第45話 閑話 野心かな男 ニール=スパイラルグロース
引き出しに入った、大量の栄養ドリンクの一本を取り出して飲む。
たいしてうまくもないが、少しだけ気力が回復した気がする。
部下の一人が退職を申し入てきた、人員の補充と、新人が来て成長するまでの役割分担を考えなくてはいけない。
役割分担はとても大事だ。
どんなに有能でも、一人でできる事なんていうのはたかが知れている。
皆がしっかり役割をきちんとこなすからこそ、仕事というのはしっかり回るのだ。
そしてその役割を経験や能力に合わせて決めるのが、上に立つ者の責務だ。
どこからどこまでが誰の仕事で、もしその人がいなかったり、困っていたら誰が助けるのかもしっかり決める。
そこまでやって初めて組織作りと言っていいと思う。
しかしそれを、ちゃんとわかっていない奴らがあまりにも多い。
なぁなぁに仕事をやっていて、誰がどこまでやるか明確にしないから、問題が起きた時に対処が遅れる。
お互いに気を使いあっているのか、馴れ合っているのか何が問題で誰がいけなかったのか明確にしない。
問題に向き合わず、場当たり的な解決しかせず、原因の追及や対策を採ろうとしない。
きっとどこで働いていても、大なり小なりこんな不満が出てくるのだろう。
私が入社した当初の冒険者ギルドは、中々酷い組織だった。
皆好き勝手に仕事するので、休んだり退職したりしたら大変だ。
誰がどこまでやっているのかわからず、皆それぞれのやり方、流派があり、どのような基準で依頼や冒険者を評価していたのか全くわからない。
そこで私は、どんぶり勘定で仕事をする上司達に飽き飽きしたので、人に役割を決める事ができるように、上に行く事を選んだ。
正直言って楽な道ではないが、一つ一つ実績を作り、根回しをしてルールを提案し、今では受付等の業務の責任者となる、副ギルト長という立場までになった。
かなりマシになっていたが、もっと抜本的にルール化したいが、今の私の権限では足りない。
解決する為には、やはりトップであるギルド長になる必要性がある。
冒険者ギルドで出世する際、大まかに二つのコースがある。
私のように最初からいる生え抜き達と、主に元冒険者達で構成される中途採用コースだ。
普通の職場だと生え抜きの方が評価される事が多いだろうが、冒険者ギルドだと冒険者達にある程度威嚇するためにも、元冒険者の中途採用の方がギルド長になりやすい気がする。
確かに荒くれ物が多い冒険者達をまとめるのに、元冒険者を使うのは効率的だとは思うが、元冒険者という事は元荒くれ者という事だ。
そんな人がトップに立つから、ろくな組織作りができるわけがない。
ギルド長になるにあたって目下のライバルが、最近副ギルト長になったエリカ=アースストライドだ。
エリカは元冒険者上がりで、モンスターの解体、回収の責任者だ。
元冒険者というだけあって、女性だが腕っ節はあるし、冒険者達に慕われ、まとめるのもうまい。
それに悔しいが、私にはない人徳というのかカリスマがあるようだ。
ただ私からすると仕事はずさんで、詰めが甘い。
何度か無茶な計画を立て、その尻拭いをした事がある。
どうにか彼女に勝たないといけない。
そんな事を考えながらも、役割分担の大まかな計画書を作り終えた。
そしてもう一本栄養ドリンクを飲み、ライバルに勝つ為に明日の会議の為の資料を夜遅くまでやっていた。
そして会議の時、競争心が出過ぎてしまい会議の雰囲気が最悪にしてしまった。
「そういうわけで、他に意見はないなら終わるぞ」
ギルド長のツーカ=ベネディクトが無駄に威圧的な態度をとって、会議を締めようとしている。
今回の会議は次のCランク試験についての会議だ。
ギルド長が会議を早めに締めようとしたが、それにはわけがある。
このギルド、いやこの街の裏のドン言われているジュゼット=パスカルさんが、機嫌が悪そうなオーラを発しているのをギルド長は感じ取ったのだ。
ジュゼットさんは元凄腕の冒険家で、引退後冒険者ギルドに所属して様々な伝説を作った。
ギルドに所属してすぐにギルドの不正を暴いたり、隣町との抗争を一人で止めたり、Aランク冒険者をスカウトしたり多岐にわたる。
望めばギルド長どころか、冒険者ギルドの本部の幹部になる事だってできるのに、この町で新人担当という地味で辛い仕事をこなしている。
良くも悪くも誰に対しても役職に関係なく、フラットに対応してくれている。
ある意味上に行くには、同じ冒険者上がりのエリカばかり可愛がっているギルド長よりも押さえないといけない。
その最重要人物が機嫌悪そうになっているのは、私の迂闊な発言のせいだ。
エリカがランクC級昇級試験にクライフを推薦したが、私がそれを否定してしまった。
「実力はあるかもしれないが、ルールを破ったばかりの冒険者に何事もなかったように受けさせるのは、周りに示しがつかないのではないですか?」
別にクライフに何かあるわけではなかったが、エリカが推薦するので、咄嗟に反対してしまった。
それからジュゼットさんの機嫌が悪くなった。
やってしまった。
昨日徹夜で仕事をしたせいか、クライフという青年がジュゼットさんのお気に入りである事を、頭から抜けてしまった。
「ツーカ=ベネディクトギルト長すみません、一ついいですか」
手を挙げて立ち上がる。
上に行くためにも、挽回しなくてはいけない。
「推薦の話ですが、エリカ=アースストライドがいう通り、クライフさんをCランクに受けさせるべきなのではないでしょうか?」
「はぁ?
