第3話

 翌日。

 今日は土曜日で、学校は休みだ。

 試験勉強はしなくていいし、取り立ててすることもない。


 一晩経ってみて、おれは昨日のことを後悔していた。

 感情的になってしまったと思う。

 ただあの瞬間は、本当に腹が立っていたんだ。


 午後2時7分。


 インターホンが鳴った。おれのマンションはオートロックで、住人以外はオートロックを開けてもらわないとマンションには入れない。


 来訪者カメラの映像を確認すると、そこに写っていたのは椎名だった。

 学校指定のジャージを着て、スポーツバッグを持っている。部活帰りなんだろう。


「なにしに来たんだ」


 マンションの出入り口にいるはずの椎名に、カメラごしにたずねる。

 そもそも、なぜおれの家をしっている。

 いや、クラスメイトなんだから、調べればわかるものなのかも。

 おれはロックを外し、マンションの入り口を開けた。


「部屋はわかるか?」


 おれの質問に、


「わかる」


 椎名は短く答え、カメラの前から姿を消した。


 1分は経っていない。再度インターホンが鳴った。

 玄関の前で待機していたおれは、すぐにドアを開けて、


「入れば」


 椎名を招き入れた。


「すごい、部屋だな。一人暮らしだっていってただろう?」


 驚く椎名。そうだろうな、高校生が一人暮らしをするような場所じゃない。ファミリー向けのマンションだからな。


「親父の持ち物さ。投機目的で買った部屋のひとつだって」


 事実かどうかはわからない。親父がそういっていただけ。


「そうか」


 不動産屋がいうには、サービスらしいリビングセット。大きなテーブルと2人掛けとさ3人掛けのソファー。

 椎名を3人掛けのソファーに座らせて、おれはわざとその隣に座った。


「なにしに来た。謝りにといったら殴る」


 身体をくっつけるようにするおれに、椎名は困った顔をする。


(なんでおれは、こんなことしてるんだ?)


「できれば顔はやめてくれ、家族が心配するから」


 そうか、謝りに来たわけだ。そして、殴られても仕方ないと思ってるわけだ。

 要するに昨日のアレは、自分が悪いと思っているわけだな。


 おれは正直、昨日のアレは大して気になっていない。行為自体は、どうということもない。

 椎名との関係をややこしくしてくれた、自分の軽率さに腹がたっているだけ。


 なのに今も、


「なぁ、椎名」


 椎名に身体からだを預けて、その体温を感じている。


「気持ちよかったか? おれとキスして」


 女がするような上目づかいで、わざと可愛く見える顔をしてやる。見上げる角度は、自分でも「あれ? これって完全に女の子だよな」と思うような顔になる。


 椎名はおれから視線をそらせると、


「……よかった」


 小さな声で、でもちゃんと聞こえるように答えた。


 正直なヤツだな。好感が持てるよ。いいヤツだ。

 だからこそ思う。


(なんでだ……?)


 こんなにいいヤツが、なんで男を求めるんだ? それも、彼氏を。

 背も高くて、きっと頭もいいだろう。顔だって、おれみたいな女顔じゃなくて男らしい顔つきだ。

 椎名、お前。その気になれば、女に困らないだろ?


「なんで、おれなんだ?」


 本当に不思議だった。

 おれの疑問に椎名は、


「わからない」


 うつむて答える。


「男が好きなのか?」


 椎名はうつむいたまま首を横に振って、


「本当にわからないんだ。ただ若菜のことは、中学の頃から気になっていた」


 ……ん、中学の頃から?


「走る姿が、キレイだと思った。見てるとドキドキした。なぜかはわからない。ただ、若菜から目が離せなかった。おれは大会で若菜が走る姿を見るために、自分も陸上をやっていたのかもしれない……」


 なんだこれ? 告白か? こくられてるのか? おれ。


「おれ、椎名のこと嫌いじゃないよ」


 嫌いじゃない。友達だから。

 椎名が顔を上げ。おれを見る。感情が読み取れない。でもなんだか、泣きそうな顔に思えた。


「でも、彼氏にはなれない。もちろん彼女なんて、もっとムリだ」


 おれは男で、女じゃない。


「ちがっ、違うんだ若菜。オレはっ」


 椎名の言葉を遮るように、おれは唇で椎名の口を塞いだ。

 触れるだけじゃない。舌を伸ばして、椎名の閉じた歯を舐める。

 多分おれは、こいつをためした。

 これからおれが、どう行動するべきかをはかるために。


 これからもおれが、椎名の友達でいられるかを確かめるために。


 椎名は昨日よりも強くおれを抱きしめ、唇を求めてきた。舌を絡ませ合い、おれの唾液を自分に取り込もうとしてくる。

 おれ達は昨日以上の、長く激しいキスを交わした。

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