第75話  おまけ 常に不機嫌にそうに見える女性 ナターシャ=ポーツゲル


 今回の討伐の記録を集める。


 どのチームも、討伐数が右肩下がりに減っている。

 普通は良くないと思うが、今回は良い傾向と見ていいだろうというのが会議での見解だ。


 後はどこかにある菌が繁殖している親床を見つければ良さそうというのが、スポンサーであり、キノコの研究者のコレークの神殿騎士の主張だ。


 領主達と今後の打ち合わせをし、さらに本来の目的である冒険者達の記録や評価をまとめる。


 今回のCランク試験は、中々粒揃いのようだ。

 みんな真面目に仕事をしている。


 それに比べてうちのクランは、真面目に仕事をしていると言い切れない。


 バックスなんて温泉三昧だし、他のメンバーも調査と称して森に行って書類仕事を放棄している。


 うちのクランは事務仕事ができる人間が、ほとんどいない。

 冒険者の中でも、バックスに憧れるような自由奔放な人ばかり集まった。


 事務専門の人を雇おうという話も出たが、まだ保留中だ。


 どこまでこのクランに馴染めるかわからないし、それに冒険者は腕っぷしがないと人の言う事を聞かない傾向がある。

 ああしろ、こうしろと言う事を自分よりも遥かに弱い人に言われたら、面白くないと思うだろう。


 かく言う私も副長という立場だが、冒険者として実力はバックスに遠く及ばないし、私より強い冒険者はクランに何人もいる。


 それなのに私が偉そうにこのクランを仕切っている事を不満に思う人もいるだろう。

 本当はもっと実践に出て腕を磨きたいが、どうしても事務仕事が多くなって実践から遠ざかってしまう。


 試験の資料をまとめ食堂に向かう。

 普段飲んでいるような冒険者達も、試験という事もあってあまりいない。


 食堂のおばちゃんに、簡単な軽食と酒を出してもらった。


 最近は一人で飲む事が多くなった。昔は誰か誘ったりしていたが、冒険者以外の友人は皆家庭を持ち時間帯が合わなくなっていった。


 昔はクランメンバーとも飲みに行っていたが、それもクランの責任者になってからは一人で飲むようになった。 


 一人で飲んでいる時間帯だけが自分の時間帯だ。


 酒がいいペースで進み、周りに人がほとんどいなくなって外を眺めていると冒険者が一人で庭を歩いている。


「おい、君」


 一人俯く青年が気になり思わず声をかけてしまった。

 青年は声に気付き、こちらにやってきた。


「すみません、何でしょうか?」


 何かに怯えているようだ、大丈夫取って食ったりなんかしないから。


「確か……クライフだったけ?」


 元メンバーのホビットのカイルが、リーダーをやっているチームの冒険者のはずだ。

 精霊使いかつアンデットのテイマーで、バックスも興味を持っていたので覚えていた。


「はい、そうです、えっとナ、ナ、ナタ」


「ナターシャ」


「すみません、ナターシャさん」


「こんな夜遅い時間にどうしたの?」


「すみません、眠れなくて」


 先程から謝れてばかりで、まるで私が責めているようだ。

 最近気づいたのだがどうやら、私の声質と顔は何をやっても怒っているように見えるらしい。


「あの……」


「ごめん、ごめん、どうしたの悩みでもあるの」


 黙って考えていたのが、さらに責められているように思われたらしい。

 可能な限り和やかな顔で、優しそうに話してみる。


「え?」


「悩みでもあるから、寝ないで、歩いていたんでしょ」


「そうですけど」


「どんな悩み」


「え」


 酒に酔って気が大きくなったのか、久々に先輩かぜを吹かせていた。


「もし、良かったら話してみな」


「いいんですか?」


「ほら、酒でも飲んで」


 そう言って、コップを持たせて無理やり酒を注いでいく。


「で、何があったの?」


「その、自分の実力不足を感じていまして、役ただつなのではと思って」


 カイルから報告は貰っている。

 C級にあげても問題ないと言っていたけれど、ここまで自信をなくしているとしたら、ストームグラムベアーの討伐の件かな。

 あれはB級の私だって、単独勝てないモンスターだ。


「ふーん、何もできなかったという事」


「そうです」


 表情が暗い、この子は失敗から自信を失って自己評価が低くなっているみたいね。


「そっか、じゃあ冒険者と辞めたら?」


 励ましてあげるべきだろうがいい言葉が出ず、つい厳しい言葉を言ってしまった。

 本当にこういうのは向いていない。


 ただ冷酷な言葉だが、それも選択肢の一つだ。

 冒険者は適正がないと分かっていながら続けていくには、リスクが大きすぎる。


「え、それはちょっと」


「嫌なんだ。じゃあもっと頑張れば。

 大体あんた何様なの、なんで役立たないって決めつけているの。

 誰かに言われたの?」


「いえ、言われてはいません」


「それなら、役ただつかどうかなんて自分で勝手に決めちゃダメ」


 何とか慰めてあげようとしているが、いつの間にか説教になっている。


「仮に役に立っていないのだとしたら、だからどうするの?

 泣いて誰かに傷口を舐めてもらうの?

 違うでしょ、みんながやって欲しい事で自分ができる事を見つけて、それを精一杯やるの。

 それがチームプレイという事」


「自分ができる事ですか」


「そう、分かったらもう寝なさい。

 体調管理は冒険者に必須だよ」


 少しはフォローできただろうか、もっと優しく言えればいいのだけれど、どうにも性に合わない。

 こういう時に優しい言葉で、励ましてあげる事ができない。


「はい、わかりました、ありがとうございます」


 青年はそう言ってその場を後にした。


 理解したのか、していないのかわからないが、まぁ何かのヒントになればいいし、ならなくてもいい。

 説教なんて効果を期待するだけ無駄だよね。


 その後持っている酒を飲みきってから寝る事にした。



 少しだけ二日酔いで気分が悪いが、なんとか起き上がり朝の支度をする。

 頭痛と気持ち悪さに耐えながら、昨日は酒の勢いに任せて青年に偉そうに説教してしまい申し訳ない気持ちと、少し恥ずかしい気持ちが沸いた。


 ただ改めて振り返ると、青年に言った事は自分に対しての言葉だったのかもしれない。


 自分ができる仕事を見つけて精一杯やるのが、私が仲間達の為にやれる事か。

 そう思うと事務仕事も頑張れるかもしれない。


 少しだけやる気ができた。

 よし、今日もクランの為に一肌脱ぎますか!



 ただそのやる気も、バックスのとんでもない定時連絡を聞くまでの短い時間しか持たなかった。

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