第3話 地獄の底と絶望



“─────力が欲しい────”


 

 はそう願った。


 だから、少しだけ手助けをしてあげた。


 その結果どうなろうと…ま、俺の知ったことではないよね。


























 




「おいっ!?どうなってるんだよ!?!」

「し、知らないでござるよ!あああぁ…ちちち血が…」


 通路を早足で進みながら、福山がそう怒鳴り声を上げる。それに返事をする小宮は何かに強く怯えていた。


「…どうするの?今の私たちじゃどうしようも…」

「くっ…逃げるしかないだろう…それで軍でも何でも派遣してもらえば…」

「それじゃ…騎士の人は…」

「「「…………」」」

 

 未探索の通路を進むこと数十分。特に罠もなくモンスターも現れずに順調に進んでいたのだが…


「何なんだよあの化物…」


 突然通路の奥から現れた5m弱の鰐のような顔の人型モンスターによって騎士の一人が頭を噛まれ、死んだ。


 そして、生き残ったもう一人の騎士が時間稼ぎとして残り、ただ逃げろと言われ、その指示に従い逃げるしかなかったのであった。


 体力的な問題で速度を落としながらも、できるだけ足を動かし続ける。


 全員が目の前で起きたことが信じられないというように、恐怖で顔が強張っていた。


 異形の化物によって先程まで会話していた相手が一瞬で捕食されるその光景は、勇者だとしてもただの高校生であった彼らにとって、あまりにもショッキングな出来事であったようだ。


「やった…ようやく出口だ!」


 重い雰囲気の中ダンジョンを進んでいると、4人は大きな広場のような場所に辿り着いた。


 真ん中には直径数百mはあるであろう巨大な穴が開いており、底は見えない。


 普通なら落ちてしまうかもしれないという恐怖で足が竦みそうな景色だが、未探索エリアに入ってすぐの場所の光景だったため全員が安堵する、が……


『ォォォォォォォォォォォオオオオ!!!!!!』


 まるで深淵のように重く深い声が響き、鈍い足音が通路の奥からだんだんと近づいてくる。


 そして、後ろからヤツが現れた。


「不味いな…」

「もう…?」

「ど、どうすればいいでござるか!?」

「っ………」


 出口との距離はまだ数キロはあるだろう。背を向けて逃げるにはあまりにも遠かった。


「魔剣召喚!!」


 福山は黒い炎を纏った剣を手に取る。


「やるしか…無いだろっ!!」


 そして福山は………一番後ろにいた智樹の腕を切断し、背中を蹴り飛ばした。


 突然のことに反応できず、智樹は転倒する。


「うぐっ!??」

「何をしてるの!?」

「ふ、福山氏!?何故!?」


 二人はその行動に驚愕するが、そんな二人すら置いて福山は逃げ出す。足を斬らなかったのは、死因に直接関わりたくないという臆病さ故にだろうか。


「そんな無能ここで囮に使うくらいしか役に立たないだろう!!さっさとこの場から離れるぞ!!」

「………っ!」


 その言葉を聞いた小宮は、一歩、また一歩と後ずさり、走り出した。


「大丈夫!?貴方、腕が…!」

「ははっ…大丈夫だよ…まぁ、あの化物から走って逃げるのは無理だろうけど…」


 腕を切断された智樹は、斬られた付け根を抑え蹲っていた。想像を絶する痛みに、智樹は脂汗をかく。


 そんな彼を心配するように駆け寄る九条に智樹は言う。


「九条さんも、早く逃げたほうがいい。あの化物、こっちに狙いを定めたみたいだし…」

「でも、それじゃあ貴方は…!」

「まぁ…死ぬだろうな…」

「死ぬだろうって…そんな簡単に……」


 自分を連れて行こうする九条を押しのける。


 自分を連れて行こうとすればどう考えても間に合わないだろう。彼女だけでも…別に深い関係でもないが、智樹はそう考えていた。


「…早く逃げろよ」

「……………っ」


 そうして、九条もその動きに葛藤を見せながらもその場から走り出し、ついにその場には智樹とモンスターだけとなった。


『グルルルル……』

「ははっ…本当に…ろくなもんじゃなかったなぁ…」


 異世界に召喚され、無能として虐げられ、そして真っ先に切り捨てられ、化物に食われて死ぬ…散々じゃねぇか、そう智樹は文句を口にしながら、フラフラと穴の方に進む。


「どうせ死ぬなら…喰われて死ぬよりはマシか」


 そうつぶやき…智樹は穴に向かって体を傾ける。


 そして智樹は、暗い闇の中に消えていった。




………………………………


……………


……





「……何で生きてるんだ?」


 深淵の底で、彼はそう呟いた。辺りは暗く、何も見えない。


 左手の感覚はない。確実にそこに腕がないことがわかるし、痛みもあるが正直気にならないほどだ。


「痛めつけられたりしていた日々が役に立ったみたいな………わけ無いか」


 どんな経験を積んだとしても腕が切断されるなんていう痛みに慣れるとは思えない。


「死んだ?」


 自分が幽霊的な存在になったのではないかという考えが頭をよぎるが、実体もあるし感覚も特に違いはない。


 偶然生き残ったのだろうか。にしてはあの高さからの落下で死なないとも思えないし…


「わからん…まあ、生きてるだけマシか…」


 とりあえず、ここで倒れていても仕方がない。そう思い立ち上がろうとすると…


『ヴォォォォォォォオオオオオ』


 ダンッという音とともに、影が地面に着地する。


 そして影は周りを見渡し、こちらに目を向ける。


「嘘だろ…?追ってくるのかよ!!?」


 急いで立ち上がり、智樹は暗闇の中を駆け出す。


 その先に、救いなどないことを知らぬまま。



………………………………


……………


……



「…………ハハッ…」


 どうせ死ぬなら落ちたときに死ねればよかったのにと、少年は乾いた笑い声を上げる。


 行き止まりに追い詰められた智樹は、ただ死を待つのみであった。


 重い荷物は逃げるのに邪魔になる為置いてきており、今手にあるのは小さなナイフ1本のみ。


 勝てるわけがない。


 抵抗する気力すら湧かず、ナイフが手から滑り落ちる。




















 そうして、真城智樹は化物によって喰い殺された。


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