第3話
「キャプテン!」
どこからか声がする。
水夫らしき声で、ラングはぼやけた頭で、なあんだ助かったんじゃないか。それともあれは夢だった? と思う。
「雨…そろそろか?」
雨? 夕べ降ったじゃないか、また、降るのかなあ? …ああ、そんなことより本土ラルフへはあとどれくらいで着くんだろう…。と、視界がゆらゆら揺れている様を見ながら思っていると、人のシルエットだったものが、はっきりとして見えた。
「うっ…うわあああ⁉」
しっかりと目覚めたラングは、目の前のキャプテンたちを指差して叫んだ。
「お、腰抜け坊ちゃんが目覚めたみてーだな」
キャプテンはにやっと笑った。ラングは馬鹿にされたことにも気づかずに言う。
「せ、船長は⁉ 大体ここ、どこだよっ、僕らの乗っていた船は…」
「船から必要なモンは頂いたから、放っておいたぜ。他の乗船客と共に、穏やかな潮の流れに任せて世界一周でも楽しむんじゃねーか?」
キャプテンの言葉に、周りの水夫たちは笑い出した。
「くっ…なぜ、何故僕だけっ!」
ラングはキャプテンに詰め寄った。だがすぐさま、キャプテンに顎を捕まれ動きを止められる。
「何かと、いいオモチャになりそうだったからなぁ」
ラングはカーッとして、キャプテンの手を叩き落とした。
「バカにするなっ、お前のオモチャになるくらいなら、あの時、海に落とされた方がどれだけマシか!」
すぐさま反撃された。頬を張り飛ばされ、ラングは横倒しになった。キャプテンは胸倉を掴んでラングを起こした。
「貴様…誰に向かって言ってンのか、わかってんのか⁉ オレがお前の命を救ってやったんだ、お前に残された道はただ一つだ、オレの…」
ラングはキャプテンの言葉を遮った。
「僕は、お前のオモチャになんかされたくないし、その他雑用も嫌だ! 僕は、ラルフへ行かなければいけないんだ‼」
「ふっ…笑わせンな。話聞きゃあ、ラルフの騎士団のところへ修行しに行くそうじゃないか。だがどうだお前の腕は。…まあ、力はありそうだよな。でもまあどう贔屓目に見たって素人に毛が生えたようなお前を、騎士団の方々が真剣に相手してくれると思うか? 笑われンのがオチだよ。どうせ修行してやる暇もないだろうし、どう見たって金も無さそうなガキのお守りより、お金持ちの護衛の方が金も稼げるし」
「そんな…だって、僕は、村の子供たちに、ちゃんとした剣術を教えたくて、心得のある者みんなで騎士団に行こうって…」
相手にされない。と言われたラングは、へなへなとその場に座り込む。その様子に、キャプテンは胸倉を掴んでいた手を離した。
「お前、一体どこから来たんだよ…。こんな程度の腕のやつが、なんで騎士団修行を許されてンだと思ったが、ただの志願者だったのか」
「ばっ、バカにするな!」
半ば涙目でキャプテンを見上げると、キャプテンは首を横に振った。
「そうじゃねーよ。バカにして言った訳じゃなくて…騎士団修行のシステムを知らねーみてぇだから、本土の人間じゃあねえなって意味で言っただけだよ」
「え? 修行…システム?」
「おう、何せ力をつけたい人間が増えてきたこの時代だ。みんながみんな騎士団に修行に行ったら団員が大変だろーがよ。だからラルファー国王が志願者のうち、一年に数人選び出して、修行を許可するんだよ」
「す、数人…⁉」
ラングは眉尻を下げた情けない顔をした。
「だからー、なっ、無理無理、てなわけで、一緒に来てもらうぜー」
「いっいやだ冗談じゃない!」
呆然としかけたラングはグッと抵抗をした。
「僕は剣士の家の出だ! 剣士の誇りにかけて、お前ら海賊の言いなりになんかなるもんかっ!」
「聞けよ! ここでオレから離れたって、お前にゃ行く所なんかねーだろ。ラルフへ行ったって次の修行者面接まであと少なくとも半年以上あるし、修行しに行くと村を出た手前、そして仲間も失って、村には帰れないだろ」
ラングはうなった。一番最後は誰のせいなのかと思いつつも、キャプテンの言う通りだったのだ。
「さーて今度こそ最後まで話を聞いてもらうぜ」
キャプテンは木箱に座って足を組み、ニッと笑った。
「だからお前は、このオレの片腕になるしかないって事!」
「はァ⁉ 冗談じゃない!嫌だ海賊稼業の片棒担ぐなんてー‼」
「バッカ、ちげーよ」
キャプテンは逃げようとしたラングの首根っこを掴んだ。
「片腕っつーのはよ、剣での片腕だよ、お前何か勘違いしてねえか?」
ラングは、は? と言って動きを止めた。
「お前、海賊が全部船襲ってると思ってたら大間違いだぜ。…まあ、金ない時とか、なんかちょっと面倒な時とかはちょいと拝借するけどよ、別に命までは奪わないし、船壊したりとかしねーよ?」
