第60話 閑話 貧乏クジを引く領主 ピーター=アドバンス


 君達の周りにも確率は皆と同じはずなのに、貧乏くじばかり引く人間がいないかい。


 何故か皆と同じようにすごしていても、面倒事を頼まれ、ふと善意で言った事によって面倒に巻きこまれ、一緒にいただけなのに主犯格に祭り上げられる人だ。


 私はどんなに神に祈っても、小細工しても、根回しして予防しても、高い確率でその貧乏くじという当たりクジを引いてしまう、残念なヒューマンだ。


 学生時代に面倒な係を押しつけられた回数は、両手ではすまない。

 色々苦労はするのに、先生や他の人のお覚え特にいいわけではないので、本当に割に合わない。


 ただ、運が悪いという訳でもない。


 狸の寝倉と言われている、温泉で有名なスロネの領主の次男坊として生まれた。


 決して大貴族ではないが、それなりの歴史ある名の知れた貴族の子として不自由なく育てられた。


 兄が領主になるのは決定的だったが、親に頼み込んで王都にある貴族や金持ちだけが行く、兄と同じ学校に行く事ができた。

 運よくそこで知り合った、商人の娘と結婚する事もできた。


 ただ先程も言ったように、運は悪くはないが人よりもやたらと苦労を背負い込んでしまう体質のようだ。


 私みたいに貧乏くじばかり引く人もいれば、要領よく立ち回って貧乏くじから逃げ続けられる人もいる。

 自分の兄オスカー=スロネ=アドバンスがまさにそれだ。


 兄のすごい所は圧倒的な回避能力で貧乏くじを回避し、仮に貧乏くじを引いたとしても、他の人にそのくじを引かせる事ができる。


 誰が何を得意としているのがよくわかり、どのように頼めば良いのか熟知している。

 自分ではたいして動かずに、いかにも自分がやっている風に見せるパフォーマンスも抜群にうまい。


 非常にむかつくが領主として、上に立つ者としての資質は私よりあるとも言えた。

 ただ兄は、それが旨すぎるが故に、自分で解決しようという気概が昔からなかった。


 そして問題が大きくなるまで放置して、最後の最後は兄の尻ぬぐいをするのが昔から私の仕事だった。

 女性との修羅場を迎えた時も、調子に乗って学校の行事の委員長になった時も、格好つけてヤバ目の人に喧嘩を売った時も、何故か毎回私が尻拭いする羽目になった。


 そんな兄が結婚し、そして子供が生まれる事が決まったので親から遺産を少しばかり先払いで貰い、貴族の地位を捨て自分で店を開く事にした。


 兄から部下にならないかと誘われたが、いつまでも面倒を見ていられないので断った。


 妻の父にも頭を下げて、金を借り、観光地であるここに旅館を作る事にした。


 スロネは老舗と言われる高級旅館と、民家を改造したような安宿は多いが、その中間層が手薄だと思ってそこターゲットにした。


 庶民が背伸びすれば入れるぐらいの金額かつ、金のない貴族が入ってもバカにされないぐらいの品格のある旅館を目指した。

 朝食をバイキング形式にし、大狸様の巫女しか着てはいけない紫色に近い赤い浴衣にして、宿の中に様々な狸様の銅像や祠を作って雰囲気作りにこだわってみた。


 最初はうまくいかない事もあったが、親のコネ等、使える物を最大限使って軌道に乗せられた。

 旅館をはじめてから十年ほどたつと、予約が取りづらい人気店になり、借金も全部返済することもできた。


 部下も育ち、任せられるようになったので、次のコンセプトを考えていた時にある知らせがきた。


 兄とその妻が死んだという知らせだ。


 一家で移動中にモンスターにやられたらしい。

 兄達の遺体はろくに見る事ができない程酷かった。

 兄の頭は半分潰れ、兄の嫁は腹わたを食い漁られていたた。


 幸いにも荷物に紛れて寝ていた、兄の娘が生き残った。 

 親二人を一晩で亡くしてしまった姪の名はティムカー=スロネ=アドバンス、まだ十歳の小さな女の子だ。


 父と母を同時に亡くし未だに泣きじゃくっていた。


「こうなったらお願いできないか」


 父が悲痛な顔をしながらも、貴族としての責務として息子の葬式の準備より先に今後の打ち合わせをする。


 父は自分に領主として、跡を継いで欲しいと言っている。


「親父、そりゃ無理だ。

 書籍から抜いたのを知っているだろ」


 書籍から抜くというの貴族達が使う言葉で貴族でなくなる事だ。


 国が管理している史暦書という貴族の名を連ねている書物の名前を明記する事によって初めて貴族として認められ、逆に名前を消してもらうと貴族でなくなる。

 史歴書から名を抜いた私は、ミドルネームのスロネを名乗る事ができない。


 別に名前を残したまま宿の仕事をしても構わないのだが、名を残しておくと戦争や震災の様に何かあった際に、登録が多い所ほど多く国に税を納めないといけない。


 元々は貴族が増えすぎて、財政難になった時に行われた処置だが、それによって御家騒動等が減っているし、勝手に貴族の名を語るバカも少ないので有効でいい仕組みだと、兄が死ぬまで思っていた。


