忘れ去られる者達

筋肉痛

本編

「どうして、でんきはあかるいの?」


 未就学の娘がベッドに寝転びながら、天井のLEDを見つめて無邪気に問う。

 添い寝をしている父親はひどく真面目な男だった。娘の素朴な質問にいつも考え込んでしまう。今日もまた、思案が始まった。



 ある男は挑んだ。

 もっと明るくて便利な光を人類に届けるために。先人達は摩擦や雷、磁石からそのエネルギーの存在は発見していた。後はそれを光に代えるだけだ。

 彼は取り憑かれたように発明に没頭した。その情熱は、周りの人間たちには横暴に映っただろう。献身的な支えをないがしろにされた人間もいるだろう。彼より優れた研究をしていたライバルが権謀術数により貶められた事実もあるだろう。

 1%の閃きは彼のものだが、99%の努力は彼だけのものではない。

 それら全ての人間達の功績により、光は成った。人類に電球が届けられたのだ。そして電気は様々な分野に応用されていく。電気によって人々の生活は格段に豊かになるのだ。

 だから、安定して供給する術が必要だった。

 

 ある人間達は発見した。

 水の流れが電気エネルギーを生むことを。

 大きな川をせき止めて、流れを集中させれば膨大なエネルギーを得られることを。

 だから、その困難さを承知でダムを建てることに挑んだ。案の定、工事は果てしなく難航した。多くの死者も出しその工事の意義に疑問を呈する者も少なからずいたはずだ。

 ダム湖に沈む集落もあった。そこに住む人間たちは猛烈な反対運動を行い、武力的な諍いが起こることもあった。その集落の人々はついぞ納得することは無かっただろう。

 それでも人類は歩みを止めず、全体最適のために各地に多くのダムを建設しきった。副作用として公共事業をするためだけの必要性が疑われるダムもあったが、ダム全体を否定する根拠にはなり得なかった。

 犠牲は少なくなかったが安定的な発電がされるようになり、副次的に治水にも効果があがった。

 それでも電気はまだまだ足りなかった。


 ある人間達は燃やした。

 水を熱して水蒸気にすることで、効率的に発電することができると分かったからだ。だが、効率的に熱するための燃料がいる。

 地中深くに眠る石油に石炭、天然ガス、それらだった。

 人々は命がけで掘った。

 多数の犠牲を踏み台にして、安定して燃料を供給する方法を長い年月をかけて作り上げた。

 しかし、問題がいくつか発生した。

 まず第一に燃料を燃やしてできる副産物が、自らの住む惑星の環境に悪影響を与えている可能性が高かった。このまま放置すれば、気温が上がり過ぎて自分たちが住めなくなることが目に見えていた。

 より快適に便利にを追求した結果、滅亡するというのは皮肉が効いている。

 そして第二に燃料には限りがあることが分かっていた。その貯蔵量には諸説あるが、永遠に掘り出せるものではないことは確定していた。

 人類は再び試行錯誤することになる。


 ある人間達は歓喜した。

 少量の物質から莫大なエネルギーを生み出す方法を発見したのだ。それは夢のようなエネルギーのように思えたが、戦時に兵器として使われ、数多の無垢な人々の命を奪った忌み嫌うべき技術でもあった。

