第62話 禍々しい依頼


「マスター」


「何を言っている、無謀じゃぞ」


「そうだよ、リーダーとして許可できない」


「おいクライフ、何でテメェ一人で行くんだ」


 自分の決意表明にレベッカ、ショーンさん、カイル、ノーマ皆が再び反論する。

 何をこんなにも自分が意地になって反対を押し切ってまで行こうとしているのか、謎だがそれでも行かないといけない気がした。


「クライフ、もう一度言うよ。

 リーダとして許可できない。

 バックスが劇場で言った権限を使わせないで」


「う……」


 降格や首宣告まで使うという脅しだ。

 それを言われてしまうと、一度決意した気持ちがもろくも崩れそうになる。


「じゃあ、スポンサー権限として入る事を決めるでしぃ」


 思わぬ援護に、皆が一斉にスポンサーの方を振り返る。


「どういうつもりですか、スランディーさん。

 先ほどまで反対していたじゃないですか?」


 カイルが若干キレ気味に、スポンサーを問い詰める。


「クライフっちが何が見えて、何が聞こえているのかわからないけど。

 クライフっちがそこまで見たい物が中にあるなら、コレークの騎士としては行かないわけにはいかないでしぃ」


「契約の中には神域の調査なんてないはずですけど」


「でも、私の警護というのがあったでしぃ、クライフっちが行かなくても私が神域に偶然入ったら、私を守る為に神域に入らなきゃいけないでしぃ」


「はぁ……わかりました」


 カイルは深くため息をつき、疲れ切った顔で同意してくれた。


「皆さん、すみません」


「はぁ、いいですか。入るからには絶対に僕の指示に従ってもらいます。 

 僕が撤退と言ったら誰がどんな状況でも必ず撤退してください」


「わかりました」


「いいね、ノーマ」


「ああ、なんで俺に言うんだよ。我が儘を言っているのはクライフだろ」


「君が一番ルールを破りそうだからだよ」


「俺がいつルールを破ったって言うだよ」


「いきなり僕を刺そうとしたじゃん」


「はぁ? 刺しちゃいけないなんてルールねぇだろ?」


「無抵抗の子供を槍で刺すのは、立派なルール違反だと思うんですけど」


「テメェは結局子供じゃないし、子供のふりして騙して近づいてきたテメェの方がルール違反してるんじゃないか」


 カイルとノーマが違う話でどんどんヒートアップしてゆく。

 サラリと論破したノーマもすごい。

 自分の我が儘で始まった口喧嘩ので最初は止めようかと思ったが、楽しそうだから放置する事にした。


「すみません。我が儘を言ってしまって」


「いいんじゃよ、儂も後幾許かの命しかない、最後に神域に入ってみるのも悪くない」


「そうでしぃ、神殿騎士にとっても神域に入れるのはそう簡単ではないでしぃ」


「……マスター、ボクここで待ってますね」


 珍しくノーマに絡みにいかないと思っていたレベッカが、実に残念そうに宣言した。


「え、何で?」


「どんな神様がいるか知らないけど、こんな体で神域に勝手に入ったら怒られてしまうかもしれないですよね」


「一度死んでいるレベッカ君が神を怒らせてしまう可能性じゃな。

 確かに、一般的に神は不浄なものを嫌うと言われているからの。

 自然の摂理から反しているレベッカが、地域神の怒りを買う可能性は確かにある」


「なるほど」


 ショーンさんの言うとおりだと思う。

 ただそれを言ったら、自分達だって勝手に神域に入る罰当たり者だと改めて思った。


「それはいいかもしれません、ちょっと待ってください」


 ノーマとの言い争いが終わったカイルが、取り出したメモに何かを書き込みレベッカに渡した。


「もし日が昇っても僕達が戻って来なかったらこれをギルドの受付に渡してください」


「うん、了解」


 レベッカと別れるので、再度お互いの荷物をチェックしカイルを先頭に神域に入る。


 門をくぐり舗装されていたと思われる山道を登っていく。

 すっかり暗くなってしまい、タヌキを見失ってしまった。


 魔法が得意なスランディーがリトルファイアーを松明代わりに使用して道を照らしてくれた。

 タヌキは見失ってしまったが、一定の間隔でいくつもの鳥居が出迎えてくれるので道は間違っていないはずだ。

