第2話 初のダンジョンと隠し通路
「……なんで…何でなんだよ…!!」
見知らぬ通路を、ただひたすらに走り続ける。
左、右、右、左、右…、ただ思いつくままにアテも考えなく、後方から迫る振動から智樹は逃げ続けていた。
「っ!?」
どうにか血だらけの足を動かして走るが…行き止まりに着く。後ろを振り返るが、来た道以外道はなく、戻る以外方法はないが、後ろからは奴が迫ってきていた。
「ハァっ……ハァっ…………ハハッ…ハハハハハ…」
彼は乾いた笑みを浮かべ、壁にもたれ掛かる。
ダンッという岩を砕くような鈍く重い足音が響き、曲がり角から絶望がゆっくりと姿を表す。
その絶望は、5mを超える巨大な黒い人の体と鰐のような顔の化物であった。
何故こんな事になったのだろうか、それは遡ること数十分前の出来事が原因であった。
………………………………
……………
……
「回復ポーション3本と、解毒ポーション1本、全部低級じゃねぇか…」
水色の液体を揺らし、呆れたように智樹はつぶやいた。確か王城の図書館で学んだ知識によると、色が濃ければ濃いほど階級が高いらしい。
だが、国より支給された赤色の回復ポーションと緑色の解毒ポーションはどちらも薄い色をしていた。
先程剛に聞いた情報では、他の者たちは解毒の効果も付与されてある上級ポーションが10本ずつ支給されているらしい。
「分かりやすいなぁ…」
やはり、異世界人からも見下されているようだ。いや、もしかしたらこの訓練で死んでくれればいいとでも思っているくらいではないだろうか?
「…………ほんと、どうすればいいんだよ」
専属の使用人も俺だけなし、部屋も一人だけ使われていなかった王城の端にある小屋、食事は毎日朝と夜に支給されるパンとくず野菜のスープ。
流石におかしいと剛が王女様に抗議してくれて、他のクラスメイト達と同じにはなったので助かったが、そんな扱いをされていたため、智樹の心は限界ギリギリまで擦り減っていた。
「っと…そんなことより…」
慌てて意識を戻し、鞄を漁る。
食料、水、あとは…ナイフか。
保護具を外し、ナイフを手で弄ぶ。
重くもなく、軽くもなく、ちょうどいい振り心地だ。
なんの魔法もバフも掛かっていない普通のナイフだが、素材はミスリルという高級な鉱石が使われているそうで性能は問題なさそうだ。まあ扱えるかどうかは別の話だが…
「君が僕達の班ねぇ…せいぜい僕の邪魔にならないようにしろよ」
「あぁ、善処する…」
「は?タメ口?」
「……善処します…」
「それでいい」
装備を確かめていると、黒いコートを身に纏い、手に包帯を巻いた中肉中背の少年に話しかけられる。
少年の名前は福山拓斗、ジョブは魔剣士であった。
「あ、それとそれ君が持ってよ。荷物持ちくらいしか役に立たないんだから」
「っ…」
福山に投げるように渡された革の鞄を両手で受け取る。
日本ではいつも桑原に怯えてビクビクしていた福山は、異世界に召喚され、そして力を手に入れ豹変していた。
そんな彼に渡された鞄はまるで鉛でも入っているのかと思えるほど重い鞄で、それを軽々と投げ渡した福山との差を智樹は感じる。
「皆様、準備はできましたか?」
「あぁ」
「完璧でござる」
「…できたわよ」
「………はい」
「それでは行きましょう。そちらの扉を開けばすぐにダンジョンになりますので、気を引き締めてくださいね」
班に二人、護衛兼指導役としてついた上級騎士の一人が聞くと、彼らはバラバラに返事をする。
智樹の班はリーダーである魔剣士の福山拓斗。
丸眼鏡をしており拙者という奇妙な一人称が特徴の錬金術師、小宮浩史。
いつものメンバーである神谷達と人数の都合によりわけられ不機嫌そうな剣聖の九条美奈。
そして暴食の無能、真城智樹。
他の班は先にダンジョンに挑んでいるため、彼らが一番最後の班であった。
「ふっ…これから先、どんな敵が待ち構えているのか…楽しみだ」
そんな言葉を口にしながら福山は扉に手を伸ばす。
その先にどれだけの地獄が待ち構えているかを、今の彼らには知る余地もなかった。
………………………………
……………
……
「ラストぉ!」
福山の振るった剣は、緑色の化物を真っ二つに切断する。
「素晴らしいですね!ここまで綺麗に斬れるのは上級騎士でも少ないですよ!」
「ふん、当然だろう。僕は勇者だぞ?」
そんな福山を称える騎士。ダンジョンに突入してから1時間、今ではお決まりとなった展開である。
そんな騎士のおべっかがお世辞のように思えるのは気のせいだろうか、いや、気のせいじゃないだろう。
(っと、そんなこと考えている場合じゃなかった)
慌てて真っ二つになったゴブリンの死体に近づき、中にある魔石をナイフを使って取り出す。
初めての戦闘でゴブリンとの一対一で殺されかけ、九条によってどうにか助けてもらえた彼の仕事は戦闘ではなく後処理、魔物の心臓の役割を担っている魔石と呼ばれる核の回収であった。
全身が血で汚れ、絶え間なく感じる飢え。それを我慢しながら作業をするのだが…
(……なんか、あれ?)
