第21話 エペー男爵領

 ヴァネッサを手に入れてから二か月ほど。早朝の日の光を浴びて、ヴァネッサがキラキラと輝いていた。


「では、行ってくる!」

「いってきます、母上!」

「アベル、あなた、お気をつけて」

『発進します』


 オレがふかふかの椅子に座ると、オレと父上、選び抜かれた村人たちを乗せたヴァネッサがふわりと宙に浮いて、そのまま放たれた矢のように猛スピードで飛んでいく。


 相変わらず速いなぁ。もうヴィアラット領が見えないや。


 この二か月で、父上はヴァネッサを使った商売を思い付いていた。それが、物資の交易と航空戦闘団である。


 交易はまぁわかる。物の値段は場所によって違うからね。安い所で仕入れた物を高く売れる所で売れば、その差額分儲かるのだ。


 しかも、ヴァネッサは燃料費とかかからないみたいなので、その儲けはデカい。今までこの辺鄙なヴィアラット領まで行商に来てくれていた商人も巻き込み、その儲けはどんどん大きくなっているようだ。


 それによって、このヴィアラット領も少しずつ豊かになりつつある。


 ここまではオレの予想通りだったのだが、もう一つは完全にオレの予想外だった。


 それが航空戦闘団である。


 これが父上のやりたいことだった。


 辺境を飛び回り、襲われている村や行商人を助けるのである。他にも領主の頼みで魔獣の間引きなんかもやっている。


 聞いた時はなんだそれ需要あるのかと思っていたのだが、意外とあったから驚きだ。特に魔獣の間引きは大人気である。


 最近は依頼された魔獣の間引きがてら交易や商売している感じだ。


 ぶっちゃけ交易だけに絞った方が儲かるし、交易するにしても例えば王都のような大都市に行った方が儲かる。


 だが、父上は儲けは小さくとも辺境を回り、辺境全体の活性化を目指しているようだった。


 さすが父上だなぁ。オレにはなかった視点だ。


 でも、考えてみれば理に適っている気がする。


 辺境でヴィアラット領だけ豊かになれば、他の辺境の領から嫌われてしまうだろう。これまで辺境で一丸となってがんばってきたのに、それは避けた方がいいよね。


 そんなわけで、今日は二つ隣の領地へ魔物討伐の援軍だ。


『目的地に到着いたしました』

「はえー」


 椅子に座ってからまだ一分くらいしか経ってないぞ。


「よし、行くぞ!」

「「「「「おおー!」」」」」


 父上と領民たちがタラップを降りていく。オレも遅れないように彼らの後を追った。


「よお、ガストン! よく来てくれた!」

「パトリック! 久しいな!」


 ヴァネッサから降りると、父上がおじさんと抱き合っていた。たぶん、あれがこの領の領主だろう。


「それで? これが、お前の息子が見つけたっていうアーティファクトか!」

「そうだ! アベル、来い」

「はい、父上!」


 父上に呼ばれて行くと、父上にポンッと背中を押されておじさんの前に出た。


「ほら、挨拶しろ」

「初めまして、アベル・ヴィアラットです!」

「おぉ! 元気のいい坊主だ! 儂はパトリック・エペー。このエペー男爵領の主である」


 パトリックに頭をぐりぐり撫でまわされた。辺境の男ってみんなこうなのか?


「さっそくだが仕事の話だ。パトリック、手紙は読んだが、進展はあったか?」

「おう。敵はゴブリンとオークだ。あれからゴブリンを十三匹駆除したが、奴らの数が予想以上でな。だから、あんたを呼ばせてもらったのさ。辺境最強の戦士、ガストン・ヴィアラットをな!」


 頼りにされてるなぁ。


 さすが父上だ! やっぱり父上はオレの誇りだよ!


「よせよ、パトリック。照れるじゃないか」

「いいや言わせろよ。ガストンがいつでも来てくれる。こんな頼もしいことはないぞ? 辺境の領主はみんな助かってる!」


 父上は照れたように後ろ髪をガシガシ掻いていた。オレは父上が辺境のみんなに慕われていると知ってテンション爆上がりだ。


 やっぱり、自分一人で秘匿せずに、父上にヴァネッサを預けてよかった。


「ヴィアラット男爵様、そろそろ私の紹介をしていただけると……」


 その時、後ろから父上を呼ぶ声が聞こえた。


 振り返れば、ハンカチで額の汗を拭う小太りのハゲた男がいた。我が家の御用商人、エタンである。


「おお、エタン。そうだったな。パトリック、この者が我が家の御用商人である」

「初めまして、エペー男爵様。私、ヴィアラット男爵家のお力で商いをしております、エタンと申します」

「うむ。儂がパトリック・エペーである」

「パトリックよ、ワシらがゴブリンを討伐している間、この者に商いをさせようと思うのだが、どうだ? 塩なども取り扱っておるし、物々交換にも応じるぞ?」

「おお! それはいいな! 我が領に行商人が来るのは年に三度しかないから助かる! それに、ガストンからの申し出だ。儂に断ると選択肢はない!」


 まぁ、辺境は金を持ってないから、行商しても儲けが少ないからね。だから行商人も年に何回も来ない。エペー領のように年に三回も来るのはいい方だったりする。


 だが、それでは主に塩などの必要な物資が不足してしまう。


 そこでオレは、ヴィアラット領に来てくれていた行商人に御用商人の地位を与えて、辺境の村に行く際、塩も物々交換で売ることを父上に提案してみた。


 父上は大変乗り気だったし、実際上手くいっているのだが、ここで父上の人のいいところが出た。


 なんと、エタンに塩を相場の半額以下で売るように命じたのだ。


 そのおかげでヴィアラット家としての儲けは少なくなったが、辺境全体が少しずつ余裕を持てるようになってきた。


 父上の辺境全体を救いたいという思いは本物だ。


 オレとしては自分の食卓が豊かになればそれでよかったのだが、そんな父上の行動を誇らしく思っている。


 さすがだね。父上こそまさに辺境の英雄だ。


 オレは父上の子どもであることが誇らしいよ。

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