第4話 君とはジャンルがちがいすぎる

 オレはテーブルのカップ麵を見つめていた。


 なんの変哲もないカップ麺に見える。実際、元はただのカップ麺らしい。お湯をいれたばかりでフタの隙間からほんのり湯気がもれている。


 対面の雪森さんは真面目な顔でいた。


「生天目君、はじめて」

「わ、わかった……」


 オレはカップ麺に両手をかざして、うむむーと念じる。

 自分の内に秘められた力を注ぎこむ……ような感じだ。


「……雪森さん、本当にこれで秘められし力がわかるのか?」

「うん。組織がよく使う判別法でね、カップ麵のフタに刻まれた術式と力が反応して、おおまかな属性がわかるよ」

「属性? 力の種類とか?」

「理解がはやい」


 雪森さんは得意そうに説明してきた。


「たとえば3分経って麺がのびていたら強化系」

「麺がスープを吸いすぎただけじゃ?」

「チーズ味が追加されていたりしたら変化形」

「味変しただけじゃ?」

「麺の長さが変わっていたら操作系だね」

「なあ、これ水見し――」

「カップ麺式だよ」


 雪森さんは冷たい表情のままだ。


 それが彼女の標準なのはわかった。カップ麺式だというのなら嘘じゃないとも思うけれど、オレの疑心暗鬼を抑えることはできない。


 雪森さんはそんなオレの心を見透かしたように目を細める。


「生天目君、本気でやって」

「…………ええいっ!」


 なるようになれーーっと、オレはカップ麺に念をおくった。


 念的なものが手のひらから発生しているかはわからない。ただこの先、生きのこるためには真剣にやらざるをえなかった。


 チクタクチクタクと、3分が経つ。


「……3分、経ったよな?」

「おつかれ、生天目君」


 雪森さんはパチパチと軽く拍手をおり、割り箸をパキンと割った。

 そしてカップ麺のフタをはがして、ちゅるちゅると綺麗に食べはじめる。


「ど、どう?」

「美味しいよ」

「味の感想じゃなくてさあ」

「ちょっと待ってね」


 雪森さんは真顔でツルツルと食べている。

 お腹が減ってカップ麺が食べたかっただけじゃないだろうな。


 一体なに系の力なんだ。玄人向けの属性じゃなきゃいいんだけど……。

 個人的に操作系は好きだが、実用面を考えるとシンプルな強化系か応用性の高い変化系かなあ……。


 しかしどうにも学校と調子がちがうなと感じていると、彼女は完食した。


「ごちそうさまでした」


 雪森さんは割り箸を丁寧にカップ麺のふちに置いた。


「……よい食いっぷりで。それで?」

「よく味わってたしかめてみたけど、なにも変わってないね」

「つ、つまり?」

「生天目君は平凡な高校生だね」

「重々承知ですけど⁉⁉⁉」


 そりゃそーだよ! 目立たず騒がず、波風を立たせず! 静かな日々が大好きっ子ですよこちとらさっ!

 異能とは対極の位置にいますて! 


 ま、待ってくれ……能力無しでアレと戦うことになるのか……⁉


 がく然としていたオレに、雪森さんが静かに告げる。


「でも、例外は存在するから――」 


 ドクンッと、心が打たれた気がした。


 オレはたしかにどこにでもいる平凡な高校生なのに、その言葉だけで窮地に力が目覚めてしまえそうな気がした。


 雪森さんが瞳をのぞきこむようにたずねる。


「人外と戦う日々になるけど、覚悟はある?」

「ないです」


 一瞬浮かれはしたが、オレはすぐに冷静になっていた。

 雪森さんはコテンと首をかたむける。


「ないんだ」

「ありません」

「例外に賭けてみない?」

「……雪森さん、その例外な人には出会ったことはあるの?」

「ないよ」

「ないじゃないですか⁉」

「でも、例外は存在するから――」

「くっ……! いかにもそんな物語の文脈があるような言い方!」


 バトル系主人公の気分になりかけるが、オレは平凡な男子高校生だ。


 万が一、覚醒展開があるのかもしれない。けれどゼロに等しい万が一に賭けるほど、オレは自分の主人公力を信じていない。


 雪森さんは不思議そうにしている。……もしやだが。


「雪森さんは今まで何度も人外と戦ってきたんだよな?」

「うん」

「ピンチに陥ってもさ、自分の力できりぬけてきたんだろう?」

「よくわかるね」

「なんとなくだけどね……わかるよ。雪森さんはさ、主人公属性なんだと思う。ピンチになってもあきらめずに戦ってきたから確固とした自分があるのだと思うし、【例外】を信じられるのだと思う」


 万が一に賭けて、何度も勝ってきたんだろう。

 だから平凡な高校生でも例外があると当たり前のように信じている。


「なんにしても、生天目君が危ないのは変わりないよ」

「…………ですよね」


 自分を信じようが信じまいが、オレには恐るべき非日常が待っている。


 そして、おそらくオレは死ぬ。なんの力も目覚めないまま平凡な高校生としてあっけなく死を迎えてしまう。


 予感じゃなく、確信に近い。

 なんというか、生きるジャンルがちがいすぎるのだ。


「オレさ。雪森さんの覚醒展開のこやしになるか、アレの残虐性を引き立たせるために殺される運命が視えるんだよな……」

「そこまで悲観しなくてもいいのに」


 雪森さんはちょっと呆れ気味だ。

 もちろん、オレに選択権なんてないのはわかっている。


 組織に後方支援の仕事があればいいのだけど……。

 雪森さんの口ぶりじゃあ、どの道、力がないとダメみたいだけど……。


 戦いとは無縁の人生だったから死の実感がわかない……。だから比較的冷静でいられるけど……いや、手がふるえてるや……。


 雪森さんはそんなオレを見ても笑わない。

 非日常に堕ちる人を見慣れているのだと思う。やっぱり確固とした自分がある子だ。


 オレが信じられるものなんて、愛すべき平凡な日々なぐらいで……。

 ……………………待てよ?


 それは本当に本当に、ただの思いつきだった。


「日常が非日常に負けるだなんて誰が言ったんだ」

「ん?」


 雪森さんは困ったように眉をひそめた。


「日常あってこその非日常だよ。みんなが帰るべき場所だから日常なんだよ」

「生天目君? 混乱してる?」

「冷静だよ。……怯えてはいるけどさ」


 オレはふーーーっと息を吐いて、すーーーと大きく吸う。


 いくらか気持ちが落ち着いた。

 思いつきの考えだが、言うだけ言っても損はないだろう。


「人外とえにしができてもさ、オレが突っぱねればいいだけじゃないかな」

「……んー」

「世界の裏側のぞきこんだ状態なんだっけ?」

「そう。非日常な世界に堕ちやすくなっている」

「ようは非日常に堕ちなきゃいいし、屈しなきゃいいんだろう? オレはオレの日常を愛して楽しめば、奴らと関わらなくてもいいじゃないか」


 暴論だと思う。


 ただ、なんとなくいける気もした。まったくもって論理的ではないけれど、不思議な直感力が今だけ働いているのかもしれない。


 オレが祈るように見つめていると、雪森さんが答えた。


「試す価値はあるね」


 そう言った雪森さんはひかえめに微笑んだ。


~~~~~~~~~~~~

出オチから日常×非日常の舞台は整えました!

日常系主人公と非日常系ヒロインの変則ラブコメ(ラブコメ?)を、なんとかなれーーーな精神で書いていきます!

そう長くならないとは思います!

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