 山を登っている間はモンスター達に出会うこともないが、暗闇の中何が起こるかわからないので皆喋る事もなく慎重に登る。


「完全に神域に入ったでしぃね」


「うむ、そうじゃな」


「わかるんですか?」


 五つ目の鳥居をくぐった後、神殿騎士二人から白い息を吐きながら神の領域に入ったという報告をしてくれた。

 興奮しているせいかあまり寒さを感じないが、思っていた以上標高が高い所まで登ってきたらしい。


「前にコレーク様に出会った時と空気が似ているでしぃ」


「なるほど、確かに気圧が少し高いですね、それに魔力も濃いかな」


 カイルが冷静に分析しながら同意している。

 神域に入ったのか。


 神殿騎士でもない限り、入る事もないと思っていた世界で、絶対に会う事はないだろうと思っていたその神に会うかも知れないのか。

 今更ながらとんでもない事に皆を巻き込んで知れない。


 八つ目の今まで一番大きく手入れされた鳥居を潜ると山頂付近に小さく光が見えてきた。

 光目掛けて進むと見慣れぬ赤い建物が見えてきた。


「あれは東にある国の建物の神殿に似ているね」


「そうじゃの、この地域の建物と違うの」


 経験豊かなカイルとショーンさんが言うように建物は今まで見た事がない形だった。

 石やレンガではなく木で作られた足組の上に赤く塗られた木でできた建物がある。

 建物へ続く階段の途中でタヌキのつぶらな瞳がこちらを見つめている。


「あれがクライフ君が言っていたタヌキかの?」


「そうです、ショーンさんにも見えますか?」


「うむ、うっすらとじゃがな」


「そうでしぃね、体が半透明でしぃね、気を抜くと見失いそうでしぃね」


「どうやら精霊みたいにヒューマンには見えづらいのかもね」


 カイルが言うように、あのタヌキは精霊に近いのかもしれない。

 だから自分以外のヒューマンは、見えないのかもしれない。


「あの自分ヒューマンなんですけど」


「何をいっているんでしぃか。

 ずうずうしいでしぃね、クライフっちは普通のヒューマンの枠に入るわけないでしぃ」


 スランディーのツッコミでみんながドット笑い出す。


「おい、入らないのか」


 神殿を睨みつけているノーマがみんなに早く入ろうと督促する。


 空気を読んでくれないが、ノーマの言うとおりだ。


 整列された石の板に完璧に手入れされている庭、今まで見た中で一番立派な鳥居、そして先程聞こえてきたと思われる巨大な鐘がつるされている、一歩入り込めば神の領域である事は神殿騎士でもない自分にもわかった。


 無断で神の私有地へ入っていいのか?


 ここまで来たが、ながら躊躇してしまう。

 ただここで待っているわけにはいかない。

 言い出しっぺの自分が最初にこの神域に入るべきか。


「おや、騒がしいと思ったらやっぱりお客さんかい」


 後ろからガラガラ声の老婆の声が聞こえてきた。

 振り返ると声の主とは思えない程幼い少女がいた。


「お主達は呼ばれて来たのじゃろ、ささっさと中に入りな」


 驚いているのを尻目に少女は平然と敷地内に入っていた。


「神をあまり待たない方がいい、あれは少々せっかちでな、待てが苦手だ」


「あなた様はこちらの巫女様ですか?」


 ショーンさんが皆を代表して質問する。


「うむ、格好を見ればわかるじゃろ」


「これは大変失礼しました」


 ショーンさんが少女に深々と頭を下げ、慌てて自分達も頭を下げる。

 確かに少女が言うように宿の店員が着ている紫色の巫女の服と似た服装をしている。


 所々違うが、こちらが本元なのだろう。

 巫女の許しを得て恐る恐る神殿の中に入っていく。

 綺麗に整備された石畳を歩き、不思議な形をした木造の赤い建物の中に入っていく。


「そこで待っておれ、ほら座布団に座る」


 皆戸惑いながら乱暴に投げられたクッションの上に座る。

 案内された木造の屋敷は非常にシンプルな形で、大きな中庭を囲うような廊下と壁に松明があるだけで、とても人が住める場所ではない。

 中庭には中心に大きな石があり、それ以外は小さな石や植物が植えられ、引き込まれるような美しさが暗闇の中松明によって演出されている。

 

