第10話 晩餐会あるいは戦闘の前夜?

 月夜見つくよみ様から『ヒュンタールの3000人の英雄』の話を聞かされて、明日の晩餐会がどうでもよくなった。いや……イルドラ国と言う存在が、どうでもいい。

 月夜見様の言う通りに、さっさと「力ずくで決着」をつけて、早く羅睺羅らごら国へ帰りたい。そろそろ新宮も完成している頃だし。



 イルドラ国の招きに応じて、射流鹿いるかわたしがイルドラ国まで来た目的は……実は、もうのだ。

 太后様は、イルドラは「性根の腐った人間を嗅ぎ分ける」嗅覚が鋭いと言う……我が羅睺羅国の行政官よりも。羅睺羅国の行政官が血眼に「性根の腐った人間」を捜すよりも「イルドラ国が目を付けた人間」を狩る方が楽なのだ。

 要するに。今回の和平交渉に積極的に動いていた人間は、イルドラ国から賄賂を受け取った者である可能性は極めて高い。

 妾と射流鹿の出陣の時に、その可能性のありそうな連中の名前は控えられている。

 あれから10日。太后様のことだから、もう元老院で怪しい動きをした議員の粛正は既に片付いているだろうと思う。少なくとも、疑惑のある者は公職を追放されて、悪くすれば拷問を受けているだろう。



 後は、射流鹿と妾が無事に羅睺羅国へ帰国するだけ。



 妾としては、明日の晩餐会が急遽中止になって直ぐに帰国するのが一番なのだが……月夜見様は、射流鹿の暗殺計画に加担したイルドラ国に対して「ウザイ動きができなくなる」程度の灸を据えておきたいらしい。


「射流鹿はどうしていますか?」


 一瞬、月夜見様の顔が曇る。妾が「射流鹿」と呼び捨てたのが気に入らないのだ。これまで何度も「大兄おおえ様、と呼べ」と言われたことか。「大兄」は、帝位継承の第一候補者のこと。ずっと無視して「射流鹿」としか呼ばないので、もう月夜見様も諦めたと思っていた。


「機竜に随伴してきた元老院議員の相手をしているさ」


 ああ……そうか。第4戦団の機竜には、元老院から何人かの議員が同乗していた。その中には、イルドラ国と通じている者もいる。羅睺羅国での動きを知らない彼らは、今が人生の絶頂だろう。

 彼らにはもうところはない。羅睺羅国では彼らのお仲間は、拘束されて公職追放の処分が下っているはずだ。


「晩餐会が終われば、戦闘に突入する。それまで……イルドラ側に気取られぬように、もう少しだけ連中にも夢を見させておく必要がある」


 イルドラ国が晩餐会を計画したのは『日嗣皇子とその正妃となる婚約者の拉致』

が目的だろう。それに失敗すれば、向こうも直接的な行動に出てくる……月夜見様はそう予測している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る