開放地区 -のりこむ-

判家悠久

vanish.

ミレニアムややその後は、三六協定の規制が無い時代で、売上を伸ばすならもっと働け。あわよくば捨て駒になってくれ。そんな人手無しが許される時代だ。捨て台詞的な「君の代わりはいくらでもいるから」は、ごくよくある事。まあ会社の歯車なら、いつかは回ってくる役割だ。



これはミレニアム期の、IT時代到来その周辺の事を前提とする。


龍ケ崎精密機器の受注管理システムは大甘な設計になっている。顧客管理台帳が、どこからデータを拾って来たか、出鱈目に尽きる。間違ってたら直せば良い。それはごもっとも。

ただ1/4のデータがてんでだったらどうするか。現在の顧客管理台帳に、改めて最新のデータを流し込む。名店の秘伝のタレに継ぎ足す要領で。それだったら、昔のデータは。勿論ある。消そうにもこれ迄の受注履歴が紐付いている為に消すに消せない。その移行も出来そうで、どうしても出来ない。自社システムの闇とはただ深い。


龍ケ崎精密機器のメイン商品は、コンパクトなオフィス通信デバイスの販売で、薄利多売が基本路線だ。

顧客からは、くれぐれも間違った月次請求明細を送って来るな。ここだ。同じ支店に、同じ部署の、ユニーク管理コードが違う請求書が、何故枝分かれして多くて5つもあるのか。さあ、としか龍ケ崎精密機器のほぼが答えられない。


ここを是正する為に、俺の大手担当ユーザーの請求明細データを、毎月末に死にそうな前提で精査する。手作業ご苦労もそこ迄ではない。手持ちのデータ精査プログラミングを施したデータベースに、明細データを流し込んで、被りとエラーを機会的に抽出する。

秋桜やれば出来るのかも、その被りとエラーの修正作業で、約1週間掛っきりになり、ユーザーに月初5日目の約定日に滑り込みで提出を守る。

それは一人で頑張るからと、軽くなじられもする。相棒の営業補助課の松坂美咲に頼もうにも出来ない。まま未知のエラーを発見したら、その過程原因を突き詰め後の報告書メモ起こし、その都度プログラミングアップデートしなければならないので、心配してくれる松坂には、気持ちだけはありがたく頂く。


そんな無茶無謀な作業を、就業時間内に出来るかと言うと不可能。ほぼ二回戦の残業に突入にする。そして根を詰めると、よく終電を逃し深夜業なる。

そうなると、終電を逃し閉鎖になった高品駅のコンコースで酔い潰れたヤンガーを尻目に、高品駅のタクシー乗り場へと向かう。軽く、深夜運賃に高速料金で片道1万円掛かる。まあ吐息が青い、自腹だ。

ここでの選択肢は。深夜タクシー以外に、割高なビジネスホテル。始発電車迄待つ。歩いて浦安迄帰る。何れもしんどい。俺が深夜タクシーに乗り込むのは、一旦マンションに帰って日常生活をゲットしないと、気持ちが延々途切れないのでリセットしたいからだ。そして、それは結果的に心理面を安定させている。



ある今宵。やや軽やかだ。仕掛かり3日目にして、いつものデッドライン、深夜2時前には上がった。信じ難いエラーは無し、ユニーク管理コードのマージも程なく仕上がった。ついてる。

果たして、そこ迄拘る必要があるのか。ありのままに、これが弊社の請求書の仕様ですと、言い張りたいが。請求書が複数枚にも渡っていたら、顧客の経理のプロに二重売上じゃ無いのか、どうなってるの龍ケ崎精密機器さんと、営業が激詰め喰らって販売促進の妨げになる。助けて秋桜さん。俺は、はい任せて。何だろう、この高み。俺は一体どこの地平線へと一人で向かっているのだろう。


