第9話 ヒュンタールの惨劇

 ヒュンタールの街の惨劇。

 ちょうど、射流鹿いるかで実証的実験をやった頃の事件なのでわたしは憶えているのだ。

 羅睺羅らごら国の領域に入り込んだイルドラ兵3000人に対し、帝は近衛軍の機竜と機兵を差し向けたのである。



 神々の魔力を内に宿す機巧からくり仕掛けの巨人は、人間の10倍の大きさがある。歩兵だろうが騎兵だろうが槍兵だろうが弓兵だろうが、通常の兵が戦える相手ではない。

 歩兵の盾より強固な外装は、石弓の矢も跳ね返すし、動きは騎兵よりも早い。むくろが宿す魔力によって生み出される光矢ひかりのやは、弓より遠くへ真っ直ぐに飛ぶ。



 そんな機兵を見た3000人のイルドラ兵は即座に逃亡した。

 機兵には、胸の辺りに人が乗り込む場所があり、そこで機巧を操って機兵を動かす。機兵を動かす者を機操士きそうしと呼んでいる。

 この時の機操士の報告を聞かされた太后おおきさき様は、珍しく大声を出して笑っていた。

 何でも「立ち上がって姿を見せた途端に、悲鳴を上げて逃げ出した」そうだ。少しでも身軽になって逃げようとしたようで、後には歩兵の盾やら槍や石弓やらがうち捨てられていたらしい。


「一体、何しに来たのかしら?」


 太后様も疑問に感じていたが、うち捨てられていた装備はみなボロボロで「食い詰めて統率の取れなくなった兵が集まった野盗集団」だろうと推測された。

 この、3000人のイルドラ兵の野盗集団は、イルドラ国の領内へ戻ったらそこで民家を略奪したらしい。それがヒュンタールの街だ。

 イルドラ史では「羅睺羅国の機兵が、イルドラ国へ侵入し民家を襲って略奪した」ことになっている。



 羅睺羅国としては「国境の野盗に機兵を派遣した」と言う記録しか残していない。機兵は立ち上がっただけで、剣も抜いてないし光矢の一本も放ってないのだから戦ってもいない。



 そう言えばもあったっけ。

 イルドラ国としては「食い詰めた自国の兵が、民家を襲った」とは言えないから、羅睺羅国と帝を悪者にしないと都合が悪いんだろう。



 いきなり機兵を差し向ける帝もアレかも知れないが……。



 しかし、大声で帝や日嗣皇子の悪口を叫んでいる住民たちを見ると疑問も過る。


「イルドラ国には、当時ので生き残った人たちはいなかったんですか?」


 生き残りがいれば、少しは真実が漏れるはずだ。妾の問いに月夜見様はため息をつく。


「3000人のイルドラ兵は、皆が軍に戻り出世したそうだ」


「え?」


「敗れたとは言え、通常の装備で機兵と戦った勇敢な兵としてな」


 なるほど。それでは真実を者はいない。軍功を者が3000人いるだけだ。

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