トリカブト

地原 暗

チュートリアルを終える



「醜い」


「キモい」


「豚」


「ブス」


「あんたなんか本当に…………産むんじゃなかった」



ヤメテクレ!!!


「はあっ、はあっ、はあ……」


またこの夢だ。夢、実際にあったあの光景をいつまでも夢に見る。親元を離れて、いや離されて数年は経つがトラウマというものは早々消えてはくれないらしい。


俺は生まれた時から醜かった。赤子というものは誰しも可愛いと思うだろうが俺は生まれからとても醜かった。


俺の両親はとても容姿の良い人達だった。互いに愛し合っていたしその容姿に惹かれたのが何よりも大きいみたいで子供ができたことを大層喜んでいた。生まれるまでは…。

俺が生まれると二人の関係は少しずつ冷めていった。

だがそれでもと思ったのか、俺が生まれた2年後に双子が生まれた。妹と弟だ。妹は母親に似たし弟は父親に似た。俺とは違いとても綺麗な容姿をしていた。


二人が生まれたことによって俺はもはやいないもののように扱われていた。俺はこの醜い容姿を少しでも良くする為に運動を過剰なくらいしたし、食事制限、美容にも気を使った。だが、何をしても変わることは無かった。

まあ、食事に気を使わなくても残り物しか出されないし、美容に使えるお金なんて、祖父母から貰ったお年玉か、バイト代で手に入れたものだったが、、。


だが、そんな努力は虚しく、妹と弟は成長するにつれ両親のように俺を蔑むようになった。


俺は中学2年生の時に父親の祖父母の家に引き取られた。

両親からの愛に期待できず、虐待が起こりそうだったところを、引き取ってくれたのが二人だった。二人はおれがどんなに醜い容姿でも決して蔑む事は無かった。今まで与えられる事の無かった愛を俺に注いでくれた。俺はそんなおじいちゃんとおばあちゃんが大好きだった。


だが、祖父母は二人で出かけた時に事故に遭い亡くなってしまった。俺が高校二年生の時だ。悲しかった。寂しくて、悲しくて、もう訳も分からなくなり何日も何日も泣いた。それでも俺は立ち直った。もう俺を認めてくれる人はいないかもしれないがそれでもいつか認められる日がくる。容姿が醜くたって報われても良い、そう思って今まで生きてきた。


学生時代は当然のようにいじめにあっていた。どんなに嫌がっても、抵抗してもそれを面白がられ散々な目にあった。高校を卒業すれば社会に出る。そうすればこいつらと顔を合わせることも無い、そう思ってずっと耐えた。社会に出れば、容姿ではなく実力で見てもらえるそう思っていた。


俺は一般企業の会社員になった。成績は普通だが勤務態度も悪く無いし、仕事も嫌いでは無い。上手くやっていると思っていた。だが、この容姿はどこまでいっても人に悪印象を与えるようで俺は俺のことを嫌う上司のミスを押し付けられクビになった。俺はそれで心が折れて草臥れてしまった。


俺は、誰かに認めて欲しかった。容姿なんて関係ない。俺を、中身を見て欲しかった。でも、俺を見てくれる人は、見てくれた人は、祖父母以外にはいなかった。学校の先生も、クラスメイトも、同僚も、誰一人として俺をしっかりと見てくれることは無かった。


会社をクビになった日、昨日……俺は死ぬ事を決意した。もう、限界だった。俺は頑張ったんだ。どれだけ努力しても報われることは無かったのに、よく今まで生きた。もう、疲れたんだ。


死のう――


俺は死ぬ事考えた。輪廻転生なんて本当にあるのなら来世は恵まれた容姿になってみたい。友達が欲しい、俺を見てくれる人と出会いたい。やってみたかった夢、希望そんな事を考えた。


死ぬ方法はどうしようか、少しでも苦しい思いでもすれば来世を生きられるだろうか、いや、来世なんてあってももっと苦しい思いをするだけか、馬鹿げた事を考えた。祖父母の残した家の庭先に出てみた。そこで俺は昔おばあちゃんと一緒に観察していた花を見つけた。


トリカブト――


確か、猛毒があったはずだ。これを食べれば、死ねる。食べよう。何故か直感でそう思った俺はとりあえずトリカブトを調べた。植物の体全体が有毒で花粉さえも毒を持っている。うん。庭に生えているとは俺も運が良い。最後の最後でなんだか運が向いてきた気がした。


覚悟を決めた俺は確実に死ねるようにトリカブトを二輪摘み、細かく刻み全て残さず食べた。


しばらくするとトリカブトを食べた中毒症状が出てきた。次第に俺は死を確信した。

口唇や舌が手足のしびれて吐き気が出てくる。不整脈、けいれんが体の絶不調を知らせる呼吸もしにくくなった。もう、死ねる。もう、楽になるんだ。こんなに辛い思いをしたんだ。もう、いいだろう?


