第3話 非日常が迫ってくる

 激闘を目撃したオレは、自宅マンションにすたこらーと逃げ帰ってくる。

 息を整えながら通学リュックを玄関に放りすてる。熱いシャワーでも浴びて、今日のことはすべて忘れるつもりでいた。


「おかえりなさい、生天目君」

「うぇぁ」


 喉がつぶれたような悲鳴が漏れた。


 だって、雪森さんがリビングのテーブルに座っていたからだ。


 ここにいるのが当然みたいな顔でいて、外からの視線が困るのか窓のカーテンをがっつりと閉めきっている。


 オレは足がふるえるのを自覚しながらたずねた。


「や、やあ……雪森さん、どうしてオレの家に?」

「生天目君がビルから逃げて行ったのを目撃したの。それで、おしゃべりをしに」


 雪森さんはテーブルに硬貨を置いた。


 オレが投げた硬貨だ……

 一直線で詰めてきている……。


「わ、わかった。ひとまずお茶でもいれるよ」


 オレは冷蔵庫に視線をやりつつ、玄関まで何秒でいけるかを計算した。


 が、リビングのドアノブがぺきぺきと凍りつく。


 ひいっ……逃げるなって圧が半端ない!


「雪森さん、こ、困るよ。母さんがもうすぐ帰ってくるだけど」

「生天目君は母子家庭。お母さんは看護師で夜勤が多いんだよね」

「……オレのこと調べたんだ」

「私が所属している組織がね」


 人外と戦う組織があるのだろうか。政府公認だったりするのか?

 身辺調査されたのは不安だけど、多少は信用していいのかも。だからって雪森さん自身を信用していいのか難しい。そう悩んでいたが。


「ありがとう、生天目君のおかげで助かった。油断していたよ」


 雪森さんが素直にお礼をのべた。

 彫刻みたいに表情は変わらない、でも瞳はまっすぐだ。


 それで警戒心がやわらぐのだから、オレはずいぶんとチョロイ性格だと思う。

 弛緩の息を吐いたあと、椅子を引いて、雪森さんと対座した。


「オレ、今日のことは誰にも言わないよ」

「話が早くて助かる」

「アレがなんなのかも雪森さんがどんな組織に所属しているのかも……聞かないし、忘れる。信じてくれるかわからないけどさ」

「いいえ、信じる」


 雪森さんはあっさりと言った。


 オレが怪訝な表情をしていると、彼女はすらすらと告げる。


「生天目君のことは簡単に調べてもらった。学業は可も不可もなく、対人関係もあたりさわりなし。どこにでもいる平凡な高校生」

「そのとおりだよ」

「……うん、君は素直にそう認めるんだよね。だいたいの子はね、何者かになりたがるよ。でも君は平凡な日々を楽しんでいる。だから私のような非日常的な存在とは関わりたくない」


 別に拒絶したいわけじゃないが、雪森さんの言い分でだいたいあっていた。


 そこまで調べたならオレが公言しないのもわかるはず。

 だが雪森さんは困ったように言った。


「でも、非日常からは逃げられないよ」

「……脅し?」

「ううん、事実を言ったまで」


 雪森さんは俺から視線をはずして沈黙する。

 どこまで言うべきなのか考えている様子だった。


「……生天目君、ビルの人外を『アレ』にしておくね」

「アレ」


 名前を言っちゃいけないのだろうか。


「アレはね、どこにでもいる。闇にまぎれて人間を襲うよこしまな存在。私は異能の力でアレを討伐する機関に所属している」

「どこにでもいるって、あんなの一度も見かけたことがないぞ」


 雪森さんが所属しているのは政府の秘密機関であっているのかな?

 そういった機関は人外の存在を秘密にするのがお決まりだが。


「アレは機関が秘密にしているのもあるけど、普通に生きていたら出会わないんだよ」

「オレ、出会ったんだけど……」


 正確には目撃したわけだが。


 それにしてもSNSがお盛んな昨今、そうそう隠しとおせるものじゃないと思う。オレなんてたまたま雪森さんを追いかけただけで出会ったわけだし。


 釈然としないでいると、雪森さんが淡々と説明する。


「アレはね、普通の人が住んでいる世界とは交わらない」

「えーっと……?」

「アレは自ら存在を秘匿することで神秘性を保っているの。人間が闇の儀式をおこなったり、怨みつらみを募らせたり……世界の裏側をのぞくことで初めて出会うようになる。だから表に出てこないし、私たちも表に出てこられた困るから秘密にしている」

「な、なるほど……」

えにしがなければ関わりあうことは絶対にないの」


 アレについてはなんとなくわかってきた。

 どうして雪森さんがこんな話をしたのかはわからないが……ん、待ってくれ。


 冷たい表情の彼女に、おそるおそるとたずねる。


「オレ……これから、あんなのとバカバカ出会うのか……?」

えにしができた今、日常は非日常に浸食される。アレが日常になるね」

「グゲゲッとか言ってたぞ⁉」

「グゲゲッ、ぐひゃひゃ、新鮮な血肉だー、もっぱらさーなんても言う」

「ガチガチの敵性種族じゃないか‼‼‼」


 もっぱらさーってなんだよ‼ 

 密かにマスコットポジでも狙っているのかよ、アレ‼


 そ、それよりも!


「闇の儀式⁉ 怨みつらみ⁉ オレ、まったく心当たりないんですけど⁉」

「……組織の認証印にんしょういん、拾ったからかもね」


 雪森さんはなんだか申し訳なそうだ。


 組織の認証印?

 あ……もしや雪森さんが落とした、三本足カラスのバッチ?


 非日常の象徴だったり、えにしを結んでしまうものだったとか……?

 うおぉう……。

 おお、おおおおおぉぉぉぉぉぉぉ………………………。


 魂が抜けたように放心していると、雪森さんはためらいがちに言う。


「拾ったぐらいでえにしができるわけないけど……非日常の素質があったのかも」

「オレ、ただの高校生ですよ……?」

「突然だけど生天目君、実は異能を持ってない? 戦闘に使えそうなの」

「オレ、ただの高校生ですよ⁉⁉⁉」


 戦ってもらうつもりなんだ!

 めくるめく人外との戦いに赴いてもらうつもりなんだ!


 雪森さんは諦めてといった表情でいた。


「……生天目君、たまに敬語になるよね」

「冷静なツッコミやめてください……。オ、オレ、異能とか持ってないぞ。氷も製氷機で作るし、炎はガスコンロを使ってる。光は電気頼りだし、人類の科学をあますことなく享受している高校生だよ……」

「大丈夫、秘められた力を調べるテストがあるよ」

「秘められた力を……?」


 期待をこめて見つめると、雪森さんはいつもの冷たい顔でかえしくる。


 冗談か本気なのかわからない……。冷たい表情がデフォっぽいが。

 すると雪森さんは床に置いてあったリュックからカップ麺をとりだし、テーブルに置く。


「これが、そのアイテム」

「……カップ麺だよな?」

「うん、カップ麺」


 ~~~~~~~~~~~~

 次回、カップ麺の使い方。


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