第17話 竹篦返し

 射流鹿は、皇城に戻り第4戦団の将となるや、遠征の準備を始めた。世間では「自らの暗殺計画に加担したイルドラを叩く準備を始めた」と噂された。それに太后おおきさき様や月夜見つくよみ様の意向があったのは事実だろう。

 けれど「イルドラを叩く」と決めたのは、間違いなく射流鹿の意思だ。

 どうやら、親イルドラ派の議員たちは射流鹿の性格を見誤っている。わたしを人質にしたのもそう。とんでもない竹篦しっぺ返しが待っているだろう。


「くそ!康平こうへい卿は、まだ戻らないのか?」


「い……いや、直ぐに戻ってくる、はずだ」


 摩理勢まりせ議員の怒鳴り声に、兼友かねとも議員が自信なさげに応じた。康平議員は、第4戦団の機竜に行って、射流鹿の説得をしているらしい。

 窓から見える空は赤く染まった夕日のそれだ。射流鹿が指定した日没までには、それほど時間は残されていないはず。

 部屋の中を歩き回る摩理勢議員の足が速まっている。射流鹿が、日没と共に攻撃してくるかも知れないと脅えているのだろう。



 ……コン……コン

 部屋の扉が、外から小さくノックされた。入口の前に立つ近侍きんじが、扉を開くと同じ簡易鎧を着た近侍が立っていた。両手で厚い布で包まれた荷物を大事そうに抱えているが、その顔は蒼白になって極寒の中に居るように震えている。


「康平卿は、どうした?まさか裏切って逃げたんじゃないだろうな!」


 大声で怒鳴り散らす摩理勢議員に、扉から入ってきた近侍は手にしていた布で包まれた荷物を渡した。


「何だ?これは……」


 ……ゴロン!

 鈍い音と共に床に転がったのは康平議員の首だった。右の耳が切り落とされ、右眼も抉り取られている。恐怖に歪んだ表情に固まった血糊にこびり付いていた。


「……」


 誰もが言葉を失う。静寂の部屋に、首を運んで来た近侍の恐怖にガチガチと奥歯が鳴る音だけが響いていた。



 摩理勢議員も兼友議員も一言も喋れなくなっていた。2人には、その《首》》の意味が伝わったのだろう。


「な……何があったんだ?」


 理由を問い質そうしたのは、入口を守っている近侍の片方だった。それを受けて、康平議員についていった近侍が成り行きを話し始めた。



 第4戦団の機竜は混乱していた、と言う。先に戻っているはずの妾が、機竜に戻っていない……何処かで拉致されたことを疑っていた。そこに康平議員が現れる。


茉莉花まつりか様は、ハーレルの王城に残られました。茉莉花様も、イルドラと羅睺羅の両国が平和になることを強く望んでおられます。ただ一人で王城に残り、両国の和平のために尽力して下さっています」


 康平議員は、そのように妾の行動を説明したそうだ。

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