第2話 雪森さんは氷使い

「私、面倒がきらいなの。まとめて凍らせてあげる」


 雪森さんは右手に氷をシャキーンとまとわせて、不良たちと戦っていた。


 なに⁉⁉⁉ どゆこと⁉⁉⁉ 

 なんでバトルがはじまっているわけ⁉⁉⁉


 思い出せ思い出せ思い出せ……なんでこうなったかを!


 雪森さんが不良にからまれていたから、オレはスマホを手に助けようとした。

 ただ今から殺し合いでもするようなピリピリした空気感だったんだ。


 それから雪森さんは滑るような足運びで、建設中のビルに逃げこむ。

 不良たちは追いかけていったわけだけど、雪森さんの玄人すぎる足運びに違和感を覚えたんだ。猫の好奇心とも呼ぶ。


 それで追いかけていったら、ただならぬ気配を感じて。

 だから……柱の影から様子を見ていたのだけど……。


「遅いよ」


 雪森さんはコンクリートむき出しのフロアを駆ける。

 足元を凍らせているのか滑るように疾走して、右手の尖った氷をふるい、不良三人組をズバズバと切り裂いた。


 雪森さん、能力者だったのか⁉

 能力者だったのかってなんだよ‼ 突然の非日常にビビるんだが⁉


 ってか過剰防衛すぎる‼ 止めるべきだ‼


 リーダー格らしき大柄の不良が苛立ったように叫ぶ。


「グゲゲッ! 娘! そこまでの使い手だったか!」


 いや! なんか人外っぽい!

 グゲゲッと笑う人間は海外にもいないはずだ!


 不良三人組は傷つきながらも距離をつめている。雪森さんは涼しげな表情で、さらに加速してみせた。


「グゲッ! ちょこまかちょこまかと!」

「いまさら臆したの? こっちは逃がすつもりはないよ」


 雪森さんはプロスケーターびっくりの動きで疾走して、氷の手刀をふるう。銀髪がたなびき、華麗に舞いながら斬り刻んでいる。


 すごー……ソシャゲの氷系URキャラでこんな動きみたことがあるー……。


「グゲゲゲッ! 素早いだけの蠅がいくらたかろうが無意味よ!」

「自分が汚物だって言いたいわけだ」

「ぬ、ぬかせえっ! すぐに捕まえて全身の骨を砕いてやるわ!」

「やれやれ」


 雪森さんが嘆息吐いた隙を狙うように、小柄の不良が背後から飛びかかる。

 危ないと、オレが叫ぶ前に彼女の姿がひゅんと消える。消えたんじゃない、さらに加速したんだ。


 そして雪森さんは氷の手刀で小柄の不良を背後からつらぬく。


「そんなんじゃ、私を捕まえることは永遠にできないね」

「グ、グゲゲッ……」


 雪森さんは凍てつく瞳で小柄の不良から氷の手刀をぬきとった。


 うわ……痛そう……じゃない!

 致死技じゃないか⁉⁉⁉


 大柄の不良が激昂する。


「弟者⁉ お、おのれえええええええ!」


 大柄の不良がドスドスとまっすぐに突進してきて、長身の不良が天井をはりつきながら高速移動をはじめていた。


 な、なにがなにやらで……。

 ショッキングな光景もあったんだけど、どんな感情でとらえていいんだ……。

 氷姫と呼ばれる雪森さんがガチの氷使いで、人外と戦うヒーローってことか……?


 オレが混乱していると、天井にはりついていた不良が雪森さんの両肩をつかまえた。


「つ、つかまえたぞ‼ さんざん調子にのりやがって!」

「はい、ひっかかった」


 雪森さんはハリネズミみたいに全身から氷のトゲをじゃきーんと出した。


「グゲーーーーーー……!」


 天井の不良は穴だらけにされて、天井からボトリと落ちる。

 雪森さんは氷のトゲを解除して、怖いぐらい冷めた表情で佇んでいた。


「無警戒に近づきすぎ、手からしか氷を操れないと思った?」


 正義のヒーローなのか……?


 雪森さんは美少女だ。氷を操る姿も絵になっている。

 でもだからって善側だと信じていいのか? 実はグゲゲッと笑うほうが善側で、雪森さんが悪側ってことはないか?


 大柄の不良は「弟者!」とご兄弟の死をひどく悲しんでいる。

 たいする雪森さんの感情は無だ。無しか読みとれない。


「安心して、お前もすぐに弟たちのもとに送ってあげる」


 悪人の台詞じゃ……?


