第61話 森の奥地
「ああーも少ねぇ!」
「うーん、そうだね」
お昼の休憩の為、皆が集合地点へ集まってきた。
ただでさえ何も貢献できていないので、率先して昼飯の準備をしていると、石にどっかりと座ったノーマが文句を叫び、カイルが眉間にしわをよせて悩む。
「そうじゃの、明らかに減っているから、もう少し奥に行ってみてはどうかの?」
「え~奥いくの?
なんか面倒くさいなぁ。
いいじゃん少なくて楽で」
ショーンさんの提案に、レベッカは明らかに乗り気ではないようだ。
「何だ、ビビってんのか」
「嫌だな、トカゲじゃあるまいし、ビビるわけないじゃないですか」
いつもの見飽きた痴話喧嘩を皆でスルーする。
ショーンさんが言うように、自分以外の皆が狩ってくるモンスターが徐々に減っている。
バラバラで行動し始めてから初日は83体だったが、二日目は72体、三日目は41体、今日は午前中で11体しか狩れていない。
明らかにペースが落ちている。このペースで皆に頑張ってもらったとしても、ノルマの30体に行くのは中々難しそうだ。
「森の奥はリスクが高くなるし、何より道が狭いから台車を使えないんだよね。
パーティーで行動する事になるから、今より効率が落ちるかも知れないんだよね。
クライフはどう思う?」
会話に参加せず、黙々と出来上がった皆のご飯をよそっていると、真のリーダたるカイルに意見を求められた。
「何もしていないので、少しでも役立てるなら山の奥に行くのは賛成です」
「シャア行こうぜ!」
自分が賛成側に回った事で、勝手に食べ始めているノーマが飯を頬張りながら喜ぶ。
「うーん、まぁマスターが一緒なら別にいいかな」
「でもね、奥はちょっとなぁ」
続々と賛成に回る中、カイルだけはあまり乗り気でなかった。
「森の奥?
見て見たいでしぃ」
雨に濡れるリスクがないとわかってから、日に日に増える実験道具を使って昼飯に目もくれずに実験道具いじっていたコレークの神殿騎士が、突然話に参加してきた。
「え?」
その後お昼を食べながら話し合いを少ししたが、結局スポンサー様の意向には逆らえないので、森の奥に行くのが決まった。
必要のない台車とスポンサーの実験道具を戻しに街へ戻り、再び森の奥へ行く事になった。
カイルが先導しその後ろをショーンさん、その後ろの左側にノーマ、右側に自分が立ち、二人の後ろにスポンサー、そして最後尾にレベッカがついた。
スポンサーを守るのが一番の目的の布陣だったが、そのスポンサー様に何度かノーマの尻尾が当たりそうになるので、自分の真後ろに立つように布陣を調整した。
しばらく森の奥へ向かうと、菌に犯されたモンスター達や普通のモンスター達とも戦う事があったが、それ程多くは現れたなかった。
森の奥でスポンサーが大きな木についたキノコを回収している時に、カイルが小さな手を上げて皆の注目を集める。
カイルの可愛らしい指が、ある方角を指す。
指した方を遠目のスキルを発動して、観察すると菌に犯されたと思われる大型モンスター達の群れを見つけた。
皆で音を立てないように、ゆっくり近づく。
「エイプか珍しいでしぃね」
大型の猿型モンスターのブラウンシールドエイプは、足より腕が長く太いのが特徴的だ。
スポンサーが言うように、単独行動が多いブラウンシールドエイプが、ここまでの数がまとまっているのは珍しい。
ブラウンシールドエイプ達が何かを集団で囲っている。
黒く犬っぽい形だが、随分ずんぐりむっくりしている。
短い黒い手足を動かして、必死に抵抗している。
耳が尖って短いしっぽに、目の周りが黒い模様、間違いなくタヌキだ。
この地域で名物になっている一匹のタヌキに、ブラウンシールドエイプが十匹以上群がっている。
かわいそうだし、助けてあげよう。
刀を抜き皆に視線を配る。
「行くぞ」
いち早く、自分の気持ちを汲んだノーマが我先に走り出した。
後ろから不意打ちで、ノーマが一番大きいエイプの後頭部に致命傷を与える。
大きな音を立てながら猿が倒れた事によって、他のエイプ達がこちらにようやく気がついた。
ショーンさんがすかさず盾を剣で叩き、エイプ達の注意を引きつける。
自分もショーンさんに注意が向いているエイプを、死角から刀を振るい仕留めいく。
カイルやレベッカも危なげなく倒しているが、一番目を奪われたのはスポンサーだ。
初めて戦う所を見たが、水の魔法を最小限の威力で適切に攻撃を与える。
倒したエイプの数は少ないが間合いの取り方、足捌きに危なっかしさが一切ない。
さすがはゴールド認定者。
本当に今まで護衛が必要なのだろかと、疑問すら出てくる。
数は多かったが皆で協力する事で、エイプ達は倒す事ができた。
ハイゴブリンのスチームゴブリンやコボルトのシャワーラッシュは元々Dランクかつ菌に犯さされ弱体化しているので、どんなに数がいても余裕で対処できる。
しかし元々Cランクのブラウンシールドエイプは弱体化しているとはいえ他と比べて脅威で、今回の集団戦は久々に緊張感があった。
「あれ、そういえばタヌキは?」
猿の死体を集め燃やし、土起こし(仮)で埋葬している時にタヌキの事を思い出した。
途中までは一緒に戦っていたけれど見失ってしまった。
「タヌキって何でしぃか?」
「え?」
「いたな、チョロチョロして踏んじまいそうだった」
「僕たちが来る前にエイプと戦っていましたよね」
「ふわふわしたタヌキちゃんどこいったのかな?」
「すまんが、皆何の話をしているんじゃ?」
「そうでしぃタヌキって何でしぃか?」
ノーマ、カイル、レベッカ達は見たと言っているが、二人の神殿騎士達は見ていないと言っている。
いくらモンスターが入り乱れているとはいえ、一生懸命猿に向かって攻撃を加えている、それなりに大きさのタヌキを、見ていないという事はあるのだろうか?