「そうだが、しかしティムカーは利口じゃがまだ十歳、なんとか戻す事はできないか?」


「いや、そうはいってもなぁ」


「うーむ」


 親父と共に頭を悩ます。


 生まれた子を史暦書に連ねるのも名を消すのは簡単だが、生まれてからしばらくしてから名を連ねるのも、一度消した名をもう一度戻すのは御家騒動にもなる為簡単ではない。

 王都に強いコネ、もしくは多額の賄賂が必要だ。


とりあえず、名を戻すかどうかは一旦保留として、ティムカーの代理人という事で話をしばらく街の領主代行という肩書きを得た。


 貴族でない私が代行となると、いちいち親父かティムカーの了承を貰わないといけないが仕方が無い。


 まだ貴族である親父が領主に戻る事も検討したが、最近は年の影響で寝込む事も多く体力に不安があるので、代わりに私がやる事になった。


 旅館を一から作り人気店にした自信があったので、ティムカーが成人となる間でならどうにかなるだろうと高をくくっていた。


 兄の葬式が終わり、領主代行として荷物の整理を始めた時に父がやってきた。

 史歴書を統括している大臣の好きな画家の絵が、内の蔵にある事を思い出し、賄賂として渡せば史暦書に名を戻せるかもしれないと嬉しそうにしている。


 言われた通り家の奥にある倉庫をひっくり返し、眠っている絵を見つけ出した。

 絵を広げたが、それ程絵に造詣が深くない私が見てもわかるような、ひどい贋作だった。


 盗難予防の為に作ったのかと父に確認したが、そんな事はしていないと否定した。

 あの楽観主義者の塊みたいな兄が作ったのか?


 結局その後くまなく倉庫を探したが、絵は見つからなかった。


 嫌な予感がした私はあらゆる資料を集め、帳簿のチェックを始める。

 何度やっても数字が大きく合わない。


 冷や水を垂らしながら、震える手で正しい数字を記入した。

 目の前で書類の数字を見る。


 借金だらけではないか、経営がひどいもんだった。

 破綻直前というよりも、すでに破綻していると言った方が正しい。


 何故兄は護衛もつけずに妻と子と移動したのか不思議だったが、合点がいった夜逃げしようとしたのだ。


 どうやったら歴史ある有名な観光地のここで、この短い期間でここまで経営が悪くなるか。

 その謎は兄の遺品の日記に詳細が書いてあった。


 兄は大型の詐欺で出会ったようだ。


 調子のいい言葉に流され騙されたようだ。


 それだけなら何とか取り返しがついたが、プライドが高く失敗を他の人に言えない兄はそれを取り返す為に街のお金に手をつけて博打を打ち、そして見事に負けてしまい、それを取り戻す為に再度賭け事をするという最悪の悪循環に陥った。


