私の姉はちょっと変わってる

うめもも さくら

私の姉はちょっと変わってる

 私には七歳、年齢の離れた姉がいる。

 姉は秀才で、柔らかい顔立ちの美人。

 性格だって、秀才さや美貌を鼻にかけることもなく、穏やかで優しい。

 昔から老若男女問わず、誰からもモテていた。

 そんな姉の存在は、私にとって目標であり、誇りだった。

 昔も今も、自慢の姉であることは間違いない。


 姉妹仲だって昔からすこぶる良好。

 私は姉のことが大好きだし、姉も私を可愛がってくれる。

 私が幼い頃から、私のことを一番近くで守ってくれていた。

 私が喜んでいると、一緒に自分のことのように喜んでくれる。

 私が泣いていると、一番に慰めてくれる。

 私が怒っていると、一番に話を聞いてくれる。

 私が笑っていると、一緒に楽しんでくれる。

 基本的に私の意見を優先してくれるし、私のわがままも聞いてくれる。

 基本的に、通常時、平時なら。

 私の姉はちょっと変わってる。


 リビングにて、母と私でのんびりお菓子を食べながら、姉の帰りを待っていた。

 そんな時、どちらからともなく、私たち姉妹の話になった。

 昔、旅行に行った思い出や反抗期の有無など、それはどれもとりとめのない話だったが、私と母は話に花を咲かせていた。

 そんな流れで私は母に問う。


「お姉ちゃんってちょっと変じゃない?」


「何よ、唐突にぃ。あんた、昔からお姉ちゃん大好きでしょ?」


「いや、大好きではあるんだけど。大人になって、改めて考えてみたら、うちの姉ってちょっと変わってるなぁって思ってさ」


「どのへんがぁ?」


「例えばあんなに秀才で、すっごい頭もいいのに、めちゃめちゃ、こんなことある!?ってドジする時あるし」


「お姉ちゃんは天然だからねぇ。ドジするのは、頭の賢さとは無関係なんだろうねぇ。その点、あんたの方がしっかりしてるって、よくお姉ちゃんと言ってるよ」


「そうなの?あとさ、頭よくて、大学は選びたい放題だったのに、結局、誰でも入れるような大学に通ったりさ」


「ここから近くて通いやすかったからでしょ?」


「もったいなくない?もしかして就職も……」


「うん。社内で移動とかないからって言ってたし、近くてここから通えるからでしょ」


「絶対もったいないよね!?もったいないで言えば、お姉ちゃん、前にハイスペックイケメンのことフッてたじゃん?アレ、マジでもったいないと思った!あのイケメンと結婚してたら、今頃セレブな社長夫人だったのにさぁ……」


「まぁ、色恋のことは当人にしかわからないことだからねぇ。お姉ちゃんは嫌だったんだからしょうがないよ」


「あとさ、あとさ!さっきの思い出話で思い出したんだけど、お姉ちゃん、昔あたしのこと着せ替え人形にしてたじゃん?アレ、マジでなんだったの?」


「着せ替え人形?」


「そうだよ!おばあちゃんの家に行く度にさ、男の子の格好にされたり、見るからに女の子!って感じのフリフリのワンピース着させられたり。その年によって違ったけどさ」


「あぁ、そうだったねぇ……」


「神社でお参りの時に、今年は女の子か、とか言ってさ。お姉ちゃん自分で女の子って言ってたのに、男の子の格好させたの!わざわざお母さんに頼んで、髪まで切られたんだよ!?せっかく、伸ばしてたのにさ!」


「あれは可哀想だったねぇ。小さい頃は然程さほどあんたも気にしてなかったけど。そのうち、当たり前だけど、あんたにもだんだん自分ができてきて。その頃が一番可哀想だったよ」


「可哀想って思うなら、母親なんだから姉を止めてよ。まぁ、そのうち飽きたのか、着せ替え人形にはされなくなったけどさ。ね?お姉ちゃんって変でしょ?お母さんもそう思わない?」


「そうだねぇ。変とは思わないけど、自分をしっかり持ってるんだろうね。誰かと比べてみたり、誰かのマネしたりするタイプじゃないんだよ。自分と自分の大切な人間、それだけ。それ以外は無関係だから、嫌な言い方すると切り捨てるところあるのよ」


「そう?誰にでも優しいし、穏やかな人だけど」


「優しいし穏やかだよ。冷たくする必要も意地悪する必要もないからねぇ。理由がないから。でも、もし、あんたになにかあれば、あの子は冷たくもなるし意地悪にもなる。非情にもね」