「あれ、ほらあそこに」
見渡した際、遠くからこちらの様子を見ているタヌキを見つけて指を指す。
「え、どこでしか?」
スポンサーの神殿騎士が自分に近づき、指を差した所を覗きこんでいるが見えないらしい。
「あ、逃げやがった」
ノーマの言う通りタヌキを皆で見つめ始めると山の奥に走り始めた、そして十歩程進むとこちらを振り返る。
タヌキと目が合う。
タヌキが首を振ってついてこいと、言っているような気がした。
「おい、クライフ」
ノーマが大声で引き止めるが、皆を置いてタヌキを追いかける。
集団行動なのに、思いっきり和を破ってしまっている。
ただでさえ、役立たずではないかと思っている時に、こんな我が儘をしていいわけがない。
ただタヌキも途中立ち止まって振り返り、ちゃんとついてきているか見ている。
導かられるまま夢中で生い茂る森の奥へ行くなか、足から伝わる突如感触が変わった。
やたらと平で硬い。
足で落ち葉をどかすと、古く所々欠けているが石畳が積まれている。
明らかに誰かが作った、人工的なものだ。
石畳を辿ると細長い二本の石柱が目に入った。
「これ、鳥居でしぃね」
「鳥居?」
カイルがスポンサーに聞き返した。
「大昔に作られた神へ通じる門でし。
ほら、石に何か文字みたいなのが彫られているでしぃ。
ここから先は神様の敷地みたいでしぃ」
「じゃあ、この先に六神の誰かの道へ通じているんですか?」
「多分違うでしぃ、石の形や文字からして六神ではなくもっと古くからのものだから、地域神のものだと思うでしぃ」
「地域神、どういう事だ?」
リザードマンのノーマには、ヒューマン達の神はわからないのは当然かもしれない。
「六神よりも前にいた神でしぃ、地域によっては今でも六神と同様に祀られている所もあるでしぃ」
「ふーん、そっか」
「ノーマ迂闊に触っちゃダメだよ」
「う」
自分から質問しておいてあまり興味がないらしく、門を触ろうとするノーマにカイルが指摘する。
「引き返すべきかの」
「そうだね」
「そうでしぃね」
ショーンさんの提案に、カイルとスランディーは即ざに同意した。
「いや、行きましょう」
皆の提案に一人反対する。
あのタヌキは間違いなく自分達を呼んでいる。
ここで帰るわけにはいかない。
「マスター、それは」
「危険じゃ」
「やめた方がいいでしぃ」
「そうだよ、クライフ。
ここに門があるという事は、この先は神域の可能性が高い。
六神以外の神様はどのような性格をしているかわからないよ。
一度街に戻るべきだ」
ノーマ以外の皆は強く反対している。
皆の言う通りだ。
確かに六神以外の神は、ヒューマンに友好的とは限らない。
中には気性が荒く、災いばかりを振りまき、ヒューマンや亜人達に畏れられている神も多い。
なんの神がいるかわからないのに、踏み込むのはリスクがある。
仮に心優しい神だったとしても、勝手に自分の敷地に入ったら何が起こるかわからない。
「なんでそんなに行きたいんだ」
「それは……」
一人冷静なノーマの質問に、答えが詰まる。
改めて考えると奥に行くメリットはあるのか。
ただでさえ勝手な行動をして、皆を森の奥まで連れてきてしまった。
そろそろ戻らないと日が落ちてしまう。
ここは大人しく、皆に従うべきか?
迷っていると山の奥から、腹にくる重低音が聞こえた。
振り返り音がした山の方を見つめた。
「クライフ君、どうかしたかい?」
「……鐘の音がしました」
ショーンさんの質問に自信なく答えた。
「鐘の音?
何も聞こえないけど」
偵察能力が高く、誰よりも耳がいいカイルに聞こえていない。
空耳か?
再び腹に響く、重低音の鐘の音が鳴る。
音の方を見つめると、再びタヌキと目があった。
「わかりました、自分一人で行きます」
理性ではわかっているが、どうしても止める事ができない自分がいた。
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