智樹は何故か、目の前の真っ二つのゴブリンの死体を美味しそうだと感じていた。
普通なら吐き気を催すような光景なのだろうが…どうなっているんだろうか…?
(……………ぉ)
そのままなんとなく剥き出しになった内臓を引きずり出しその緑色の肉片をじっと見つめ…
「ねぇ。まだ終わらないの?」
「っ!?」
後ろから声をかけられ、正気に戻った智樹は手に持った内臓をその場に置き、魔石を拾い上げる。
「い、今終わったよ…」
「ふーん、そう。なら早く体を拭いて。次行きたいから」
「あぁ…うん…」
一体あのまま続けていたらどうなっていたのだろうか、見られなくて良かったと智樹は胸を撫で下ろした。
クラスメイトたちには暴食がどうとか言い訳すればどうにかなるだろうが異世界人には外敵である魔物を生で食うなんて受け入れてもらえるとは思えないしな。
そうホッとしながら体を拭いていると…
「……ん?おい、これはなんだ?」
福山が、突然そう騎士に質問する。そこには、石の壁に紛れて正方形の膨らみがあった。
「これは………何でしょう、先輩」
「ぬ?ふむ…このような仕掛け、地図にはなかったはずだが…」
どうやら騎士の二人も初めて見るらしく、困惑している。
「それなら押すしかないでござるよ!」
そんな騎士を尻目に、小宮は手を伸ばしそのボタンを押すとガガガっという音とともにその隣の壁が開き、通路が現れた。
「小宮様、あまり不用意な行動は…!」
「大丈夫でござるよ!こういうのは未探索エリアと相場が決まっているでござる!」
「ふーん…まだクラスメイトの誰も行ってないのか…つまり神谷も………面白い。僕が一番だ」
「福山様!?」
福山は、騎士の静止を振り切り、そのまま通路の奥に進んでいく。それを追って小宮、騎士の二人も通路を進む。そして残るは九条と智樹のみとなった。
「………」
「……く、九条さんは行かないの?」
「ん?そうね…貴方は待っててもいいんじゃないかしら?」
「え?」
「…別に私はどうでもいいけど、貴方に何かがあったら綾瀬が悲しむもの」
「…あぁ」
綾瀬早苗。日本ではお嬢様な彼女と智樹は、幼稚園の頃からの幼馴染であった。神谷との関係ができてからはあまり関わることも無くなっていたが、心配してくれるのか…
その話を聞いて、少しだけ胸が軽くなる。
「それと……綾瀬のこと避けないで。あの子、貴方の話をしてるときが一番元気なんだから」
「………?」
何故自分の話をしているときが一番元気なのか理解できない智樹は不思議そうな表情を浮かべる。
可哀想に。きっと彼女の想いが報われることは未来永劫来ないだろう。
「はぁ…なんでこんな男なんかのこと…」
そう呆れたようにつぶやき、彼女は奥に進んでいく。そんな彼女を、自力で帰ることすらできない智樹は後ろから遠慮がちについていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます