第4話 マッチポンプと覚醒


 

 と、本当ならここで特別な力でも覚醒して、成り上がるのが王道展開というやつだろうか?


 だが、そんな都合のいい展開なんてあり得るはずがないのだ。


 だってこれは現実なのだから。


 現実に主人公補正なんて働くわけもないし、ご都合主義なんてあるはずもない。


 あの高さからの落下で死ななかったのも俺が少しだけ手助けをしてあげたからだし、何か特別な力が覚醒する伏線でも何でもない。


 つまりは、彼の死は確定してしまっているのである。


 嗚呼、可哀想に。足を捥がれてしまったようだ。


 どうやらあの竜もどきはただ殺して食べるのではなく、他者の絶望を快楽として感じるタイプのようだ。


 性格悪いね〜。


 剣で斬られたときとは違う、肉を引き千切られるという激痛に彼は悲鳴を上げるが、助けは来ない。


 先程まで浮かべていた笑みは見る影もなく、ただ子供のように泣き叫ぶ。


 嗚呼、可哀想に可哀想に。どうして俺が、なんで俺が…そんな恨み辛みが彼の感情を支配しているのが、彼の顔を見ればよくわかる。


 きっとこのまま放置すれば彼は、誰もいないこの深淵の中で、ゆっくりと命尽きるのであろう。


 嗚呼、本当に可哀想だ。俺が受け止めなければこんな苦しい思いもしなかっただろうに…


 え?何で助けないのに生かしたのかって?


 そりゃ簡単さ。だって、こうやって絶望している人間に手を差し伸べれば
































 ────簡単に堕ちてくれるんだよ。


 色々な体液にまみれぐちゃぐちゃになった少年に歩み寄り、俺は彼の前で初めて口を開いた。


「ねぇ、少年。力が欲しくはないかい?」


 時が停止する。


「………は?何が…どうなって……」


 困惑する彼に、自己紹介をする。


「はじめましてでいいかな?俺の名前はナイア。ま、君たち世界でいうなら…邪神って存在になるのかな?」

「邪神…?」


 邪魔な障害物を押しのけ、彼の前に立つ。


「おやおや…可哀想に、随分と傷だらけになってしまっているじゃないか」


 失われた腕と両足、全身血だらけで…下半身は濡れているが、そこは指摘しないであげよう。


「君には2つの選択肢がある。何も成すこともできずただこれに喰われて死ぬか、俺の手を取って力を手に入れるか…どっちがいい?あぁ、魂を取ったり傀儡になったりするような契約じゃないから安心したまえ。ま、働いてもらうことにはなるけどね」

「何がなんだか全くわかんねぇけど…この状況から助けてくれるっていうなら悪魔でも邪神でも関係ない!……俺を助けてくれ!!」

「へぇ…随分と即決じゃないか」


 うんうん。これは従順な駒になってくれそうな予感がするぞ。


「それじゃあ、この剣を喉に突き刺すといい」

「…は?」

「ほらほら、早くしないと化物が来ちゃうよ?これ、厳密には時間停止ってわけじゃないからね?」

「いや…でもそんなことしたら…」

「んじゃ、死ぬ?」

「え…あ…クソッ…もうどうにでもなれ!!」


 俺が追い詰めると、覚悟を決めた少年は自分の首に黒い剣を突き立てる。


『ヴォォォォォォォォォオオオ!!?』


 その瞬間、少年の影が蠢き、龍の口のような形になり下から竜もどきに喰らいついた。


 影はまるで弄ぶように竜もどきを何度か揺らし、そのまま丸呑みにする。


 その光景を、少年はぽかんとした表情で眺めていた。

 

「ははっ…覚醒おめでとう、少年。気分はどうだい?」

「き…気分?そんなの……あれ?」


 そこで少年は、自分の体の傷が治っていることに気がつく。


「これは……?」

「君の能力は暴食。魂を喰らうことで、位、筋力、魔力、対象の経験すらも奪う最強の力の一つ。満たされぬ空腹が代償の…あ〜、チート能力ってやつさ」

「ち…チート…?」

「あれ?君達の世界だとそういう表現じゃなかったっけ?無敵?俺tueee?」

「い、いや、意味はわかるんだ…ですが、実感が全く無くて…」


 困惑した様子で頭にはてなを浮かべる少年。まあ能力の説明は後でいいだろう。


「そんなことは置いといて、だ。君、名前は?」

「俺の名前は…智樹、真城智樹です」

「真城智樹くんね…うん。じゃあ智樹くんと呼ぶことにしよう」

「あ、はい…あー、ナイア様は…」

「様も敬語もいらないよ。別に助けてあげたけど、絶対服従とかそういう関係を望んでるわけでもないし」

「えーっと…じゃあナイア。色々聞いてもいいか?」


 俺がそう言うと、智樹くんはすぐに適応し、そう俺に話しかけてくる。


「勿論。何でも聞いてくれたまえ!」


 そんな彼の願いを、ここ数百年誰とも会話していなかったナイアは快く承諾するのであった。

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