第19話 恐怖

 射流鹿は、近侍の傍へ歩いてくる。そして耳元で囁いた。


「貴男には大事な仕事をして貰います。これから起こることを、そのに焼き付けて、そしてに伝えて下さい」


 近侍の目の前で、康平こうへい議員の右耳が切り落とされた。


「……うおぉぉ……」


 絶望に満ちた康平議員の呻き声。

 何らかの情報を引き出すための拷問ではない。ただ苦しめるためだけの拷問に、近侍は背筋が凍りつくような恐怖を感じたと言う。


「もう喋って頂くことはありませんから、口に猿轡さるぐつわをしておいて下さい。勝手に舌を噛み切られないように」


 その通りのことがされて、次には康平議員の右目が抉り出される。断末魔のような悲鳴に、近侍は意識を失ったと言う。

 しかし、それすら許されなかった。頭から大量の水を浴びせられ、近侍は強制的に目を覚まさせられた。

 康平議員は唸り声を漏らすだけで、声を上げられない。右腕が切り離され、左足が切り離され、左腕が切り離され、そして右足が切り離さた。床に転がった康平議員には、まだ息があった。息があるうちに、康平議員の首は切り離されたと言う。


「それでは好きな部位を持ち帰って下さい。貴男のたちが、彼の帰りを待っているのでしょうからね」


 そう言って、自分の方を向いた射流鹿の双眸を「忘れることができない」と近侍は言った。


「羅睺羅の帝は、卑劣な取引には応じません。ただ、剣によってのみ借りは返します」


 それが射流鹿から、誘拐の犯人への回答だった。



「ふざけおって、若造めがぁあ!」


 それを聞いた摩理勢まりせ議員は、再びテーブルに右の拳を叩きつけた。さっきよりも大きな音が響き渡り兼友かねとも議員は、怯えて身を捩る。


「この女の指の一本も切り落として、送り付けてやるわ!」


 そして、部屋の入口に立っている近侍に視線を向ける。鎧の胸の中央に摩理勢議員の家紋がえがかれている。おそらく摩理勢議員に仕える近侍だろう。


「どの指でも構わん。一本切り落として、日嗣皇子に届けてやれ。我々が本気だと、あの若造に教えてやるんだ!」


 摩理勢議員の近侍が、妾の方へ歩き出した。顔には下卑た笑いが浮かんでいる。


「や、止めてくれ!」


 それを止めたのは、康平議員の首を持ち帰った近侍だった。


「そんなことをしたら、もう取り返しがつかない。私には、羅睺羅国に残してきた家族がいるんだ。妻と娘が、どんな目に遭うか……。お前たちだって、国に残してきた家族がいるんじゃないのか!」


 摩理勢議員の近侍の足が止まり、顔が歪んだ。そして、入口に立つもう一人の近侍と顔を見合わせる。

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