第73話 終わりの雨
何か堅い物に頭がぶつかった。
一定のリズムでぶつかり続け、徐々に意識が覚醒する。
先程までおでこに当たり続けたのは、誰かの鎧だという事に気がついた。
どうやら誰かに背負われているようだ。
「レベッカ?
ショーンさん?」
ショーンさんに背負って貰っているようだ、隣でレベッカが並走している。
「よかった、意識が回復したね」
「カイル?」
声をする方を振り向くと、いつにもまして険しい顔したカイルがいた。
「端的に状況を説明するよ。
現在半神からの撤退中、悪いけど回復は後回しね。
今スランディーが回復魔法をバックスにかけているから」
隣を見るとノーマがバックスを背負いながら走り、スランディーが回復魔法を唱えながら追走している。
ちらっと見ただけで、バックスの状態はひどいのがわかった。
高級そうな防具は見るも無惨で、辛うじて原型を止めている程度でバックスの顔色も悪く生気を感じない。
「バックスさえ目が覚めれば、きっと倒せるよ」
カイルはまだ希望はあると、真のリーダーらしく皆を励ましている。
「問題はそれまで逃げられるかですね」
どこか他人事のように言うレベッカの目線を追うと、遠くで木々を倒しながら怒り狂いながら迫っている半神が見えた。
三本の鋭い尻尾を怒りに身を任せて振り回し、関係のない樹木を倒しまくりながらこちらに向かっている。
どうやら向こうも傷だらけで、空を飛んでいた蛇は一匹もおらず、足でも怪我をしたのかスピードは明らかに落ちている。
ただボロボロな体を引きずりながらも、絶対に逃さないと目が語っている。
唯一攻撃が通じるバックスが倒れてしまっているので、我々は逃げるしか方法がない。
レベッカも時より振り返り、居合い斬りで直接攻撃したり、大きな樹木を倒し嫌がらせをしているがあまり効果はなさそうだ。
スピードは若干こちらの方が速そうなので、何とか逃げ切れるか?
仮にバックスが目を覚まさなくても、スロネの街までいけばバックスのクランメンバーがいる。
B級冒険者が多数いるジャイアントストライカーズであれば、あの状態の半神なら勝てるかもしれない。
「え?」
顔に冷たい何かが当たった。
嫌な予感がしてゆっくり空を見上げる。
「おい、嘘だろ」
ノーマの動揺している声を初めて聞いたかもしれない。
いつの間にか上空は厚い雲に覆われ、無慈悲にも雨が降り始めたのだ。
天候が不安定な山なのは知っているが、何も今降る事ないだろ。
小さな雨粒が徐々に大粒にかわり、雨と雨との間隔が短くなって顔にぶつかり始め急激に雨脚が強くなってい。
雨によって体が濡れて重くなり、さらに足場が悪くなって移動スピードが遅くなる可能性がある。
しかし、それよりも重大な事がある。
「スランディーさん、半神見えますか?」
「見えない……でしぃ」
カイルの怯えるような質問に、振り返ってみたスランディーが絶望的な回答をする。
雨によって、紫色に染められていた半神が洗い流されてしまった。
つまりにバックスが目覚めたとしても、視認できず攻撃できないという事だ。
仮にこのままスロネに無事についたとしても、多くの冒険者達は見えない半神と対峙しないといけない。
雨の影響か、絶望のせいか、皆が走るスピード少しずつ遅くなり半神との距離が徐々に縮まっていく。
皆が無言で走る中、怒り狂った半神の叫び声だけ近づいてくる。
どうするかせめて足を引っ張りたくない、何とか自力で走れないかと足に力を入れてみるが激痛が走りとてもじゃないが無理だ。
何かできる事はないか、文字通り本当にお荷物になっている。
「あれ、雨止んだ?
