第28話 出会い

「アベル、そんなに緊張するな」

「そうは言いますが……」


 一目で高級だとわかる部屋の中、オレは父上の隣で柔らかなソファーに座っていた。


 もう体がガチゴチに固まってしまいそうなほど緊張している。


 だってこれからシャルリーヌとその父親であるブラシェール伯爵に会うからね!


 会うことになるのはわかっていたよ? でも、いざその時となると緊張が……。


「来たな」


 父上はそう呟くとソファーから立ち上がった。オレも遅れないように立ち上がる。


 ドアの傍で控えていたメイドさんがギョッとした表情でオレたちを見ていた。


 すると、コンコンコンッとノックの音が飛び込んできた。


 父上は、ドア越しに人の気配を感じて立ち上がったのか? すごいな。やはり父上はオレの遥か先にいる!


「ヴぃ、ヴィアラット男爵様、ブラシェール伯爵がお見えになりました」

「通してくれ」

「かしこまりました」


 メイドさんがドアを開こうとした瞬間、バーンとドアが外側へと開いた。


「ガストン! 会いたかったぞお!」


 そうして部屋に入ってきたのは、豪華な服を着た品のいいふくよかな小さいおじさまだった。


 おじさまは礼儀など知らないとばかりに一直線に父上の前に来ると、ギュッと父上の手を取る。


「相変わらずデカいな、ガストン!」

「久しいな、コンスタンタン!」


 そう言って父上がコンスタンタンの肩をバシバシ叩いた。


「痛いっ、痛いってば!? まったく、相変わらずのすごいバカ力だな」

「すまん、すまん。はっはっはっはっ」


 どうやら父上とは旧知の人物らしいが、この小さいおじさまは誰だ?


「父上、そちらの方は?」

「うむ! こちらにおわすお方がコンスタンタン・ブラシェールだ。これでも伯爵様だぞ?」

「正真正銘の伯爵だよ!? それで、そちらの子どもが?」


 この小さいおじさまが伯爵?


 勝手にもっと気難しい人なのかと思っていたよ。かなり父上と仲がいいようだ。


「うむ! 我が息子であるアベル・ヴィアラットだ。アベル、ご挨拶を」

「はい!」


 オレは急いで片膝を付く。


「お初にお目にかかります、ブラシェール伯爵様。アベル・ヴィアラットです」

「おぉ! ガストンの息子にしては礼儀がいいな。私がコンスタンタン・ブラシェールだ。ほらほら、立ちなさい。顔をよく見せておくれ」

「はい!」


 オレが立ち上がると、コンスタンタンはオレの顔をしげしげと見つめてきた。


「ふむ。ガストンに似ず、綺麗な顔をしているな。だが、その瞳はガストン譲りだ」


 コンスタンタンは嬉しそうに何度も頷くと、ハッと気が付いたような顔を浮かべた。


「おっといけないいけない。さあ、立ち話もなんだ。座ってくれ。アベルはもう王都のお菓子を食べたかな?」

「いえ……」

「そうかそうか。すぐに用意させよう。存分に食べなさい」

「ありがとうございます」


 勝手に日本で言うところの「娘さんを僕にください!」「お前にはやらん!」みたいなやり取りになるんだと思っていたけど、コンスタンタンは予想以上にフレンドリーだった。


「失礼したします」


 席に着くと、メイドさんがすぐにお茶のおかわりを用意してくれるし、すぐにお菓子も用意してくれた。


「おぉー……」


 勝手に茶菓子はクッキーみたいな物を想像していたけど、生クリームやチーズ、砂糖をふんだんに使った生菓子が出てきた。前世では見慣れた物だが、今世では初めて見たよ。とんでもない物が出てきたな。


「さあ、たくさん食べるといい。おかわりもあるよ」

「はい!」


 何を隠そう、オレは極度の甘党だ。ヴィアラット領ではお菓子どころか砂糖すらなかったから果物を食べて慰めていたが、まさかこんなご馳走に出会えるとは!


 だが、強靭な体を作るためには甘い物は不要だ。


 しかし、食べたい……!


 ここで逃せば、次はいつ食べれるかもわからない。


「食べないのかい?」

「食べます!」


 頭が痛くなりそうなほど悩み抜いたオレは、今日はチートデーということにして好きなだけ食べることに決めた。食欲に負けたとも言う。


「いただきます……!」


 震える手で小さなフォークを持つと、ケーキを崩して口に運ぶ。


「はむ……。んっ!」


 まず感じるのは、ふわりと濃いミルクの味と上品な甘み。それらを支えるのは、柔らかく焼き上げられた卵の味を感じるスポンジケーキだ。こってりとした生クリームを洗い流すような甘酸っぱいベリーの酸味も感じる。そうして、また生クリームのふわりとした食感とミルクを感じる。幸せのサイクルが口の中で繰り広げられていた。


「うまい……」


 気が付けば、オレは涙を流していた。


 前世の記憶を漁ってもこれだけおいしいケーキを食べたことはない。


 やっぱりあれかな? 科学的な調味料を使わずに、本物の食材と職人の技術で作られているからかな?


 そのせいか、舌だけではなく体も喜んでいる気がした。


「泣くほどっ!?」


 コンスタンタンがビックリしているが、オレは溢れ出る涙を拭うことなくケーキを食べ続けた。

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