 後見人なんていう役目を放置して、私も逃げ出そうかと思ったが、逃げ出すと何の罪もない姪っ子と、病気がちの父に迷惑がかかる為やけくそになってやる事にした。


 まずこの事態がばれるのを恐れ、父と私と信頼できる側近のみこの真実教える事にした。

 皆一同に知りたくなかったという顔をしたが、悪いが皆道連れだ。


 観光地であるここが、財政破綻したという噂が流れたらもう終わりだ。

 唯一の財産と言えるブランドが傷つける訳にはいかない

 何とかばれない用工夫をしながら、削減出来るところは全て削減した。


 もう貴族に戻って体裁を整えるなんて、言っている場合ではない。

 街の貯蔵庫にある保蔵食品や武具をほとんど売りさばいた。

 さらに曾祖父さんの代から契約している傭兵団の契約を解除した。

 ポケットマネーで手切れ金を渡したが、非常によくしてもらっていたので心が痛い。


 質がいい傭兵団は決して金だけで買えるものではなく、何代も続く素晴らしい関係だったがここで一度途絶えてしまった。


 ただこれでいざ街でなんらかの戦争に巻き込まれた瞬間に、白旗を上げるレベルだ。


 領主の仕事をしているのにほぼ無給だし、妻には文句を言われ続けたが、ここ三年程は何故かやたらと景気がいい。

 なんとか来年か再来年ぐらいにはバレても誤魔化せるレベルの経営状況になってきたと思った時に事件が起きた、バリキノコ事件。


 なんでこのタイミングが発生するのだ。

 ほとんどの人は傭兵団をだすなり、高い報奨金をつけて討伐をしないのか不思議に思っているだろうがないものはない。


 強欲な後見人というイメージがついてしまったが、この際イメージなんてもうどうでもいい。

 どうせティムカーが領主になるまでの地位だ。

 むしろ私が強欲なイメージがあれば、次にやるティムカーはやりやすいはずだ。


 バリキノコ解決の為に、神殿騎士達に泣きつく事にした。


 気合いを入れて自然の神ナギーの神殿に向かった、スロネでは代表を持ち回り制度にしている。

 協議制度にしているところもあるが、これだと纏まる物も纏まらない。


 余計に問題を起こすので、一年毎に代表が変わる持ち回り制にしている。

 今年の代表がナギーだったのは正直ラッキーだと思った。


 ゾンビ嫌いで有名な宗派だから、二つ返事でもらえると思ったが答えは意外にも保留だった。

 代表はただの自然派ではなく原理主義の自然派らしく、今回の現象はゾンビではないのであれば森の中で競争があって自然淘汰されたにすぎない。

 ヒューマンに損害が出て、明確な脅威と判断が出来ない限り街の守り手である神殿騎士としては積極的に介入すべきじゃないと決断した。


 神殿騎士に頼れないとなる取れる手段はもうなく、財政破綻している事を発表し、森を全て焼くという最終手段を住民に伝えないといけない。


 この豊かな森を燃やし尽くすのだ、食料の問題もあるが何より観光地であるスロネで森を燃やし尽くさないといけない程疫病が流行った噂がながれたら、どれだけの大打撃になるか想像すらしたくない。


 様々な人から反対、罵倒され腐った卵や石を投げつけながら最悪の場合牢獄に行く事を想像していると懐かしい人物が自分を訪れにきた。


 学生時代の悪友バックスだ。

 自分なんかよりずっと歴史と格式がある貴族の一員だったが、親とケンカし破門されたのをきっかけに冒険家になった変わり者だ。


 巨人殺しの二つ名を手に入れたと、風の噂で聞いている。

 どうやら近くで依頼を受けたらしく、私の事を思い出し宿に泊まりに来たようだ。


 久しぶりの再会と酒を飲んでいたので、酒の勢いに任せてやけくそになって洗いざらい事情を話した。

 あのマイペースなバックスが珍しく絶句していた。


 三日後、改めてバックスが私の所へやってきた。


「あの時の借りを返す」


 バックスの汚い字で色々書かられて紙を渡された。 


「これは?」


「計画書だ」


 計画には今回たまたまバックスがCランク試験の審査員に抜擢されたらしく、それを使えばほぼ無料でやる気溢れる冒険者を大量に使う事ができる。


 今回のキノコ狩りには質より数の方が重要だから、Dランクでも問題ないだろうというのがバックスの見解だ。 


「非常にありがたいけど、いいのかこれ」


「ああ、大丈夫だ」


 はっきり言えばバックスにメリットがこれっぽっちもない。

下手な事をすると、彼の輝かしい経歴に傷がついてしまう。

 どうやら学生時代に何度か部屋で匿った事があったが、その事にいまだに感謝しているらしい。


 一応お互いの体裁があるので、人前で怒鳴りあって揉めている風に一芝居打ってもらった。

 奴は本当にこういう悪知恵が働く。


 そしてしばらくすると、何故かいい話が続いた。

 討伐の報奨金を出すというスポンサーがついた。

 そのスポンサー様は道化の化粧に、帽子にやたらと鈴がついた変わった格好をしていた。


「スポンサーの条件は簡単でしぃ、キノコちゃんを調べさせてくだしぃ」


 頭を大げさに動かしながら喋るので、チリンチリンとうるさい。

 変わった格好に変わった語尾、間違いなくコレークの神殿騎士だ。

 あの関わりたくない神殿騎士No.1だ。


「こっちは遊びでやっていなのよ。それわかってんの?」


 悪友と同じパーティーで、副長の女性ナターシャがイラついている。


 悪友はこのコレークの神殿騎士がスポンサーとして現れた時に、面倒臭いと即座に察知したのか、ナターシャ任せて演説をする為の劇場の視察しに行った。


「もちろんでしぃ、これでもゴールド認定、師団長クラスでしぃ。

 自分の身ぐらい自分で守れるでしぃ」


「師団長クラス」


 師団長クラスという事に副長と共に驚く。

 見た目にそぐわぬ実力があるのは間違いない。


「……わかった、いいでしょう。

 じゃあ私のチームと同行ということで」


「ちょっと待つでしぃ、是非一緒にまわりたいメンバーがいるでしぃ」


「えっと、スランディー師団長?」


 副長が少しイライラしているので助け舟を出す。


「スランディーもしくはロザリーちゃんでいいしぃ」


「ではスランディーさん、どちらのパーティーですか?」


「これだし!」


 そう言って名簿の中の一つを指さす。


 ナターシャは指を指した所を見て、あからさまにがっくりを落とす。


 そして近くにいるギルト員にお願い事をした、「至急カイルを呼んで欲しい」と。


 

 どうやら私以外にも貧乏くじを引いた人がいたようだ。

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