第6話 成長と脱出



「食べていいぞ」


 智樹くんがそう言うと、影の龍がオーガを喰い殺す。


 智樹くんと出会ってからもう1ヶ月が経過した。あれから結構な量の魔物を喰らい、智樹くんは心身ともに成長した。


「うーん、もう十分かなぁ」

「ん?そうか?」

「うんうん。結構強くなったと思うよ」

「はぁ…実感はないな」


 そう答える智樹くんは、外見もまるで別人のように変化していた。


 筋骨隆隆のガッシリとした体、顔は魂の捕食という他人の魂を取り込む暴食の効果により、目つきが少し悪くなったもののそれも相まって無表情のクール系イケメンというような顔になっていた。


 一目惚れをする少女がいてもおかしくないような顔だが、その変化を智樹くんは気づいていない、というか気にしていないようだ。


 ま、見た目を気にしているほど余裕のある生活ではなかったから仕方ないが、これは地上で無自覚にヒロインを堕として行く主人公タイプだな。彼が地上に出たときが楽しみである。


 俺がそんなことを考えている間にも、順調に魔物を切り捨てて行く。


 剣についてはそこまで教えれることはないので、ほぼ彼の自己流の剣だがなかなか良さそうな動きをしている気がする。


 10、20、30体とハイペースにモンスターを喰らっていく智樹くん。


 あ、ちなみに今俺達は魔物の軍団に囲まれている。


 原因は、この廃棄場の一番奥に潜む魔物にある。


 その魔物が他の魔物を操っているのだが、まあ随分と臆病なようで、その奥に進む唯一の道に何百という魔物を集めていた。絶対に奥には通さないという意思を感じる。


(無駄だけどねぇ〜)


 そんな魔物達をバッサバッサと切り捨てていく智樹くん。


 地上なら上位職数人で討伐するような魔物すら一瞬で倒していくその姿は、まるで雑草を刈る草刈り機のようだ。


 また、遠くにいる魔物は切ることすらせず喰らっていく。ただ戦うために剣を振るっているだけで、実際は削る必要すらないのである。


 つまり、この魔物たちでは、何千体いようと彼を止めることは不可能というわけであった。

 

 数十分後には、さっきまで何百といた魔物は跡形もなくいなくなっていた。


 魔物の軍団が居なくなると、目に入るのは巨大な扉。


「それで、ここにそのボスがいるんだよな?」

「うん。この奥の魔物を倒せば地上に出られるよ」


 俺がそう答えると、智樹くんは迷わず扉に手をかけ、数tはあるであろう重い扉を軽々と開く。


 そこには、宝石の身体の龍が丸まり伏せていた。


「眠ってるのか…?」

「あ〜…いや、これは…」

「ん?」


 剣を構え、龍を警戒する智樹くんを尻目に龍に近づく。


「……死んでるなぁ?」


 やはり、どう見ても死んでる。


 あれぇ?どういうことだ?少し前までは生きてたはずなんだけど…


「ナイア、どうかしたか?」

「あ、いや、それがさ…この龍、もう死んじゃってるんだよね〜」

「え?死んでるのか…?その気配で…?」


 ん?あー、随分と警戒してるからどうしたんだと思ったが、気配か…


 たしかに龍は、死んだあとですら恐怖を感じるほどの威圧感がある。これが生きていたらもっとすごいはずだったろうが、この程度の気配なら確実に死んでいるで間違いないだろう。


「んー、食べる?」

「え?食べていいのか?」

「いいんじゃない?何で死んでるのかわからないけど死んでるなら喰えると思うよ」

「そうか。それじゃいただきま………ア?」


 影の龍が、宝石の龍を呑み込んだと同時に、智樹くんの体に変化が現れる。


「なに…がぁ…っ!?」


 バキバキというような音とともに、体の肉と骨が変形していく。


 腕や足の肌の一部を鱗で隠し、宝石のような翼と尻尾、そして二本の角が頭部から生える。


 竜人族…いや竜魔族の方か?。へぇ、暴食ってこういう外見の変化もあるのか…


 自分の場合はこういう外見変化はなかったので驚きである。


「はぁっ…はぁっ………」

「大丈夫?」

「何…だよこれ、聞いてないぞ……?」


 自分の体を確認しながら立ち上がる智樹くん。


「俺も知らなかったよ。こんなことがあるんだねぇ…」


 智樹くんの体をペタペタと触りながら感触を確かめる。


 昔触った龍と同じ感触だ。とても硬い。


「まあいいじゃないか!これなら大抵の相手なら傷をつけられることもないよ!」

「いや、人前に出れないじゃねーか!」

「あうっ」


 頭を叩かれる。確かに、これじゃ魔族だな。


「どうにかならないの?こうぐーって…」

「いや、そんなことできるわけ無いだろ!こっちは人間だ…ぞ……お?」


 自分の体を智樹くんと同じ龍の腕にしたり、人の体に戻したりしてお手本を見せると、ゆっくりと体が普通の肌に戻っていく。


 翼や尻尾などもだんだんと小さくなっていき、最終的には見えなくなった。


「おー、できるじゃないか」

「できたはできたけど…」

「何か問題でも?」

「いや、普通に違和感あるだろ!人間じゃなくなっちまったみたいな…」

「魔物を食う人間なんていないし人間じゃないんじゃない?」

「人間だよ!」


 そんな話をしながら奥に進む。最後のエリアには宝石龍以外には特に何もなく、暗い通路がただ続いていたのであった。



………………………………


……………


……



「ふーん…復讐とかは考えてないの?」

「あぁ。別に恨んじゃいない、というか興味もない」


 そう答える智樹くん。うーん、聞いた話だとサンドバックにされたり腕を切られて囮にされるとか、普通にボコボコにやり返しても問題ないことをされていたようなのだが、随分と優しいな?


