第14話 バジル、ブリス、ドニ

「ブラシェール伯爵家は、王都で活躍する法衣貴族でな。我が家は王都に伝手が無いから助かる。アベルも王都に行った際は助けになってくれるだろう」

「なるほど……」


 名前まで同じということは、もうゲーム登場したサブヒロインに間違いないだろう。どうやらオレは、ゲームで名前も語れることがなかった悪役モブらしい。気付けないわけだわ。だって、名前すら出てこなかったんだもん。


「この人がオレの婚約者……」


 オレはもう一度キャンバスに視線を落とす。微かな微笑みを浮かべた美少女がオレを見返していた。


「よかったですね、アベル。これでヴィアラット家も安泰です」

「……はい、母上」

「来年、王都の学園に行ったらちゃんと挨拶するんだぞ?」

「……はい、父上」


 こうしてオレの婚約者はシャルリーヌに決まっていた。


 オレはシャルリーヌにひどいことをするつもりなんて毛頭ないけど、すれ違いとか勘違いから不仲になる場合もありえる。


 しかも、オレの記憶が確かなら、シャルリーヌのストーリーを進めると、シャルリーヌにひどいことをした男は家を巻き込んで破滅するはずだ。


 最悪だな。突然降って湧いた死亡フラグに泣きそうである。


 どうにかしなくては……!



 ◇



 翌日。まだ太陽が昇って少ししたぐらいの時間。清々しい朝を感じながら、オレたち親子三人は朝食を食べていた。


 今日のご飯は豪勢にキッシュとソーセージだったよ。明日もキッシュが食べたいな。


 それはソーセージを口に入れた時だった。


「アベル、シャルリーヌにお手紙でも書いてはいかがですか?」


 すべては母上のこの一言から始まった。


「手紙ですか? しかし、何と書けばいいのでしょう?」


 一応手紙を書く際の季節の挨拶は母上から教わったけど、実際に手紙なんて初めて書くな。


 しかも、手紙を送る相手は婚約者であるシャルリーヌだ。オレと同じ十一歳の女の子らしいが、何を書けばいいのかまったくわからない。


 シャルリーヌは婚約者にひどいことをされて男性不信になったらしいが、もしかしたらこの手紙が原因の可能性もある。


 シャルリーヌのされたひどいことって具体的に何だよ!? 範囲が広すぎて対応しきれないぞ!


「見たこともない人と婚約した時、不安を感じるものですもの。きっとシャルリーヌも不安を感じていますわ」

「それは、たしかに……」


 その万倍の不安をオレは感じているけどな!


 シャルリーヌを損ねたら、ヴィアラット家没落の可能性があるんだよ? そりゃ慎重にもなるし、不安だ。


 処分されるのがオレだけならまだいいんだ。でも、オレのせいで父上や母上まで処分されてしまうのだけは阻止しなければ!


「書いてみます……」


 結局、オレは手紙を書くことに決めた。手紙を送ったことでシャルリーヌに嫌われる可能性もあるが、手紙を書かなかったことで嫌われる可能性もあるのだ。


 それなら、自分の気持ちに嘘は吐けない。オレはシャルリーヌのことが大好きなのだ。当然、手紙だって出したい。


 それに、オレはもうゲームの通りのアベルじゃない。前世の記憶を思い出して、生まれ変わったのだ。ゲームの展開を知っているオレならば、上手く立ち回ることはできるはず。


 シャルリーヌのことを過度に警戒しないようにしよう。オレが警戒していれば、必ずシャルリーヌも警戒してしまう。それではよくない。


 なるべく自然体で接しよう。オレの大好きという気持ちを押し付けないようにしよう。オレは今日から紳士になる!


 それでも、悲しいけど嫌われることはあるかもしれない。でも、ゲームのシナリオのようにシャルリーヌにトラウマを残すことはないはずだ。


 そうすれば、ヴィアラット家も存続できるはず!


 がんばれ! オレ!



