第29話 王城崩壊

 機竜に戻ると、わたしに嵌められた手枷は機巧からくりの技工師によって外された。


月夜見つくよみ様に、至急お伝えしたいことがあります」


 取り次ぎをお願いすると、月夜見様は直ぐに来てくれた。妾の有り様を見ると、大方を推測したようだ。妾を自分の部屋に連れて行き、医師を呼んでくれた。

 直ぐに話をしようとしたが、着替えと医師の診察の後にするように言われる。

 医師に言われるまで気付かなかったが、全身の至るところに打撲があった。おそらく、イルドラ王に押さえつけられた時のものだろう。



 医師が部屋を出て行き、二人きりになったところでイルドラ王が寝物語に「クロダの臆病者がドジを踏まければ」と言った話を伝える。


黒田くろだ伯か……イルドラ王が自ら地方領主の陰謀に加担していたとすれば、要人の引き渡しに応じられないわけだな。宰相のラドルグ卿が必死に有耶無耶にしたがるのも納得できる」


 黒田伯の名が出たことには月夜見様も合点がいった様子だ。

 伝えるべきことは伝えた、お役目も果たせた。今度こそ……舌を噛み切れる。

 ガタン!

 刹那、妾は月夜見様に組み敷かれていた。月夜見様の右手が妾の口に差し込まれ、歯を噛み合わせられない。月夜見様の双眸が、とても悲しそうだった。それに気付いた妾は、死を諦めざるを得なかった。

 妾が観念したのを察して、月夜見様は右手を引く。二人で床にへたり込んでいた。


「月夜見様なら、妾がいなくなれば喜ぶと思ったのに……」


 思わず、憎まれ口が出てしまう。


「私はその方が嬉しいのだがな、射流鹿の奴が悲しむから止めざるを得ないのだ」


 月夜見様の右手には血が滲んでいた。


「ついて来い。お前に見せたいものがある」


 月夜見様は、立ち上がって歩き出した。部屋を出て、機竜の司令塔の操舵室に入る。操舵室には周囲を見渡す窓が設けられている。

 その窓の一つは、ハーレルの城下街の方角だ。夜の暗がりに、城下街は炎で真っ赤に燃え上がっていた。炎の中には機兵が光矢ひかりのやを放ちながら進んでいる姿が見える。


「ハーレルの王城は既に破壊した。武器を捨て投降してきた兵も、非戦闘員の使用人も、その家族も……一人残らず殺した。王城には瓦礫と死体しかない」


「……」


「王城から脱出して、城下街へ逃げ込んだ者がいる。それらの者を抹殺するために、城下街を丸ごと焼き払う。それが射流鹿の命令だ」


 月夜見様は操舵室を出て、誰もいない廊下へ出た。


「お前の醜聞を知る者は、この地上からいなくなる。一人残らずな。だから、王城では何もなかったのだ」


 そして月夜見様は、妾に頭を下げた。


「射流鹿を、よろしく頼む」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る