
オレはポンポンに膨れ上がったお腹を撫でながらソファーの背もたれに背中を預けた。ベルトを緩め、ズボンのボタンを外してまで食べちゃったよ。
久しぶりにお腹いっぱいまで食べたな。しかもケーキを腹いっぱいだ。カロリーを計算するのが恐ろしいが、今日はチートデーなのでセーフである。今日がチートデーじゃなかったら太ってしまうところだった。危なかったぜ!
「ほっほっほっ。いい食べっぷりだね」
「恐縮です」
「なんの。子どもはこうでなくてはね」
コンスタンタンがニコニコ笑っている。オレの義父になるかもしれない人は寛大だなぁ。よかったよ。
「ふむ。アベルもようやく落ち着いたようだな。コンスタンタン、そういえば奥方と娘はどうしたんだ?」
「ああ、そういえばまだ言ってなかったね。二人とも屋敷にいなかったから呼んでおいたよ」
「ふむ。すまんな、我らが急に来たばっかりに」
「なんのなんの」
どうやらこれからシャルリーヌたちが来るようだ。
オレは諦めの気持ちと共に自分のお腹を見下ろす。ポンポンに膨れているね。
しまったな。こんなことなら食べる量をセーブするんだった。
その時、コンコンコンッとノックの音が部屋に飛び込んできた。すぐにメイドたちがパタパタと動き出し、コンスタンタンが頷くことによってドアが開く。
現れたのは、深紅のドレスを着た妙齢の女性と、水色のドレスを着た少女だ。
まるで銀糸のように輝く長い髪。その下には、意思の強そうな青い瞳。目が合った。
なんだかゲームの時とは雰囲気が違うけど、オレが推しを見間違えるわけがない。
彼女こそがシャルリーヌ・ブラシェール。ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』において、小動物的なかわいらしさで圧倒的人気を誇ったサブヒロインだ。
「よく来てくれたね。おかえり、デルフィーヌ、シャルリーヌ。紹介しよう。ガストン・ヴィアラット男爵とその息子、アベル・ヴィアラットくんだ」
「まあ! ヴィアラット卿、お久しぶりですね。そして、はじめましてアベルさん。デルフィーヌ・ブラシェールと申します。ほら、シャルリーヌもご挨拶して」
「……シャルリーヌ・ブラシェールです」
「久しいな、デルフィーヌ! シャルリーヌははじめましてか? ワシがガストン・ヴィアラットだ」
どうやら父上はデルフィーヌとも面識があるようだね。なんだか親しそうだ。
「はじめまして、アベル・ヴィアラットです。よろしくお願いします」
「あら? ヴィアラット卿の息子にしては礼儀正しいですね?」
「デルフィーヌもそう思うかい? 僕も不思議に思っていてね」
「お前ら、失礼だぞ」
そう言って、笑い始める三人の保護者たち。当然だけど、オレもシャルリーヌも置いてけぼりだ。
なんだか三人はとても仲が良さそうだね。なんでだ?
というか、勝手に盛り上がってないで話を進めてほしいんだけど……。
「ふむ。懐かしいな。デルフィーヌとは学園の時以来か?」
「嫌だわ、ガストン。わたくしたちの結婚式に来てくれたじゃない」
「あの時は、金がないといって断られるのは嫌だったから、旅費も込みで招待状を送ったんだっけ? 懐かしいなぁ」
「そうだったな。あの時借りた金だが、今なら返せるぞ?」
「いや、いいよ。ガストンにお祝いしてもらったから十分さ。キミには在学中に何度も助けられたからね」
「デルフィーヌへのアタックを援護した時のことか?」
「まあ! そのお話、詳しく聞きたいですわ」
「まあまあ、いいじゃないか。今日はアベルくんとシャルリーヌが主役なんだし」
そんなこんなで、向かいのソファーにブラシェール伯爵家の面々が座り、お話し合いがスタートしたのだが……。
「…………」
「…………」
オレはシャルリーヌを前に緊張して上手くしゃべり出すことができず、シャルリーヌも口を開くことはなかった。
だって仕方がないじゃない!
シャルリーヌは神様は不公平だと認めざるを得ないくらい絶世の美少女。ゲームの時よりも美しくて、オレなんかが話しかけていいのか不安になるほどなんだから!
前世でだってこんな美少女見たことないぞ!
「あの、ご趣味は……?」
「観劇を少々……」
「……」
「……」
やっとの思いで口を開いても、なかなか会話が続かないよ。
というか、シャルリーヌがジッとオレを睨むように見てるんだけど、オレってもしかして嫌われている?
なんで?
「二人とも、緊張しているのかな?」
「お手紙は書いてましたけど、はじめましてですものね」
コンスタンタン、デルフィーヌが場の沈黙を取り払うように朗らかな声を出した。
「すまんなあ、シャルリーヌ嬢。アベルは柄にもなく緊張しているようだ」
「ごふっ!?」
父上はいつものようにはっはっはっはっと笑うと、ベシベシとオレの背中を叩く。
やっぱりオレがリードしないとダメだよな。がんばらないと。
「まあまあ、ガストン。親に見られてたら緊張しちゃうよね? そうだ! 二人とも庭にでも行ってきたらどうかな? シャルリーヌ、アベルくんを案内してあげて」
「はい……」
「アベル、行ってこい! 男は度胸だ!」
「はい!」
こうしてオレとシャルリーヌは、親たちに勧められてブラシェール伯爵邸のお庭へと移動するのだった。
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