瞼が閉じられ、俺は意識を失った。


最後にこれで俺はおじいちゃんとおばあちゃんのところに行けるのだと、薄い笑いを浮かべて深い眠りについた。



そして最後に聞こえたのは、機械的な女性の声だった。


チュートリアルを終了します――――

人生の選択を確認。

最適解の導きに成功。


それでは、選択された本当の人生をお楽しみ下さい。





ちゅん、ちゅちゅ、ちゅんち、ちゅんちゅん


朝を知らせる鳥の囀りが耳に届く。


――俺は、どうなった?死ねたのか?

じゃあここは死後の世界か?

意識はある。体の感覚は――ある。

一体……どうしたんだ、俺は……?


そして俺は目を覚ました。


「ん、んん」


体を動かす事ができたので寝ていた体を起こした。

何故、生きているんだ?トリカブトの毒は猛毒で、あの量を食せば絶対に致死量のはずなのに……。

体は、なんだか軽い?毒を飲んだはずなのに、どこも痛く無いし、寧ろ今までに無いくらい調子が良いような?

立ち上がってみようかと思い体を起こす。

ん?視界がいつもより高い?それに、なんだか体が細くなっているような気がする。

明らかにおかしい。

俺は異変を感じ洗面所へと向かった。

道中もなんだかいつもと違う体の感覚に戸惑いながら何とか歩みを進める。

そして、鏡の前へと立つと俺は戸惑った。


え、誰?


そこにはいつもの醜すぎる自分が映っていなかったからだ。そこそこ身長もあり、程よく筋肉のついた細身の体、そして艶やかな黒髪、サラサラで思わず触りたくなるような綺麗に髪質だ。何よりも変化があったのは以前まではでっぷりとして脂ぎっていて、ニキビやデキモノ、そばかすがあり、重瞼で唇は鱈子のように大きく、薄茶色で血色も悪い、鼻は車にでも惹かれたように潰れていた自分の顔。

それが見る影もなく、誰がどうみても美青年としか言いようがない綺麗な顔立ちになっていた。

二重顎どころか三重顎になりそうだった顔は小顔で手で一掴みできそうだ。そばかす、ニキビ、イボ、デキモノがあった肌は雪のように白くきめ細かでツルツルとしている。鼻筋はくっきりとしてシュッとした鼻、顔の大きさ的にも丁度いいサイズだ。唇はベビーピンクと言えるような優しいピンク色で形も良く潤っていて思わず触れたくなるような唇。そして、腫れぼったかった一重瞼はぱっちりとした二重瞼の吸い込まれるような黒い瞳で腫れぼったさが一切なく、顔の全体が整いすぎている素晴らしい容姿に変貌していた。


え、なんで?どうして……?俺はまだ生きなきゃいけないのか?


でも、この容姿なら、虐げられることは無い……か?


でも、今更容姿が変わったくらいで何が出来るんだ?もう、良いんだ。俺は生きるのに疲れた……。


確かに素晴らしい容姿になったけど、多分トリカブトの毒が幻覚を見せているだけだ。

そう、きっとこれは俺の妄想が最後にみせた理想の夢なんだろう。


どうしたらこの夢を覚ますことができるだろうか。


俺は悩んだ末再び刻んだトリカブトを口に含んだ。


そして再び起こる中毒症状にこれは夢ではなかった事を知るも、意識は失われた。



人生の選択を確認。

エラーを認識、意識改善、肉体構築、エラー発生、データを初期化します。エラー……



何かの音声がまた頭に響いた気がした。

そうして俺の人生は今度こそ幕を閉じたのだった。


「おぎゃあ、あんぎゃあ、おんぎゃあ」


赤子の声が聞こえる。ここは、一体……?


「おはようございます」


「今日も賑やかで穏やかな一日が始まりそうですね」


目を開き辺りを見渡すとそこは子供が沢山いる施設のようだった。

そして何よりも驚いたのは今、俺は今小さくなって体を抱き抱えられている事だった。


「おぎゃあぁ」


ん、今喋ろうとしてこんな声が出たよな?