何を白々しい…と睨みつけるラングに、キャプテンは焦って付け足す。
「ここら辺は別に危険な海域でもないから、海へ放り出したんだよ、ほら、ちゃんと船だって返してるし。これが他の危ない所だったら、近くの港へ送ってやる位の事はするぜ? …多分」
近くの港に送るんだったらもう襲わないで直に港に食料補給しに行くけど…とちょっと思ったが、それは顔には出さずに、本当だって! と念を押す。
「…話がズレていってるな…。まあ、このアシュタール海はオレ様が力と権力でモノにした海域だから、気が向いたら通行料みたいなもんをもらってくこともあるけど、オレの本業はそういう海賊じゃなくて、宝を探しての冒険なのよ」
それって冒険家じゃないのか? 冒険家は他の船を襲ったりしないのでは? とラングはちょっと思ったが、思わぬ話の方向に、黙って先を聞くことにした。
「勿論、このアシュタール海にもお宝は眠っている。だが大体はその正体が分かっちまった。ホントにただの噂だったり、かなり脚色されてて見つけてもがっかりとか。…まあ、アシュタール海ってぇのは、あちこち大陸があるから、誰かに先を越されたのかもしれない。でもオレが探してンのは、大陸近くの、そんなチンケなお宝じゃあねえのさ」
そう言ったキャプテンは、遥か西を見つめた。
「西のナイゼル海は、まだ未知の海域だ。お前はラルファー国民だから知っているだろうが、ラルファーの西漁獲エリアまでをアシュタール海、そこから更に西をナイゼル海って言うんだ。そこはとてつもなく広く大陸もない。だから探索しようとするヤツはあまりいない。食料や水が補給できないからな」
ラングは、キャプテンが自分の尊厳を守ってくれつつ、わかるように話してくれていることに気づいた。
案外、悪いヤツではないのかもしれない。と、そう思った。
「その為、ナイゼル海の広さを知る者はいない。だから、アシュタール海より向こうは、永遠にナイゼル海という。そして、食料・水ギリギリの状態になるまで探索したエリアは、東ナイゼル海と名付けた。探索したオレ様の海域」
ナイゼル海の方を見つめていたキャプテンはくるっと振り返って、自慢げにニヤリと笑い、そしてまた、真面目な顔つきで話し出す。
「オレはナイゼル海全ての海域を探索したい。それは今や、海賊どもの憧れとなってる。それを成し遂げる事は、全ての海賊の、トップになるって事なんだ。オレはそれを目指してる」
田舎の一剣士のラングは、話の壮大さにあまりピンときていなかった。そもそも海は島の周りと今さっきまでの海路ぐらいの狭さしか見たことがない。
「だが、海賊のトップなんて肩書、誰もが欲しがるに決まってるだろ。となると、当然、ナイゼル海で出会った海賊は全て敵。それが一隻ならいいけど、数が増えたり相手が最新鋭の大型船なんてモンで来られた日にゃあ、流石のオレ様でも海の藻屑になっちまう。そこで、お前」
キャプテンの長話を聞いていたラングは、突然自分に振られて、びっくりした。
「お前のその剣と腕で、オレを助けちゃくれねーか?」
「え…?」
キャプテンは、今までのバカにしたような笑いではなく、微笑みをラングに向けていた。
「何せオレの片腕だし、まずはオレが気に入らないとダメだし、剣の腕も結構イケるやつじゃなきゃダメだ。そこまではオレが指導してやる。そこから先はお前の自由だ。修行面接に行ってもいいし、村に戻ったっていい」
「でも…そしたら、…助けることにならない…」
海賊の頭を、何と呼べばいいかと迷ったが思いつかなかったので、あえて呼び方は無しで言った。
「これからナイゼル海へ行く。戦利品があるから、寄港せずに直行できる。とりあえず次の修行面接が始まるまで、その間でいいから、手助けをしてくれ」
ラングは、さっきキャプテンと対峙した時の事を思い出した。
いつの間にか眼前に迫っていた剣先、スピード、そしてラングの大剣を受け止めたパワー。
そんな人物に剣の腕を見てもらえるなんて考えただけでも心が躍る。
修行者志願して村を出た時よりも、だ。
気づけば無意識に、ハイと返事をしていた。
それを聞くと、キャプテンは嬉しそうにニィッと顔中口にして笑った。
「オレ様の名はキャプテン・キャプテン。だがお前だけ、キャプテン・キャプトの名で呼ぶことを許す!」
すると周りの水夫たちがざわめいた。その名は今まで、キャプテンを拾ったお頭しか口にしたことのない名だったからだ。
「僕…僕は、ラング・ロングです、よろしく!」
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