第2話
男子校というのは、偏差値が高くてもこんなもんなのか?
おれは上級生からも同級生からも、変に優しくされることがある。
そして、女を見るような眼を向けられることも。
学校が男ばかりなのはわかる。男子校だからな。
でも学校の外には、女の子はたくさんいるだろう? なぜ男のおれに、そんな視線を向ける必要がある。
おれは身長が低いし、瘦せ型で、ここが重要なんだと思うが、女みたいな顔をしている。自分でもそう思う。
家族を捨てて若い男と失踪した、顔だけは上等だった母親にそっくりな顔だ。
だけど、おれは男だ。
男のおれにアピールしなくちゃいけないほど、世の中の女の子はお前らに興味を持ってくれないのか?
一学期の期末試験が終わったその日、おれは学校で上級生に呼びだされた。
家に帰ろうと思ってたとこなんだけど? 試験も終わったし、のんびりしようとね。
だけど上級生のからの呼び出しだ。ムシすると後々面倒なことになるかもしれない。
おれは人がまばらになった教室にカバンを置いたまま、呼びだされた屋上に向かった。
で、だ。予想はしてたけど、要約すると「俺の女になれ」みたいな話だった。
くだらない。
「おれ、男ですよ? そういうのは女の子にどうぞ」
もっといろいろいってやろうとも思ったけど、それだけでやめておいた。
先輩はなにも返してこなかった。むしろ、変に納得した顔をした。見た目はいいし、男に手を出すような人にも見えなかったけど、ただ、目がちょっと怖かった。
完全におれを、女として見ていた。可愛くてもろい幼女を見るような目だった。それは、気持ち悪かったかな。
はぁ……時間をムダにした。
はやく帰ろう。
教室に戻ると、そこには誰もいなかった。
まぁ、そうだ。試験の最終日だ。部活もないし、みんなはやく帰りたいだろう。
おれがカバンを手に取ると、
「若菜ッ!」
教室に椎名が入ってきた。
なんだか慌てている様子だ。
「どうした。なにかあったか」
おれが心配してそう声をかけると、
「それはこっちのセリフだ。上級生に呼び出されたって聞いて……大丈夫だったか? よかった、見つかって……」
なんだこいつ、おれが心配で探してたのか?
「別に、なんでもない。大したことなかったよ」
わざわざなんの用だったかなんて、いう必要はないだろう。
だけど椎名は、しつこく聞いてくる。
心配してくれてるのはわかる。
だけど、
試験の出来がよくなかったこと、男にはっきり告白されるのがまだ3回目で慣れていないこと、
「なぁ若菜、本当に……」
心配そうな顔。お前はおれの保護者か? イライラするんだよ。
それとも、
「お前も、おれを彼女にしたいのか?」
驚いた顔をする椎名。
予想もしてなかったか。まぁ、そうだろうな。おれもこんなこと、いうつもりなかったし。
ふたりきりの教室。誰か来てくれないかな。そう思ったけど、誰の気配もしない。
「それともおれに、彼氏になってほしいのか?」
つい続いてしまったおれの言葉に、椎名が視線をそらせた。
(……あぁ、そっちか)
身体から力が抜けた。
「すまない。そういうんじゃ!」
慌てたような椎名。
じゃあ、どういうのなんだ?
本当、イライラする。
おれは椎名を責めたいわけじゃない。困らせたいわけじゃない。
友達だと、思ってるんだ。
ふたりきりの教室。誰の気配も感じない。
おれは椎名の前に移動して胸ぐらを掴んで引き寄せると、背伸びをしてその唇に自分の唇を重ねた。
(こんなことがしたいのか?)
なにも感じない。
男とのキスってこんなものなのか。大したことないんだな。
(さっきの先輩にも、キスくらいしてやればよかったかな)
そう思ったくらいだ。
別に女の子とのキスも、幼稚園のときに、同級生におふざけでされたことがあるだけだけど。
キスをされ、固まる椎名。突き飛ばされるのを予想していたんだが?
唇を離し、
「椎名」
視線を合わせて名前を呼んで、もう一度キスしてやった。
なんの反応もなかったのが、少しイラついたから。
今度は舌を伸ばして、椎名の唇を舐める。唇は男のものでも柔らかい。おれは新しい知識を手に入れた。
ちゅくっ……
自分の唇を舐めるおれの舌へと、椎名が同じものを伸ばしてくる。おれはそれを、唇を開いて中へと導いた。
ちゅ、くちゅっ
ねっとりしたヤツの舌がおれの口の中をまさぐって、湿った音が教室中に響く。
今、誰かにこられるのは困るな。自分からキスしておいて、そう感じていた。
続くキスの途中。椎名の震える腕が、おれを抱きしめようとした。
その弱々しい腕の力を感じて、おれはキスをやめた。
掴んでいた胸ぐらを自由にさせると、椎名は上半身を上げて、おれ達の唇の距離は簡単に届かないものになる。
おれは椎名の顔を見上げ、
「お前の彼氏なってやるつもりはない」
椎名の顔からも瞳からも、なにかの感情を読み取ることはできなかった。
ただ椎名は、
「……ごめん」
謝った。
は? なんだそれ! お前がじゃない、おれがやったんだ。
お前は被害者だろう。なんで加害者に謝るんだッ!
おれは、自分でもどうしていいかわからずに、逃げた。
椎名をそのままにして、自分の巣に逃げ帰った。
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