先程聞こえた産声の正体は俺の声だったのか?


どうやら、死に損なったと思った俺は赤ん坊になったみたいです。

いや、生きるのに疲れたんだ、、死なせてはくれないか?


「可愛い子ですね〜」


「まさか何も言わずに孤児院の前にこの子を置いていく人がいるなんて……」


「こんなに可愛らしい子なのに、なんて酷い」


「事情もあるのでしょうけど、私達に出来ることをして、大きく立派に育てましょう」


「そうですね!さて、2日連続で新しい子が来たばかりなので、まずは食事と健康のチェックですね!」


俺はどうやら親に捨てられた孤児のようだ。

流石にこんな姿で生まれ直して人生をまた送るとは思わなかった。輪廻転生と言うやつなのか?


そして、赤子の姿では死ぬ事も許されず、何度もできる自殺未遂をしようとしたが悉く止められてしまい、思いと裏腹にすくすくと育ち、俺は幼稚園に通える歳となった。


「この姿なら、今度こそっ……!」


「また死のうとしてるの?」


「……、?あ、リョウくん…」


「ねえ、紡……いい加減死のうとするのやめたら?」


「また、僕を止めるの?リョウくん……」


「紡は何か悪いことをしたの?死にたくなるような辛いことがあったの?」


「ほっといてよ、、僕が死んだところで何ともないでしょ?」


「何を言ってるの?人生を諦めていい時なんて無いんだよ?死ななければいけない人なんて大罪人くらいなんだよ。紡は何か罪を犯したの?」


「い、いや……やってはないけど……」


「なら、なんで死のうとしてるの?後ろめたい事は無いんでしょ?」


「ぼ、ぼくは生きてちゃいけない存在なんだ……」


「誰かがそんなこと言ったの?」


「…………」


「言われてないでしょ?」


「い、ぃわれた!」


「……誰がそんな事言ったの?僕の知ってる人??」


「……………………知らない人」


「ふぅん、ならそいつは悪い奴だね。僕の前で紡にそんな事言ってたら、沢山お話して分からせるのに。この世の中に生きてちゃいけない人なんて、本当はいないんだって」


「ぼ、僕生きてても良いの?」


「もちろん!」


「こんなに醜いのに??」


「………………………ねぇ、誰にそんな事言われたの?」


「ひっ……り、リョウくん顔が怖……」


「こんなに綺麗な顔をした紡が、醜いなんて誰が言ったの?」


僕は前世で夢見ていた恵まれた容姿を、いや、本当に一瞬見たあの時の美青年の姿をそのまま子供にしたような、淡麗な姿をしていた。


「だ、だれにも……ここでは言われてない……です」


「ここでは?」


「な、なんでもない!!」


ただでさえリョウ君にはいつも死のうとしてる時に見つかって危ない子だと思われてるのに、前世がどうのこうのなんて言ったら、もっと危ない奴だと思われてしまう、、。


「ねえ、紡もっと生きてみてよ」


「?」


「今はこんな世の中だから、なにか僕の分からないところで辛いことがあるかも知れないけど……、僕が世の中を変えるよ」


「……リョウくん?」


「僕はこの日本のトップに立って、紡がもっと生きたいってそんな国にするから」


「………………」


「だから、もう少し生きようとしてよ。僕、紡が死んだら悲しいよ?」


「………………」


「ね、紡!な、涙が!」


「…………ふふっ」


「何笑ってるのさ!僕、変な事言った!?」


「いや、嬉し涙だよ。嬉しくて泣いた事なんて、初めてだよ……ふふっ」


「僕が変な事言ったのかと思ったじゃないか……。でも、約束だからね!」


「……約束?」


「僕が世の中を生きやすくするから、紡は隣で見ててよ!」


「…………?う、うん。分かった?」


「約束だからね、紡が心から生を望むまで、絶対に死んじゃだめだからね!!?」


「…………う、うん。が、頑張るよ……。」


「じゃあ、約束!」


「……やくそく」


こうして僕の2度目の人生は、この時から本格的に幕を開けたのだった。

ただ、僕の葛藤と、苦難の日々も、この時から幕を開けることになるとは、思いもよらなかったのだった。


幼少期編、続く!

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トリカブト 地原 暗 @miika1003

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