「それに、あんたの話だと魔王ってのも別に世界を滅ぼそうなんてしてすらいないんだろ?」

「うん。人界への侵攻なんて今の魔王になってからはほぼないかな?というか戦争を仕掛けたのは人間側だし、やってることは魔界への侵略戦争だよ」

「なら、いつかはあいつらは死ぬだろ。本当に戦争なら、いくら普通より強い力を持っていたとしても、あれだけ好きにしていてうまく行くとも思えないし…」

「あ〜…なるほどね。つまり、手を下すまでもないってわけか」

「ま、そうとも言うか…一応気になるやつもいるが、あいつならうまくやるだろうし、俺が心配する必要もないよ」


 ほほぉ…どうせ死ぬなら、自分の手を汚す必要もないとは、随分と強者の考え方ではないか。成長したな…!


「お、ようやく出口だよ」


 そうやって、今後の話をしていると、ついに、ダンジョン内では拝めなかった太陽の光が目に入る。


「…やっと外に出られるのか!」

「それじゃ、俺のサポートはここまでだね」

「え?」

「十分強くなったでしょ?これ以上俺が口を出す必要もないだろうし、これから君は自由だよ。たまにお願い事をするかもしれないけど、簡単なことばかりだからちゃんと聞いてよね?」


 智樹くんは俺と出口を交互に見て、少し考えるように目を閉じ、そして口を開いた。


「…あー、えーっと…ナイア…様。俺は貴方のおかげでこのダンジョンから脱出することができた」

「お?」

 

 突然のかしこまった口調に少し驚くが、そんな俺の様子を気にした様子もなく彼は続ける。


「あのままだったら俺は死んでいたし、その後もこうやって俺を強くしてくれた。邪神だとかはどうでも良くて…本当に感謝してもしきれないくらいです。本当にありがとうございました!」


 そう言い、智樹くんは深く頭を下げる。


 ………おおぉ、これは完璧ではないだろうか?


 暴食の適合者だということで適当に恩を売る気だったが、これはここで手放すにはあまりにも惜しい人材である。


 俺に対する本心からの感謝、邪神という立場ではなく俺個人を見ていて、この一ヶ月で築いた師弟子関係があり、そしてちらりと垣間見える忠誠心。


 今までは女神討伐に協力してくれそうな大罪持ちは一人もいなかったが、彼は違う。


 無能の勇者としての生活は、多少なりとも確実に女神に対して恨みを抱えていることは間違いない。


 ふむ。これは物語を一気に動かすチャンスだ。


 この少年の寿命が尽きるまでに神殺しに相応しい大罪持ちをあと六人集め、そうしてあの女神を殺す。


 当然大罪持ちとの関係構築にも手を抜いては駄目だ。仲良くなる必要はないが、神殺しに協力してくれるくらいの関係にはならなければ。


 よし、そうと決まれば…


「いやぁ…そう言われると嬉しいねぇ。っと、君に準備しておいたものがあるんだ」

「準備しておいたもの…?」


 俺は、次元の狭間から何かを取り出すようなフリをする。


 ちなみに何も用意していないのでいま全力で作成中である。その間約0.5秒。


 前から用意してましたよという風に、今作り出した物を自然に取り出す。


 それは、金の刺繍で龍の装飾のされたシンプルな黒いコートと赤いマフラーであった。


「これは…」

「えー、コートの方は星渡りの黒龍っていうイレギュラーの革を加工して作ったやつで、赤い方は数千年くらい前の吸血女王っていう女の血で編んだマフラーだ。まぁ、世界のバランスを考えて上限ギリギリの防御力に調整しているから宇宙の龍だっていってもそこまで硬いわけではないんだけど…あっ、見た目に関しては安心してくれたまえ?厨ニ病っぽい見た目だけど異世界の服装には結構溶け込んでるしそこまで変じゃな───」

「ありがとうございます!!!」

「うぷ!?」


 反応が微妙だったため少し不安で装備の説明をしていると、智樹くんに抱きつかれる。ちょ、俺今普通の少年と同じ能力値だからめちゃくちゃ苦しいんだけど…!?


「ちょ!ストップストップ!わかったからぁっ!?」

「ナ…いや、師匠!!」


 こいつ話し全然聞かねぇなおい!


 どうにか拘束から逃れ、智樹くんを落ち着かせる。


(ふぅ…死ぬかと思った…)


 やはり人の肉体は弱い。人間状態でも戦えるくらい少し力を残しておけばよかったと後悔する。


 そうやってじゃれ合いながら、二人はダンジョン生活最後の時間を過ごすのであった。

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