 だが、人類発展のためには背に腹は代えられない。反対意見を押し切って、発電技術として開発された。

 しかし、大きなエネルギーを生み出すのには代償がつきまとうのかもしれない。副次的に生まれる放射能は、人類に大きなダメージを与えるものだった。

 そこに目を瞑り、その技術をしばらく続けた人類に悲劇が起こる。

 天災、人災により原子力発電所で事故が起こり、放射能が広範囲で漏れ広がったのだ。そこは永く不毛の土地となってしまった。

 また使い終わった核燃料を効率的に処理する方法も見つかっていない。現状、原子力は誰かが外れくじを引かなければならない技術である。


 人類は再び苦悩する。より安全に環境に負荷を与えず、なおかつ安定して電気を創り出す方法を考えなければならない。


 今も人類は挑み続けている。

 例えば太陽の光で発電する技術を開発した。しかし、その出力は大きくなく、ツールの寿命が短いため人類全体の電気量を賄うことはできない。

 風力、地熱、水素。様々な方法で発電に挑むが、まだ最適解は出ていない。

 だが、一部の人間たちは決して諦めない。

 一人では成果をあげられないとしても、日が当たることがないとしても、賞賛されることがないとしても、成果が上げられず非難されたとしても、忘れ去られたとしても、その一歩が大きな進歩につながると信じて歩み続けている。

 自分もその一員として貢献できればよかったが、残念ながらその能力は無かった。悔しいが応援することぐらいしかできない。


 そして、今を支える人間達もいる。

 各発電所のメンテナンスを日々業務として遂行している人々。燃料を安定的に共有する人々。電柱、電線を配備して各家庭に電気を届ける人々。建築物の電気の配線を整備する人々。

 数え上げればキリがないほどの人間及び仕事に電気の共有、すなわち人類の繁栄は支えられている。

 しかし、彼らの多くに驕りはない。あるのは使命感だけだ。日々、人々の生活を支えるという重いプレッシャーに耐えながら、世間一般と比較して決して多くはない報酬だけを貰い、業務を全うしている。

 彼らは光だ。

 人類に発展に挑む者達と同等に間違いなく輝いている。

 だが、多くの人々はその輝きに慣れてしまう。己が享受している快適さが、当たり前に何の犠牲もなく代償もなくそこに存在していると考え思考を停止する。

 そして、より分かりやすく華美な、あるいは虚飾にまみれた派手な光に吸い寄せられていく。まるで、虫のように。

 更に悪いことに、そういう社会を支える仕事をあろうことか、取るに足らない仕事、くだらない仕事として蔑むことさえあるのだという。

 恐ろしいことに自分自身もそういう傾向にあった。娘の質問で思い出すことができた。こういうことはよくある。だから、娘には感謝している。

 あるいはそれは人類発展の証左なのかもしれない。生存が保障され人間の欲求がより高度な自己実現へ変わっているからなのかもしれない。しかし、何人もの犠牲の上に成り立ち、そこへの感謝や還元を忘れた自己実現に一体どんな価値があるというのだろうか。

 己がいかに支えられて生きているかを忘れ、己の利益のみを主張する人間の割合が一定数を超えた時、社会は崩壊するのだろう。今もゆるやかに破滅に向かっている気がする。

 かといって自分にその流れを止めることができるとは思えないが、少なくとも自分や家族はそうはならないようにしなければならない。だから、娘の問いには慎重に答えなければならない。



「ねぇ、パパ。聞いているの?」


 難しい顔で黙り込む父親に痺れを切らした娘は答えを催促する。


「ああ、聞いているよ。どういう風に答えるか考えていたんだ。電気が明るいのはね、いろんな人が自分のお仕事をちゃんとしているからなんだよ」

「ふぅん」


 精一杯考えた答えだったが、娘は納得したのかどうか良く分からない表情だ。待たせすぎて興味を失ってしまったのかもしれない。

 父親はそれでもいいと思っていた。社会を支える人の存在は、言葉だけでは伝わらない。自身の経験を踏まえてようやく実感できるのだと考えていた。

 だから、娘がいつか自分の言葉を振り返った時に意味を理解してくれれば良いと思っていた。

 

「じゃあさ、ごはんは何でおいしいの?」


 矢継ぎ早に娘から質問が放たれた。父親からの答えを期待して、彼女の目はキラキラしている。


「ええと、ごはんっていうのはあの白いお米のことかい?」

「うん、そう。なんで?」


 父親は一次産業について思いを馳せていく。

 長い夜になりそうだ。

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