第69話 閑話 逆ばりをする男 バックス


 「順調みたいだね」


 スロネの領主代行になったピーターが、資料を嬉しそうに読み込んでいる。


 旧友はいつの間にか髪が真っ白になり、目の下に隈を作っていてとても同い年とは思えない。

 ただ見た目は変わったが、馬鹿真面目なのは変わらないようだ。


 学生の頃からルールとか仕来りとか周りの人の事ばかり考える奴だった。

 本当にいい奴だが、もっと肩の力を抜ければいいのだけどな。


 気を張った所でできる仕事は、そこまで変わらないのにと思う。 

 そんなんだから色々な事に、巻き込まれちゃうんだよな。


「今の所計画通りですね、このままいけば二、三日で討伐が終わると思います」


 優秀な副長のナターシャが旧友に同意している。

 この副長ナターシャが俺のクラン「ジャイアントストライカーズ」の大黒柱だ。

 正直、俺がいなくてもどうにでもなるが、ナターシャがいなかったら依頼が詰まって即解散する羽目になるだろう。


「順調ねぇ」


 嬉しそうにしている旧友や副官には悪いが、俺はこの言葉が嫌いだ。


 人生というのは思い通りいかないから楽しいと思っている。

 金持ちや権力がある人間というのはそれだけでは幸せではない。

 むしろ生まれながら金持ちや、実家が名家というのは何か新しい物を得ないと幸せに感じる事ができない欲深いヒューマンには、幸せと感じるには普通の人よりハードルが高くなってしまうと思っている。

 だから金持ちで名家で何もしなくても生きていけるのに、変な事業に手を出して大コケしてボロボロになるんだ。


 どっかの誰かが「幸せっていうのは乗り越える事ができる小さな不幸だ」と言っていたが全くもって同意する。

 今でこそこんな格好だが、昔はミドルネームどころフォースネームつまり王族に名を連ねていた名門一族だった。


 王位継承権も後ろから数えた方が早いぐらいだが、それでも誰もが羨むような環境に育った。

 生まれた時からやたらと音に敏感で、親父が大金を払って鑑定を受けた所音使いとしての才能が特出している事がわかった。


 世間ではどうだか知らないが、音使いというのは貴族達の間では重宝される才能だ。

 音使いであれば有事の際遠くにいる部下に明確に指示を出す事ができるし、パーティー等の人の集まる場所でも内緒話を聞き分ける事もできる。


 父は大変喜び、跡取りになるべく大事大事に育てられた。

 何をやるにもまず周りにいる大人の了承が必要で、どんな遊びでも安全確認を行った後にやる事も珍しくなかった。


 そんな生活が十二歳になり貴族学校に行ってから急変した。


 もちろん監視役となる者もいたが、同い年の子供だ。

 どうにでも誤魔化す事ができる。

 その為周りに一々許可を取らなくて良くなった。


 羽を伸ばす事ができ、何をやるにも新鮮で、無限に可能性が広がっているように感じた。


 そして今までの反動か、人の言う逆の行動をしたいという衝動に駆られるようになった。

 わかるだろ? 

 行くなよ、絶対に行くなよと、念を押して言われると逆に行ってしまいたくなるあれだ。


 ファミリーネーム所かライフカードすら持っていない身分違いの恋人も作ったし、ギャンブルにハマって最終的には棺桶に半分ぐらい足を突っ込むような賭け事もした、一つ先輩の時期国王候補と言われる王子に対しても喧嘩を売った事もあった。


 精神的にも物理的にも痛い目に何度もあったが、初めて自分というものを持てた気がした。


 今ではいい思い出だ、いろんな人に様々な理由で追われた際、何度も目の前にいるピーターの部屋に匿ってくれた。


 至福の時間だった学校生活はあっという間に終わってしまい、卒業と同時に実家に戻る事になった。

 普通の学生は自分の就職先を探すのに四苦八苦するのだろうが、そんなものはなくすでにやる事や今後の将来のプランも準備してあった。

 まず親戚の大臣の下で四年から五年程働き、その後許嫁の娘と結婚し親父の下で働き一通り学んだら後を継いで領主になる。

 悪くはないだろ、いや普通の人からした飛んだ夢物語なのだろう。

 普通の人が経験できないようなやりがいもあるだろう。

 許嫁も美人だし、性格も悪くない。


 この先何かよっぽど悪い事をして発覚しない限り、何かに困るという事はないだろう。

 

 ただ、それをやっているのはもはや俺じゃない。


 俺の形をした貴族の別人だ。


 その現実を受け入れる事が成長するという事なのだろうか。

 お遊びはここまでという事か。



 嫌だ、俺は成長なんかしなくたっていい。



 ガキだとか、世間知らずとか、クズとか、馬鹿野郎と罵られてもいい。

 そんな人の評価よりも、俺が俺であるという事の方がずっと大事だ。

 

 悩み抜いた上父親に貴族を辞めたいと直訴した所、初めて親父にぶん殴られ却下されてしまった。

 何度か話を聞いて貰おうとしたが、全く聞く耳を持ってくれなかった。


 頭にきた俺は父の書斎に忍び寄って書類を偽造し、貴族として書籍から抜く事にした。

 すぐに父にばれて大喧嘩し、最終的には親子の縁を切る事になった。


 着の身着のまま追い出されてしまったが、まぁ結果オーライだ。


 晴れて貴族でなくなったのを機に、冒険者になる事にした。


 身分もコネも金も無くなったので、なる事ができるのが冒険者しかなったという所もあったが、どうせゼロから何かやるなら音使いとして評価の低い冒険者で最底辺から最強を目指そうと思った。

 世間をろくに知らなかった俺は人に騙され多額の借金を背負ったり、裏切りにあい死にかけたり、過信して仲間を失うような絶望に何度も出会った。


 それでも誰かに準備してある人生より、自力で何かを得るという事が生きている事を実感する事ができた。

 才能もあったみたいだし、仲間にも恵まれて実績を重ねて、気がつくと巨人殺しの二つ名を得るまでになった。


 ただ実力をつけた事で、想像していなかった厄介な問題がやってきた。

 恐らくどの冒険者もB級ぐらいになると、依頼を受ける時にこの依頼はまずい、これは問題なくできるというのが直感的にわかるようになる。


 常に命を対価に稼いでいる冒険者ならできて当然かもしれない。


 ただその直感を信じてできない事をやめて、できる依頼ばかりをやっていると幼少期の時と同じく再び生を感じる事ができなくなってしまった。

 生きるだけの為にただ依頼をこなしているのだ。


 栄養はあるが、味気のしない飯を食っている感じだ。


 飯を食えずに苦労している人が大勢いる中、贅沢な話だと思う。

 それでもどうせなら味のする、しかも味か想像する事もできない飯を食いたい。


 最近は予想通り、計画通り、順調この辺の言葉を聞くと虫唾が走ってしまう。

 予定外の事が起きないかな、皆には悪いが最悪失敗しても別にいいかなとさえ思ってしまう俺がいた。


「あ、バックスさんここにいましたか、あなたに手紙です」


 色っぽい冒険者ギルトの受付のねぇちゃんが、手紙を持ってきた。


「手紙、誰から?」


「カイルさんみたいです」


「カイルか」


 昔馴染みのコビット族からの手紙を読む。

 短い手紙の内容を読んで、つい笑みが溢れてしまう。


「ナターシャ、ちと出掛けてくるわ」


「……どこへ行くつもり?」


 付き合いの長い副長は、何かを感じ取ったようだ。


「うーん、もしかしたら神様の所まで」



 俺の大好きな予定外、不測な事態が待っていそうだ。



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