第16話 人質

 わたしが目を覚ましたのは、質の良い調度の家具が揃えられた一室だった。窓から差し込む西日の様子から時間はそれ程過ぎていないと思われる。


「お目覚めかな、日嗣皇子の許嫁いいなずけ殿」


 ベッドから身を起こして、部屋の中の様子を確認する。康平こうへい議員はいない。いるのは取り巻きの2人……兼友かねとも議員と摩理勢まりせ議員と言ったか?


「まったく、日嗣皇子には困ったものだ。太后おおきさき様や月夜見つくよみ殿の言いなりで、自分の意思と言うものがない」


 射流鹿の悪口を言っているのは摩理勢議員だ。兼友議員はバツが悪そうに、オドオドとして妾と視線を合わせないようにしている。それと、この2人の近侍きんじが剣を腰に下げて、部屋の入り口の前に立っている。妾の他に部屋に居るのは、この4人だ。


「我が羅睺羅国が、隣国であるイルドラと友好関係を築くことが如何に大きな国益となるのかを全く考えようとしないのだからな」


「巨人の骸の発掘場を荒らしたり、皇族の暗殺計画に加担する隣国との友好なんてあり得ないんじゃないの?」


「巨人の骸の発掘場だと?」


 摩理勢議員は、大きく両手を振り下げて言葉を吐き捨てた。


「考えてみろ。イルドラと友好関係を築いたならば、イルドラの戦力は、我が国を守る力ともなるのだ。巨人の骸の発掘場が誰のものか、そんな問題は関係ないではないか!」


 摩理勢議員の口調は荒い。に苛立っているようで、部屋の中を歩き回り、全く落ち着く様子がない。


「・・・太后め」


「あら、太后様がどうかしたの?」


「どうかした、だと!」


 ベッドに腰掛けている妾の側に、摩理勢議員はズカズカと歩み寄って来た。


「羅睺羅の本国で太后がやったことを、太后に側仕えしている貴様が知らないはずがないだろう!」


 イルドラ国と裏で通じている可能性のある元老院の議員を狩り出した件。

 羅睺羅国にいたイルドラ国の使節が、羅睺羅での粛正の様子を早馬で本国に知らせた、とのこと。康平議員を含めた3人は、それをイルドラ側から知らされたのだ。

 羅睺羅国へ戻れば粛正される……そう判断した3人は、イルドラに有利な条件で和平条約を結ばせるのを手土産に、イルドラへの亡命を考えたようだ。


「それで。妾を人質にして、射流鹿に言うことを利かせようとしたわけ?」


「日嗣皇子め。和平条約に調印する前に、暗殺未遂疑惑の容疑者をに引き渡せと言い出しおった。そんな期日の指定は条約には一言も書いてないわ!」


 摩理勢議員の足が、妾の腰掛けるベッドを蹴飛ばした。ベッドの足が折れてそこから転がり落ちる妾を、忌々しそうに摩理勢議員は見下ろしている。

 

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