 ◇



 その日の午後。


「アベル様、稽古をつけてください!」

「おなしゃっす!」

「しゃっす!」


 いつものように素振り稽古をしていると、村の子どもたちが屋敷に来た。


「お前ら、ちゃんと仕事はやったのか?」

「ばっちりですよ!」

「んだんだ!」

「それより、オラたちに槍を教えておくれよ」

「いいだろう」


 オレは、たまにこうして村の子どもたちを相手に剣や槍の訓練を付けてやることがある。息抜きに丁度いいし、オレも子どもたちに教えることで基礎を再確認できる。まぁ、この子たちも将来は村を守る辺境の男たちになるのだし、少しぐらい鍛えてもいいだろう。


「まずはオラから!」

「来い、バジル!」

「うらあああ!」


 大きな木剣を持ったバジルが突っ込んでくる。バジルは父上に憧れて、大剣の練習をしているらしい。大柄な彼にはぴったりな武器だ。


 だが、まだまだ甘い。


 オレはバジルの大剣をひらりと避けると、足払いを仕掛ける。


「おわっ!?」


 それだけでバジルは転んでしまった。バジルの首に剣を突き付けて、勝負ありだ。


「いてて……」

「バジルは度胸はあるが、視界が狭いな。もっと広い視野で相手の動きを注意深く見るんだ。攻撃している時が、一番隙をさらしている時間だからね」

「うぅ……。わかった……」


 バジルが悔しそうに頷いている。悔しいのはそれだけ向上心のある証拠だ。これからもがんばってほしいところだな。


「次はどっちがやる?」


 残った二人に問いかけると、ブリスが槍を構えて前に出た。


「よろしくお願いします!」

「ああ。来い、ブリス!」

「やああああ!」


 ブリスの得物は簡素な作りの槍だ。その攻撃範囲は広い。距離を取っていては一方的に攻撃されてしまうので、距離を詰める必要がある。


 オレは盾を構えてブリス目掛けて突っ込む。ブリスの槍の攻撃を盾で受けてそのまま押し切る構えだ。


「ッ! どりゃ!」


 そこで、ブリスの動きが変わった。突く動きではなく、槍を大きく横に回転させた払い。厄介だな。


 このままでは遠心力の乗った槍の重たい一撃に前進を止められてしまう。かといってバックステップで下がれば元の木阿弥だ。最悪の場合、槍の穂先で腹を掻っ切られることもあるかもしれない。


 やっぱり槍の相手は苦手だな。


 オレは覚悟を決めると前傾姿勢を取ってブリスへと疾走する。遠心力が脅威ならば、距離を縮めることで威力を削ぐ作戦だ。


 左から迫る槍の払いをなんとか盾で受け止め、上方に受け流す!


「あっ!?」


 情けない声をあげるブリスの首に剣を突き付け勝負ありだ。


「くそー! また負けちゃった……」

「払いはいい判断だったな。だが、それだけに頼るのはよくない。凌がれた時のことも考えておけ」

「はい!」

「じゃあ、最後はドニだな」

「うす!」


 最後に残った小柄な男、ドニが左右のダガーを構える。剣というより、大振りなナイフといった感じの武器だ。素早い連続攻撃に注意だな。


「じゃあ、行くぞ!」

「うっす!」


 始めの合図と共に、ドニが走り込んでくる。先ほどのブリスとの戦闘とは違い、今度はオレの方が武器のリーチが長い。ドニとしてはなんとしても距離を潰したいところだろう。逆に、オレとしてはドニが懐に入り込まれないように注意が必要だ。


 オレは様子見のために右手の片手剣を横に薙ぐ。まずはドニの進行を止めようと思ったのだ。


 しかし、ドニは怯まずに突っ込んでくる。いい度胸だ。


 オレの薙ぎはドニのダガーに受け止められ、ドニがオレの懐に飛び込んでくる。


「ぜあああああっ!」


 そして、ドニのダガーがキラリと光る。後先考えないこの一撃で決めるという意思の乗った突きだ。


 ここはもうドニのダガーの間合い。右手の剣を引き戻すのは間に合わない。


 だが、オレは更に距離を縮めるように足を踏み出す――――ッ!


「ふんっ!」


 ドニが二本のダガーを持っているように、オレにはまだ盾がある。裂帛の気合いと共に、オレは盾を振り抜いた。


 シールドバッシュ!


「ふげっ!?」


 盾はドニの顔を強打し、ドニはその勢いのまま後ろに転がってしまった。


「うぐおおおおおおおお!?」


 地面に後頭部を打ち、頭を押さえてゴロゴロ転がるドニの姿がそこにはあった。


「ヒール。ドニ、大丈夫か?」

「へえ。もう痛くないです」


 やっぱりヒールって便利だなぁ。そんなことを思いながら、オレはドニに手を伸ばして、ドニを立ち上がらせた。


「ありがとうございます。また負けちまったかぁ……。まさか、盾で殴られるなんて……」

「だが、いい踏み込みだった。あれはやられたら相手が嫌がるだろう。あとは、自分の間合いに持ち込んでも油断しないことだな」

「へい!」

「さて、これで一周したな。またバジルからやるか」

「おう! 次は負けないですよ」

「その意気だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る