第22話 理想郷
破壊された東の城壁からは、羅睺羅のジークフリードが次々に入ってくる。既に3機のジークフリードが、王城へ向かって歩いてきている。
人の10倍の大きさの巨体に、イルドラの兵は逃げるばかりで武器を向ける者はいなかった。
かつて、敗れるとも勇敢に戦った『ヒュンタールの英雄』は、今のイルドラにはいないようだ。ラドルグ卿の苛立ちには、不甲斐ない自国の兵士に向いているのかも知れないな。
「お互いが一歩踏み出し、また一つを妥協し、譲り合うことが和平への道とは思いませんか?」
「人質を取って、脅迫する相手と和平なんて有り得ないけどね」
「和平が訪れた暁には、然るべき償いを致します。まずは、剣を収めて話し合いの席に着いて頂きたいのです。必ずや、両国にとって有意義な未来となることをお約束します」
「過程が信じられないのに、その結果を信じるおめでたい人間は、羅睺羅にはいないわね」
「貴女は、血で血を洗う殺し合いを良しとしてしまうのですか?」
窓から中庭を見るのを止めたラドルグ卿は、声の調子を強めた。
「生きてさえいれば、償いの機会は失われません。まずは殺し合いのない世界を実現しようではありませんか!」
「ラドルグ卿の仰る世界とは、犯罪が蔓延る悪徳の理想郷だよね。だって、罪人の罪は未来で償う約束だけで、現実には裁かれないのだから」
「貴女は、平和であることの重要性を理解しておられない!」
ラドルグ卿が、テーブルに拳を叩き付けた。妾を言いくるめられないことにも苛つき出したようだ。
暫しの沈黙。
部屋の扉が乱暴に開けられた。入ってきたのはイルドラ王だった。
「なぜ、羅睺羅の機兵が中庭へ入ってきたのか。王城の機兵はどうしたのだ?」
「イルドラ王!」
ラドルグ卿は背筋を伸ばして、王に向き合った。王の訪問は意図してなかったようで、露骨に動揺している。
「王城の機兵は出陣の用意を進めております。数が揃い次第、ジークフリードの迎撃に出します」
「ええい、それで間に合うか!準備が出来た機兵から、直ぐに出撃させろ。一刻も早く、羅睺羅の機兵を追い出すのだ!」
「しかし、それでは我が方の機兵は、多勢に無勢で戦うことになります。数を揃えてから迎撃に出るべきかと……」
「黙れ、黙れ。貴様の悠長な策に乗った結果がこれではないか!」
「……はい」
王の叱責に肩を落としたラドルグ卿は、部屋を出て行った。おそらく、王の指示を王城の兵に伝えに行くのだろう。
ゴゴゴォォ・・・
部屋の壁が重苦しい音を立てて軋む出した。王城の壁を、ジークフリードの拳が殴打しているのだ。
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