第64話 半神殺し


 神殺し、最大のタブーでもあり、同時に人として手に入る最高の名誉でもある。

 その最大の禁忌を犯して欲しい、この子供に見える巫女は自分達に言っている。


「申し訳ありませんが、そのご依頼は受けるわけにはなりません」


 カイルが真のリーダとして、いち早く物騒な依頼を断る。


「若いの、そう焦るな。ほれ、茶でものみな」


 巫女がお茶を配った後ゆっくり茶を啜る。 


「正確に言うとじゃ、あの駄犬の半分だけ殺して欲しいのじゃ」


「半殺しにしろという事だな」


 ノーマが実に野蛮な発言をする。


「そういうわけではなくの、あの神の半神がお主達の世界に留まってしまっている」


「半神?」


「うむ、実はあの駄犬ミスを犯してしまっての。

 森がおかしいと気づいた時に下界に降りて対処しようとしたんじゃが、あのキノコに感染してしまったんじゃ」


「なんと、神に菌が移ったでしぃか?」


「うむ、駄犬は感染した自身の三分の一程を自ら切り離して、なんとか逃げてきたんじゃ」


「そんな事が、おいたわしい」


 ショーンさんがまたボロボロと鼻水をたらしてガン泣きしている。

 どうやらショーンさんは神殿騎士にありがちな、神様が絡むと感情の起伏が激しくなってダメになるタイプの人だ。


「駄犬の半神のせいで、キノコ達は莫大のエネルギーを得てしまっている」


「道理で繁殖スピードがおかしいと思ったでしぃ」


「うむ、森を正常化する為にはいくらキノコを駆逐しても無駄じゃ。

 元になっている駄犬の半神を倒さんといかん」


「神を倒す」


 思わず自分からこぼれ出たセリフが、あまりにも現実味がない。 

 あの見るだけで頭が停止してしまった神を殺す。


「大丈夫じゃ、神達は地上でろくに力を使えん、だいたい十分の一ぐらいまで力を制限される。

 先ほど見た駄犬の半分の十分の一じゃから、お主らでもなんとかなるんじゃないか、知らんけどな」


「おい」


 適当な事を言う巫女にカイルがすかさずにツッコミを入れる。


「つまり御拝見できたフェリス様の二十分の一の力でしぃかね」


 さっとスランディーさんが具体的な数字を出したが、やはりイメージが湧かない。


「この依頼は僕達以外が請けても大丈夫ですか?」


「誰が倒しても構わんが、ただ普通のヒューマン達じゃと見えない可能性があるぞ。

 あの道案内をしたタヌキがおったろ、あれが見えんとまず見えん」


「そうですか、どうするかな」


「まぁ見えなくても攻撃は通じるから、討伐隊を組んでなるべく早く倒した方がいいじゃろな。

 あのキノコは普通ではない、時間が経つと今後何が起きても不思議ではない」


「わかりました、一度地上に戻りまして上に相談してみます」


「うむ、それがよかろう」


 カイルがリーダーとして意見を纏めてくれた。


 ただのC級試験のはずが、スロネだけではなくこの地域一体に携わる深刻な話になっている。

 ただ、子供の姿の巫女と小人族のカイルが話をしていると、ごっこ遊びをしているようでまるで緊張感が感じられない。


 屋敷から出ると鳥居の近くに道案内をしてくれたタヌキが待っていた。


「あらタヌキちゃん、お見送りしてくれるでしぃか?」


「ほぉ、どうやら気に入られたようじゃな。

 これでも神の眷属、神の一部じゃ、たいして役に立たないかもしれないが連れて行ったらどうだい?」


「神の一部でしぃか、狼ではなくタヌキでしぃけど?」


「ヒューマン達の認識が森の神を狼からタヌキへ変更しつつある影響かの」


「認識が変わった?」


「昔あの駄犬が地上に降りた時に泥温泉に入って泥だらけの所をたまたま見えたヒューマン達が駄犬をタヌキと見間違えたんじゃ。

 それからあの駄犬がタヌキという風に最近思われ始めた影響で眷属がタヌキに変わった。

 いずれあの駄犬も形を変わるかもな」


「神は不変ではないのですか?」


 ショーンさんがかなり驚いている。


「神にとっては形なんていうのはどうだっていい。

 流行り廃りで影響を受ける服みたいなもんじゃ。

 まぁ変わるのもお主達の孫の、孫のさらに孫ぐらいの時代じゃろうがな」


「このタヌキちゃん、なんて名前でしぃかね」


 スランディーがタヌキの頭を触ろうとたが、触る直前で逃げられた。


「特に決まっとらん、好きに呼んでいいぞ」


 スランディーから逃げようとしてタヌキが自分の方へきた。

 こちらを見上げている、つぶらな瞳が自分を見つめる。


 目を合わせていると自分もスランディーと同じく触りたくなってきた。

 なるべき警戒されないように、手が見えるようにしてゆっくりとタヌキに近づける。

 少しだけ警戒しているが、触らせてくれそうなので遠慮無く触らせて貰おう。


「うわっ」


 極上の感触に思わず声が出る。

 旅館のタオルの何倍も柔らかい上に、その下に柔らかい肉の感触とほどよい温かみが手に伝わる。

 タヌキも目を細めて気持ち良さそうにしている。


 やばいいつまでも触っていられる程、気持ちがいい。


「あーずるいでしぃ。

 そうだ、クライフっちが名前決めてあげたら」


「え、このタヌキの名前?」


 どうしよう、精霊の名前をつけると時もそうだったが、こういう名付けが苦手だ。

 自信が無いのが伝わったのか、タヌキが心配そうにこちらを見つめている。


「ロネでどう?」


 タヌキは甲高い声でコンと鳴くと、嬉しそうに自分の周りをパタパタと走り出した。


「ロネ? 