いやクライフか」
皆が走りやすよいように雨避け(仮)を発動して雨がかからないようにする。
少しは皆の為にと思ったが、逆に雨が止んだかもと期待させてしまったようだ。
余計にカイルが落ち込んでいるように見える。
やばい他に何かできないか。
先程よりも明らかに半神の怒鳴り声が大きく聞こえる。
このままだと本当に詰んでしまう。
「冒険者たるもの、やれる事はなんでもやるか……」
絶望しながらバックスを見ていたが、突如バックスがが言っていた事を思い出した。
「マスター?」
自分の小さな呟きにレベッカが反応した。
背負って貰っている体を無理やり捻り、怒り狂っている半神を見つめる。
半神は時より紫色の血を吐きながら、それでも目線は自分達から離れない。
痛みより怒りが勝っているようだ。
足の痛みに耐えながら意識を水の精霊の滴に集中する。
雨よけ(仮)を使って雨を自分から外すのを辞めて、半神の上空に向かって一箇所に集まるイメージを滴に伝える。
自分の無理に答えようとした滴に魔力をゴッソリ持っていかれたが、徐々に半神の雨の密度が増していく。
雨の密度が増し、集中豪雨から滝と表現した方がいい雨が半神全身を包み込む、怒り狂っていた半神の歩みが止まった。
我々ヒューマンな即座に潰れてしまうような水量だが、はたして半神にダメージを与えられただろうか。
滝に注視していると半神と頭だけでてきた。
嫌がってはいるが、やはりダメージは与えられていないようだ。
ただ足止めにはなっている。
今のうちに距離を空けようと皆一生懸命走る。
半神は大きく息を吸い込み、強烈な雄叫びを上げる。
音使いでもない自分でも、音が視認できたのではと錯覚するほど大きな音だった。
「あれ、どうしたの?」
レベッカがキョトンとした顔で振り返る。
自分を背負っているショーンさんを始め皆が足を止めてしまったが、レベッカは影響なく皆を追い抜いてしまった。
皆体が硬直してショック状態になっている。
半神の大きな叫び声はスキルなのか魔法なのかわからないが、皆を萎縮させる力があったようだ。
見渡すと視界の端で、風の精霊の爽が魔力を発していた。
何故今魔力を発しているんだ?
爽が持っているのは風の囁きとスピードアップ(仮)しかないはず。
こんな半神が暴れている場所にやってくるアホなモンスターはいないだろうから、風の囁きではないだろう。
となると消去法で発動しているのは、新しいスキルのスピードアップ(仮)という事になる。
勘違いをしていたのかもしれない。
そもそも新しいスキルは、スピードアップするバフ系ではないのか。
じゃあ、何だ。
何んで今発動して、そして遠吠えが効かないのだ。
そういえばゴリアスエイプがドラミングした時も、ノーマは萎縮していたが自分には効かなかった。
慣れだと思っていたが、あれは爽が防いでくれたのか。
新しいスキルは音を打ち消すスキルなのか?
じゃあなんでバックスと戦った時、スピードアップしたのだ。
スピードアップは気のせい?
いやそんな事はない。
明らかに加速しやすかったし、バックスもスピードが上がった事を認めていた。
そうだバックスと戦った後変な事を言っていた。
風の壁をすり抜けたとか……。
そうではない、すり抜けたのじゃない。
壊したのだ。
爽の新しいスキルは空気の壁を壊すスキルなのだ。
空気の層が重なった風を壁を壊してバックスにタックルでき、空気を壊して遠吠えやドラミングから守ってくれ、空気の層を壊した抵抗が減った結果、加速しやすくなったんだ。
加速しやすくする?
意識が雨除け(仮)から外れてしまい、普通の雨になってしまってずぶ濡れにながら考える。
「ショーンさん降ろしてください」
「あ、ああ」
まだ若干遠吠えの影響を受けているショーンさんから無理やり降りて、肩を借りて片足で立ちながら半神に向かって再度魔力を集中する。
滝の重圧から解放された半神が怒り狂った顔でこちらに迫ってくる。
沸いてきた恐怖心を何とか打ち消し、先程より細かくイメージを滴に伝え雨を操る。
先程までは半身全体に水を集中させていたが、今度はなるべく範囲を狭く一点に雨を集める。
しかも今回はそれだけではない。
爽にも魔力を渡し、雨雲から半神まで一直線上の風の壁全てを壊してもらう。
滴に渡した魔力よりもさらに多く魔力がごっそりもっていかれ、意識が一瞬飛びそうになるが唇をかみしめて魔力を送り続ける。
風の壁がなくなった事によって、雨が加速し半神の肩に鋭く落ちた。
雨に当たった半神の肩から血が激しく飛散する。
上空から攻撃され傷がついた事で半神は驚き、混乱しているようだ。
半神は何とか体を引きずりながら、その雨からから逃れようとしている。
「レベッカ、魔力ポーション!」
「は、はい!」
レベッカがくれた魔力ポーションを飲む側から、大量の魔力を使う。
視界がぼやけ、頭の血管が切れそうになるが、ここで半神を逃がすわけにはいかない。
魔力を込めてより鋭く、より細く、針のイメージで一点に集める。
さらに細く速い雨が半神の硬い皮膚を貫通し、半神の臓器に致命傷を与える。
半神が吠える、しかしそれは今までの遠吠えと違い悲痛な絶叫に聞こえた。
そこで限界以上に魔力を使い切り、再度プツリと意識がなくなった。
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