「ゆ、ゆるさん! お前だけは絶対に許さん!」

「ふふっ、よく吠える。末期はどんなふうに吠えるのか楽しみ」


 邪悪キャラの台詞すぎない…………?


「ぐぐぐっ……!」

「ねえ、はやくかかってきてよ。せめて燃えないゴミとしてまとめてあげるからさ」


 雪森さんは地面をちらりと見つめる。

 倒された不良が黒い塵になっていた。


 あ、やっぱり人外的存在だったんだ……。

 死にざまがいかにも悪っぽいから不良は悪側ってことなのか……? そもそもそんな善悪二元論でわけていいのか疑問もあるが。


「ゆ、ゆるさーーーーーーーーーーーんっ!」


 大柄の不良の身体がふくれあがった。


 ひ、皮膚が緑色に変わったぞ⁉

 いかにも悪っぽい! しかし今のご時世、肌が緑色だからって完全な悪と決めつけていいのか⁉


 雪森さんの反応は⁉


「斬り刻みやすみそうなビジュアル、これでなんの呵責もなく殺せるね」

「はっ! この身体になったからには氷程度では傷つかんぞ!」


 ……わからない!

 変貌した不良も雪森さんもどっちも怖い!


 警察に連絡するべきか⁉

 でも状況わかんなすぎるしなあ‼


 オレは柱の影で息をひそめたまま成り行きを見守っていると、変貌した人外が高速で突進していった


 速い! 真の姿ってわけか!

 ……真の姿ってなんだよ⁉ ただの高校生が使っていい台詞じゃないぞ!


「死ねえええええええ! 人間‼‼‼」


 大柄人外の高速突進は、雪森さんに届くことはなかった。


氷花ひょうか……氷瀑陣ひょうばくじん!」


 フロアのいたるところから氷のトゲが生えてきて、大柄人外をザックザクに突き刺す。

 まるでウニみたいになった大柄人外は雪森さんの前で釘付けになってしまい、苦しそうにうめいた。


「グ、グゲ……!」

「ただ逃げ回っていると思ったの? このフロアを私の冷気で満たしていたんだよ」

「や、やべてくれ……た、だのむ……」

「……つまらない吠えかた」


 雪森さんは冷たい表情のまま首をかたむける。


「凍てつけ、砕けろ」


 雪森さんは左手をかざして、ぐわっとにぎった。

 すると大柄人外はあっとういまに氷塊となり、パリーンと砕け散ってしまう。


 ソシャゲで見たことあるような大技だ……! 

 雪森さん……本当にUR系氷使いなのかっ⁉


「ふう……時間がかかちゃった」


 雪森さんは一仕事終えたみたいな顔ですべての氷を解除した。

 ここでオレは呑気に『雪森さんすごかったねー。氷使いだったんだねー』と、ノコノコと姿をあらわさない。


 雪森さんがどちら側なのか謎だからだ。


 だからオレはなにも見ていない聞いていない口にしないの三オレで、明日からまた平凡で愛すべき日常に戻る気でいたのだが。


「……ぁ」


 視界の端で、緑色の男が隠れていたのに気づいた。


 もう一人……いやもう一匹(?)いたんだ……!

 彼女に声をかける……だけど、どちら側なのかわからない!


 さっきの人外も人間を敵視していたし、人類に仇名す存在だと思う!

 だが雪森さんは雪森さんで、会話のできる知的生命体を殺生できる子だ! 


 ど、どうする……あの緑色……今にも襲いかかりそうだぞ……。


「ここ、電波が悪いか」


 雪森さんはスマホでどこかに連絡しようとしている。被疑者が綺麗な女性だと陪審員の裁決が甘くなりがちになるとは聞いているけれど……。


 ええいっ……! うおおおおおおお!


 オレは財布から小銭をぬきとり、緑色の男の方角に投げる。


「グゲッ⁉」


 チャリーンと音がする前に、オレは出口に向かって駆けた。


 雪森さんを信じる! 

 信じるけど……念のために逃げさせてもらう!


 背後はふりかえらず、大急ぎで階段を降りる。


「グゲエエエエエエエッ……!」


 おそろしい断末魔が聞こえてきたが、なにも聞こえないフリをした。

 あとは明日雪森さんと会っても表情を変えない訓練をしなきゃ……!


~~~~~~~~~~~~

とりあえず毎日更新していきますー。

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