反対したのはお前じゃないか」
「はい、確かにギルド長が仰る通り、私が先程ルールを破ったという事で反対しましたが、それでいいのかと考えていました。
ゴブリンキングを一対一で戦って勝つ実力者なのは事実です。
それなのにはDランクで遊ばせておくのは、勿体無いのではないですか?
それに彼がルールを破ったのにも、情状酌量の余地があると思います。
ゴブリンキング討伐をないものとしても、スモールヒールバッファローをソロで倒しているのは誰も否定できません。
C級試験を受ける資格は十分なのではないでしょうか?」
「そ、そうか。反対の者はいないか?」
誰も手を上げない。
当たり前だ。
元々反対したのは私だけだし、ジュゼットさんに嫌われる原因を自ら作りたいという人は誰もいない。
結局誰も反対せず、クライフが試験を受ける事になり会議が終わった。
会議が終わった直後、ジュゼットさんが帰り際「すまんな」と小さな声でお礼を言っていた。
肩から力が抜け、心の底から息が出た。
何とかジュゼットさんに恨まれるという、最悪の事態は避けられたようだ。
その後、今回の昇級試験のか責任者になるという通達があった。
どうやらジュゼットさんがあと押してくれたようだ。
これでギルド長への道が一歩近づく。
この試験を何事もなく無事成功させなくてはいけない、気合いが入ってきた。
「ああここにいたか。すまん今いいかな」
「ジュゼットさん、どうしました」
「うむ、クライフがレベッカ君を連れて行っていいか聞いてきたんじゃ」
「レベッカって、あのアンデットになった?」
「そうじゃ、ギルド長に聞いたんじゃが、今回の責任者に一任すると言っておった」
ツーカ=ベネディクトギルド長め、逃げやがったな。
「どうでしょう、流石に一度死んだヒューマンをモンスターとして連れて行くのはまずいのでは」
レベッカが死んでアンデットになる事が知れ渡ると、ギルドに大量の苦情がやってきたのを思い出した。
全ての苦情に、目の前のジュゼットさんが対処して場を収めた。
誰もジュゼットさんが頭を下げ「何かあったら責任を持つ」と言われたら文句を言う事ができなかった。
ただ事情を知らないよそから来た冒険者は、アンデットがいる事がいる事によって、どのような混乱が生じるか見当がつかない。
「そうか、そうするとクライフがいない間、誰かがレベッカ君の面倒を見る必要性があるな」
「あのアンデットの面倒を?」
通常のモンスターであれば、テイマーギルトにいくばくかのお金を支払えば面倒を見てくれるが、今後一才面倒をかけないという条件でレベッカはテイマー登録する事ができたので、恐らく預かって貰う事はできない。
ジュゼットさんがこちらを凝視する。
最悪冒険者ギルトで面倒を見なくてはいけないのか。
「許可します。テイマーギルトが登録したのであれば、テイムしたモンスターを試験に連れて行くのは何ら問題はありません」
「そうか、ありがとう」
ジュゼットさんが出て行った後、胃がキリキリしてきた。
今回の試験は今までの昇格試験と違って、あの巨人殺しが関わっていて訳ありだ。
ただでさえ問題が起きそうなのに、これ以上問題を増やさないでほしい。
それからしばらくの間は、いつもの引き出しの中の栄養ドリンク以外にも胃薬が常備されるようになった。
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