そして、今日はこれかなと、オレンジのKC交通のタクシーに乗り込む。何処迄ですか、浦安方面、高速道路は浦安で降りての一時指示を運転手さんに伝える。

ここから俺は、後部座席で45分の仮眠に入る。いつものように、革張りのシートが身体が馴染み、都合30秒で、頭と身体を癒すために、区切られた眠りに入る。


俺の一まどろみは45分きっかり。定期的なタイヤの、カンタンカタンと高速道路のへりを乗り上げる音が聞こえる。何かの違和感を持って目が醒める。

そう今、視界は暗い高速道路を走る。いや、違うな、何でまだ高速を走っているんだろうか。そして、掲示板に船橋迄5km。そして側面に視線を送ると、埠頭ぽいのが見える。運転席から微かな動揺が伝わった。俺は堪らず。


「運転手さん、どこ走ってるんですか。俺、浦安って言いましたよね」

「違う、違うよ、ここですよね、と聞いたら、うんと言いましたよ」

「違うでしょう。俺最初に、浦安って、言いましたよね」

「違うよ。うんと言ったよ、こっち、船橋だって」


初老の運転手はやはり動揺している。何故だ、千葉の土地勘なくても、浦安は流石に夢の国があるのだから分かるだろう。大体明らかに寝ているお客さんが返事をするのか。俺は寝言は、ほぼ無いって家族も言っているのだが。

そもそも、何処に向かってる、船橋って、ここら埠頭に何があるって言うんだ。

人柄じゃないが、堪らず言い争いになって、運転手が会社に電話して、はいお客さん変わってと携帯を差し出された。


「ッチ」携帯の向こうで明らかな舌打ちが聞こえた。

「困るんですよね。何処をどうすれば、到着先を間違えるんですか。料金超過分払いませんからね」

「そこは勿論です。すいませんね。運転が慣れて無いので、ご迷惑お掛けします。浦安には改めて向かわせますので、ご安心下さい」


通話を終えると、無造作に携帯を初老の運転手に返した。初老の運転手は急に饒舌になる。それは日本語のイントネーションではなくなり、だから、何に動揺しているんだ。何気に助手席の運転手票に目を移した、李某。東洋人か。イントネーションはお国訛りか。まあ、それなら道も間違えるかだ。

そして、浦安のマンションで降りて、無作法に清算された。大損だよ。そんな捨て台詞言うかな。



そして、マンションで短い睡眠を取って、また朝には出社する。

つい昨晩の件を、ネタとして会社の仲間と談笑し、ご苦労様な事ですと労われる。

何度か、話してネタ化して話して行く中で、俺はある程度の結論に達する。そもそも船橋の埠頭に行くって何だ。

これって誘拐、拉致、臓器売買か。この線なのか。深夜業なので、警備室に最終退室者の名前を書く以外、俺の消息はこの後小綺麗に不明になる。都合の良い、仕事で行き詰まった失踪者扱いされても誰も疑問も思わない。この線なのか。外国人運転手に、舌打ちしたタクシー会社、これは悪党なのか。


果たして、週明けの総務部の社内全通達で、深夜業は一切禁止、終電迄に帰る事と通達される。総務部も危機対応には明晰なのだろう。

俺は、あの車内の違和感に気づかなかったら、今頃何処にいたのだろうか。

そして、帰りがけに高品駅のタクシー群を見つめる程に、全てが善意のタクシーでは無いのかと思うと、空恐ろしさを覚える。



その後、北朝鮮に拉致された疑いのある特定失踪者の番組を幾つも見る。その中で、少なくない数で、深夜タクシーに乗って、降車後その後行方不明になる方がいる。これかだった。

これは、私の事案と重ね合わせると、そのまま深夜タクシーに乗ったまま、何処かの埠頭に連れて行かれて、海を渡った可能性が高いと推察する。


いや、でも、そんなのたまたまでしょう。そうだろうか。現在は、日本国も、ほぼ残業禁止の規制に乗り出し、会社もコンプライアンスに厳格になった。国民の健康を守る為、その一点だけで、企業の生産性を落とすを良しとするのだろうか。しないだろう。決まり事とは、理由は一つだけではない。


兎に角、深夜に一人で歩くのは止めましょう。これは一教訓です。

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