 そこにスッと音を立てず、神が舞い降りきた。

 

 いや、見る事はできていない。

 ただそこに何かあるのが肌に感じる。

 存在力というか力の塊を感じる。


 まるで目の前に巨大な滝が流れてきたかのような迫力がある。

 突如現れた神に驚き、クッションから崩れ落ちてしまう。


「クライフどうしたの?」


 カイルが平然としているが、シーフであるカイルでもあの存在を感じ取れないのか。


「ほぉあの状態を感じ取れるとは、中々どうじゃい。

 わしの後継者になって、あの犬っころの世話でもせんかね」


「誰が犬っころさ」


 透明化を解除した白い狼が現れた。

 いきなり現れた神に皆驚き自分と同じように体勢を崩す。 


「た、た、大変失礼しました、山の神フェリス様」


 いち早くショーンさんが体勢を整え平伏し、頭を下げる。

 皆、慌ててショーンさんを真似る。


「良い、頭を下げられてもいい気分にはならん。

 話しづらいので頭をあげよ」


 神の言われた通り、皆恐る恐る顔を上げる。

 石の上で横たわる白い狼が視界に一瞬入るが、畏れ多くて直視する事ができない。


 フェリス様はイズラ様の友である白狼として知られている地域神だ。


 六神以外の地域神で、自分でも知っている程有名だ。

 まさかここでお会いできるとは思わなかった。


 フェリス様の大きさは普通の狼より一回り大きい程度だが、神だとい事を疑いようがない。


 視界の端に映る毛並み美くさに心を奪われたが、同時に何か粗相をすれば瞬時に噛みちぎられると確信できる程恐ろしくもあった。


「遠路はるばるようこそ、私の社へ。

 私はそなた達の言うように山の神フェリスだ。

 まずお礼を申し上げる、私の眷属を助けてもらいありがとう」


 軽く頭を下げてきた、皆慌ててさらに頭を下げる。


 神の声は淀みがなく聞き取りやすい透明感のある声質だ。

 神がお礼を言った後、変な沈黙が流れた。 

 何か会話した方がいいのだろうか?


 あまりの迫力に考えが纏まらない。


「これ、皆がかしこまっているであろう。

 さっさと用件を話さないかこの駄犬」


「駄犬言うな、まぁそうじゃな。

 ここであれこれ言っても、碌に話もできんじゃろ、そこのロリババァに用件を聞いとくように」


「誰がロリババァだ」


 一瞬文句を言っている少女に注意を向けると、いつの間にかフェリス様はいなくなっていた。

 緊張の糸が切れたようにその場でだらけてしまう。


「儂は、儂は……感激した。

 イズラ様だけなく、フェリス様にお会いできるなんて、この為に儂は生まれてきたんじゃ」


 一瞬の静寂ののちショーンさんが感激で震えて、鼻水を垂らしなが豪快に泣き始めた。


「自分以上に混乱している人を見ると逆に落ち着くと聞くけど、感動する時も同じみたいでしぃ」


 スランディーが言うようにせっかく神に出会えた感動や衝撃がショーンさんの号泣のせいで冷めてしまった。


「ほぉ、そちはイズラ様の使徒か」


「はぁ、はいイズラ様に仕えておりました」


 ショーンさんが慌てて鼻水をすすり答える。


「そうか、そうかイズラか懐かしいの」


「なんだ、ババァはそのイズラに出会った事があるのか?」


「コラ! 

 不敬であろう!」


「ん? 何がだ」


 何が失礼なのかわかっていないノーマに、ショーンさんが珍しく真っ赤な顔をして怒る。


「良い、良い、こう見えてもずっとババァじゃかんらの。

 大昔じゃがイズラ様は暇さえあれば遊びに来ていたもんじゃ。

 よくあの駄犬をしつこく撫ですぎて、噛まれていたものじゃ」


「そんな事があったのですか」


 神の新しい一面に触れてショーンさんがまた感動して震えている。


「あの、神様の要件と言うのはなんでしょうか?」


 中々進まない中、真のリーダーのカイルが話を元に戻す。


「そうじゃったの、簡単に言うとお願い事じゃ。

 あの神を殺してくれんかの」



 子供にしか見えない巫女が想像もしない実に物騒な依頼をしてきた。


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