 スロネだからロネね、シンプルだけどいいんじゃない」


 浅知恵がすぐにカイルにばれた。


「ほぉ、なんと。

 ではロネをよろしくお願いします」


「あ、はい。

 じゃあロネ、よろしくね」


 巫女にお願いされて道案内をお願いする。

 ロネに先導される形で下界に降りる。


 短い黒い足で一生懸命先導し、時よりちゃんと着いてきているか確認するようにこちらを振り向く姿が妙に庇護欲をくすぐられる。


 神の世界に入ってしまったが、とりあえず無事戻る事ができた。


 しかし、神様に会いに行って、まさか神殺しをお願いされるとは思わなかった。

 まぁ後はカイルがうまくやってくれるだろうと、どこか他人事に思いながら山を下っていく。


「あ!

 マスター戻ってきました」


「やっと来たか」


 山を下り最初の鳥居まで戻ると、レベッカ以外に別の人が待っていた。

 素足に高級な皮の防具を着たアンバランスな冒険者、巨人殺しのバックスだ。


「バックス、なんでここに」


「なんでも何も、お前が手紙で呼び出したんだろ」


「確かにレベッカに手紙を渡したけど、あれそう言えばもう明るい。

 朝になった?」


 山を登り神や巫女と話をしたが、多く見積もっても三時間ほどしか経っていないはずだがいつの間にか夜が明けていた。


「朝じゃないですよ、もうすぐ昼ですよ」


「嘘!?」


 レベッカが言うように太陽はすでに真上を通過しそうだ。


「どうやら先程いた世界とこの世界では、時間の流れが違うみたいでしぃね」

 

 時計の針を直しながら、スランディーが解説してくれた。


「カイル、なんか面白い事あったんだろ」


「面白いね、バックスお前にとっては面白いかもな」


 カイルが神様に出会い、そして依頼を受けた事を巨人殺しに簡単に説明をした。


「神殺しか、いいねそういうのを待っていたんだよ」


 巨人殺しはカイルの説明を聞きながら、嫌な笑みを浮かべている。

 その笑顔は碌でもない事を思いついた時のクロロ師範代を思い出させた。


 悪い予感が頭をよぎった時、ボンと破裂音がした。 

 音の方を見ると小さく見えるスロネの街から花火のうな物がいくつか上がっている。


「お、もう定時連絡の時間か、どこかいいと所ないかな」


 そういうと巨人殺しは街をよく見渡せる岩の上に乗った。

 そして片手を口元に当て、何かぶつぶつ言っている。


「バックスは今連絡を町にいる副長のナターシャにしているんだ」


 不思議そうに巨人殺しを見つめている自分達に、カイルが説明してくれた。


「魔道具でも持っているんですか?」


 目玉が飛び出る程高価だがAランクの冒険者であれば、遠距離でも通話できる魔道具を持っていてもおかしくない。


「そうじゃない、バックスは音使いなんだよ」


「音使いってあの?」


 巨人殺しがまさかあの最弱名高い音使いだった事に驚く。


「そうあの音使い、だから魔道具なしでもディスタンスボイスで連絡をとっている」


「いくら音使いって言ってこんな遠くから連絡できるんですか?」


 音使いの基本スキルのディスタンスボイスは見える範囲にいる仲間と明確に連絡が取れるスキルとして知られている。

 ただその範囲もせいぜい十メートルがいい所で、かろうじて山の上から見える麓の街と連絡が取れるものではない。


「そう普通は無理だね、だけどバックスは音使いを極めし者と言われているんだ」


 音使いを極めるってどうなのだろう。

 スライム使いを極めましたと言っても決して強そうには思えないのと同じで今一格好いいかどうか迷う。


「音使いってなんだ」


 皆バックスが音使いであるという事に驚いている中、ノーマだけが話についてこれていない。


「ノーマ君、音使いっていうのは主に離れている人に連絡をする役割じゃ。

 冒険者だと主に荷物持ちのサポーターがサブで行う事が多くての、メインでやる人は珍しいのぉ」


「なんで珍しいんだ」


「戦闘に特化しておらず、サポート面がメインなのじゃがその使う場面もあまりないからその」


「つまり、ハズレ職でしぃ」


 丁寧にショーンさんが説明していたがずばり核心部分をスランディーが言う。

 音使いは冒険者達の間では、最弱のハズレ職といわれ差別されている。


 集団で行動する事が多い騎士や傭兵では重宝されるが、冒険者は遠くの人と会話を必要とするケースがそこまでないので、メインで音使いと名乗る人はほとんどいない。


 ノーマに説明していると再び花火が上がった。

 緑色の花火が二つ続いてピンク色の花火が四つ。


「あーバックス何言ったの、滅茶苦茶怒っているじゃん」


「どういう事ですか?」


「あれは街で待機しているナターシャが打ち上げた魔法の花火だよ。

 ナターシャは音使いじゃないから代わりに色と数で言葉をて表しているんだ」


「し・ねだってさ、おっかないね」


 巨人殺しが笑いながら降りてきた。

 ナターシャさんが花火を使って怒っているのに巨人殺しは平然としている。


「よし、笑った所でいっちょ行くか」


「バックス兄貴、どこに行くんですか?」


「おいおい、レベッカ決まってるだろ、今から一緒に神様を殺しに行こうぜ」


 いつの間に仲良くなったのか、レベッカが巨人殺しを兄貴呼んでいる。

 

 それにしても巨人殺しは随分のりが軽い、そして今一緒にって言った?

 まさかD級ランクの自分が神殺しに参加するなんてないよね。

  

 絶対に聞き間違えだと、一生懸命自分に言い聞かせた。

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