「そうかなぁ?」


 まだ納得しきれない私に母は微笑んで言った。


「とにかく、あたしが言えるのはねぇ。お姉ちゃんは昔からあんたのことが大好きなんだよ」


 うまいこと言って話を終わらせようとしてるな?と思い、文句の一つを言おうとした時、ガチャリと家の扉が開く音がした。


「ただいまぁ」


 姉が仕事から帰ってきた。

 すかさず、私は姉本人に週刊誌の記者のように直撃した。


「お姉ちゃん!お姉ちゃんは、なんであの大学にしたの?」


「大学?どうしてあの大学に通ったかってこと?近かったから」


 さすが母親、娘の大学の志望動機ばっちり言い当ててるじゃん!と少し感動しつつ次の質問をする。


「マジか。じゃぁ、お姉ちゃんが今の会社に就職した一番の理由も」


「一番?一番は安定してたからだよ」


「安定?」


「うん。物凄く大きい企業じゃないけど、定時で帰れるし、お給料も悪くないでしょ?それにここから通えるし」


「結局近さも重要なんじゃんか。じゃあ、安定を望むお姉ちゃんなのに、なんであんな安定なセレブ生活を自ら手放したの?あんなハイスペックイケメンを袖にしちゃってさ」


「ハイスペックイケメン?誰だっけ?」


「覚えてもいないのぉ!?ほら、前に結婚を前提にお付き合いしてくださいって、ハイスペックイケメンに告られてたじゃん!」


「……あぁ、あの人か。もうずっと前のことじゃない。急に何?あの人にまさか、ちょっかいかけられてるとかじゃないよね?」


「違う違う。あたし、会ったこともないもん」


「そう?ならいいけど、急にどうしたの?」


「お母さんと思い出話に花を咲かせてて、その流れで、お姉ちゃんって変だなって思って」


「あははは、ひどいなぁ」


「怒った?」


「え?全然。そんなことで怒らないよぉ。姉はポンコツで、妹はしっかり者ってけっこう多いみたいじゃない?我が家は典型的なそれだよねぇ」


「ポンコツって……自分で言う?それより、その流れで思い出したんだけど昔、お姉ちゃんに着せ替え人形にされてたじゃん?」


「あぁ、七五三……だから15歳までね」


「七五三は七歳までだよ?」


「ううん。七五三の数を全部足すから15歳」


「なんで足すのよ。やっぱり変だよね、お姉ちゃんって。ま、いつまでだったかは、とりあえず置いておいて、お姉ちゃんもおぼえてるんだよね?洋服もわざわざ用意して、髪まで切って本格的にやってたじゃん?アレにもなにか理由あったの?」


「……守りたかったから、かな」


「何を?」


 姉が真っ直ぐ私を見る瞳に気づき、私はおずおずと自身を指さして問う。


「あたし?」


「他に誰がいるのよ。おばあちゃんの家の地域って昔から、夏の時期、毎年一人、必ず子供が亡くなったでしょう?今でも、一回一回ニュースになるけど、毎年一人だから大きな話題にはならない。でもあの地域の人達は毎年、どこの子供が連れて行かれるのかってビクビクしてた。だから昔から、無事を願って神社にお参りに行くのが決まりだった」


「あぁ、確かに。大人たちがよく話してたっけ。今年もうちじゃなくてよかったって……え?どういうこと?」


「神社に行ってお願いして、今年はどっちが連れて行かれるのか聞いてたの。女の子を連れて行かれる年は、可哀想だけど男の子の格好をさせて目眩まししてたんだよ。髪が長くて女の子だってバレたら嫌で、お母さんに頼んで髪切ってもらったり」


「神様に聞いて、神様が答えてくれたの?」


「うん」


 神様と話す能力なんて初耳だし、こういうことを平然と言えちゃうところ、やっぱり変わってる。

 ふと、私は気になってたずねてみた。


「でもさ、神様の声が聞こえて、連れて行かれる人の性別がわかったなら、みんなに言えばよかったじゃん。そしたら、みんな逆の性別の格好して、そしたらみんな死ななかったかも……」


「かもね。でも誰も連れて行かれないのか、もっと悪いことになるのかわからなかったし。それで私の大事な家族になにかあっても嫌だったから、あえて言わなかったよ。まぁ、言ったところで信じてもらえないだろうし、それこそ私が白い目で見られて、おばあちゃんたちが村八分にされても困るし」


 優しく穏やかに微笑う姉は、こんなにも、にこやかなのに、私はまるで魔女や鬼女を前にしているような心地となった。

 母の言った言葉の意味が、ストンと落ちるように理解と納得ができてしまった。

 母も、姉が言った通りで娘が助かるものだから、あえて止めることもしなかったんだろうな。

 これは、姉と母の愛情だった。

 理解も納得もしてる。

 けれど愛情と言うには、その言葉は綺麗で可憐すぎて、私には情愛という言葉が適切に思えた。

 ピロンっと私のスマホの通知音が鳴った時、姉が思い出したように笑って言った。


「そういえば、今、帰りにね、美味しいお菓子買ってきたんだよ。一緒に食べよう?」


 姉が美味しそうなお菓子の包みをこちらに見せてきて、話はそこまでで終わった。

 私もそれ以上は聞かなかった。

 ただ、スマホの画面にはニュースの速報がいくつか表示されていて、一つはまた、祖母の家の地域で事故があったこと。

 そして、もう一つはかつて姉に告白した男の不祥事による失脚だった。

 私の姉はちょっと変わってる。

 でもそれの一つ一つには、きちんと姉なりの理由があって、たぶん凡人の私には一生わからない。

 だから私はそんな変な姉に守られながら、平穏な生活を続けていく。

 姉の意見にはなるべく逆らうまいと思った。


 だからこれからも私の姉はちょっと変わってる。






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