第43話 試験会場

『頑張ってね、楽しんできてね』


「怪我には気をつけてね」


 女将さんと、女将さんに抱えられたシショーに見送られながら、レベッカと共に冒険者ギルドに向かう。


 外は自分の不安の気持ちを表すかのように、珍しく少し霧がかかっていた。

 街は日も出ていない早朝という事もあり、やたらと静かだ。

 うすい霧の中歩いて行くと、冒険者ギルトの周辺だけがやたらと活気のある声が遠くから聞こえてきた。


 恐る恐る中に入ると、人で一杯でギュウギュウで歩くのがやっとだ。

 まるで祭りのようだ。

 長年冒険者ギルドに来ているが、ここまで人がいるのは初めて見たかもしれない。

 ジュゼットさんの言う通り、遠くから試験を受けに猛者どもが来ているようで見た事のない人が大勢いる。


 いつもと違う会場の雰囲気に、圧倒されてしまった。


 レベッカと共に、全体が見渡せる二階へこっそり移動にした。

 上からしばらく冒険者達の様子を窺っていると、色々な人がいて中々面白い。


 冒険者達は大まかに二種類の人に分けられた。

 積極的に交流を持とうと色々な人に話している人達と、決まった人達でまとまって交流しようとしない人達の二種類だ。


 どちらかというと、新たに交流を持とうとしている人の方が多く、いろんな人にひっきりなしに声をかけている。

 なかにはチラシらしき物を配っている人までいた。


 様々な人を観察していると、変わった男が目についた。

 その男は他の冒険者とは明らかに違っていた。

 整った顔立ちと短くかりそろえた金髪に、革のメイルを雑に着ているのだが、メイルを含む全てが自分が着ている既製品ではなく、オーダーで作られた特注品で有る事を遠目からでも感じ取れた。

 品の良さそうな顔に高級な防具を着ているが、何故か靴を履いておらず裸足だ。


 アンバランスな格好をしているが、他の冒険者と一番の違うのは彼の表情だ。

 誰もが緊張感を持っている中、その男はどこか気楽で、周りを観察しながらニヤニヤとしている。

 余裕のある態度と、自信のある歩き方、そして底意地の悪い感じがクロロ師範代を思い出させる。 

 男が階段をゆっくり上りながら、周りを見渡している。


 男は二階につくと、一階の方を振り向き両手を叩いた。

 不自然な程大きな音が賑やかな会場で響き渡り、皆がそちらに注目する。

 何かのスキルの一種かもしれない、それほどの大きな音だった。


 一瞬の静寂の内、男が両手を広げてしゃべりだした。


「よく、集まってくれた。野郎共歓迎する。

 俺はA級冒険者のバックスだ、数いるAランク冒険者の中で最強、最高で万能のみんなの兄貴バックス様だ。

 非お見知りおきを」


 よく通る声でふざけたセリフを言いながら、それに見合わない貴族が式典で行うような優雅なお辞儀をする。

 楽しそうなバックスの表情とは対照的に、目に見えて冒険者達に緊張感が走っているのが伝わった。


 二階にいる自分にもあちらこちらで「ジャイアントキラー」という言葉が聞こえてくる。

 巨人殺しの名を持つかなりの有名人のようだ。


「試験はなんて事のない、実に簡単な試験だ。

 とある場所でとあるモンスターを狩ってくるだけだ」


 バックスは上機嫌に大きな声で、ゆっくりとしゃべった。

 言葉自体は乱暴だが、喋るペースや仕草や声質に気品を感じる変わった男だ。


「良い子は仲のいい友達と、グループで組みな。

 人数は五人までな。

 一人でチャレンジしても文句はないが、死んでも文句は聞き入れないよ。

 西の門の広場でいくつか馬車を用意してある。

 目的地についたら御者が獲物を教えてくれるぞ。

 さぁ獲物は早い者勝ちだ、準備ができた奴からさっさと行きな。

 ちなみに何か質問あれば、こっちの気の強そうなお姉さんにお願いしてね」


 そう一方的に宣言すると、静かな会場が再び賑やかになった。


 すでにグループが決まっていたと思われる何組かのグループは、軽い打ち合わせをすると直ぐにギルトの外に出た。

 凛としている、黒髪の気の強そうと言われた女性に冒険者が殺到している。

 女性は明らかに不機嫌そうな顔をしながら、やってきた冒険者に対応している。

 そしてその他のまだメンバーが決まっていない人達の間で、売り込みと買い込み合戦が起きている。


「マスター行かなくていいの?」


 あっけにとられていて、傍観してしまっていた。


「ああそうだね、今回はパーティータイプの試験か。

 五人までって言っていたけど、レベッカはカウントするのかな?」


「どうなんですかね、ボクは一人というより一匹じゃないんですか」


「匹って」


 レベッカは何故かモンスターであるという自覚が、マスターとなった自分よりもあるようだ。

 モンスター扱いを受けても当たり前のような顔をしている。

 普通モンスター扱いされたら嫌な物ではないか、死んだら価値観が変わるものなのか?

 生憎レベッカ以外に死んで蘇った人を知らないので調べようがない。


「マスター、あのお姉さんに聞いてみたらどうですか?」


 そう言って気の強いと巨人殺しが言っていた女性の方を指した。

 レベッカのアドバイス通り、質問を抱えた冒険者達の列に並ぶ。


「え、武器の制限、ないわそんなの好きなの勝手に使いなさい。

 飯の準備、そんなの自分でやりなさい子供じゃないんだから。

 そんなのいちいち聞かなくてもわかるでしょ。

 大体なんで私が質問受付の係なのよ、本来はバックスの仕事でしょ」


「あのすみません」


「今度は何」


「えっとレベッカ、彼女リビングデットなんですがメンバーの上限に入りますか?」


 明らかに機嫌が悪そうな女性に、勇気を持って質問をする。 


「リビングデット、何それ?」


「ボクの事です、一度死んで蘇ったアンデットで新種みたいです」


 自分と気の強そうと言われたお姉さんが喋っている間に、レベッカが割り込んできた。


「あなたが、アンデット?」


「はい、まだ死んで数ヶ月の新参者なんですけど」


「……ちょっと待って」


 眉間に片手を押さえて頭痛を緩和しながら、巨人殺しの元へ向かう。

 この女性に何故か親近感を湧いてきた。 

 女性と巨人殺しが話をしていると、巨人殺しの笑い声が聞こえてきた。


「テイムモンスターとして登録はしているのよね」


 女性が不機嫌そうな顔をしながら戻ってきた。


「はい、登録しています」


「ならいいわ、彼女は上限のカウントに入らないわ。

 喋れるアンデットなんて初めて見たけど」


「ありがとうございます」 


 レベッカがテイムモンスターとして連れて行ける事が判明したので、改めてどこかのチームに入れさせてもらおうと思ったが既に遅かった。


 もうほとんどのグループが決まりかけていた。


 大体が残り一人か二人を誰にするか話し合っている。

 恐らくこうなる可能性を考慮して試験が始まる朝、もしくはその前から売り込みを行っていたのだろう。

 辺りを見回して空きがありそうなグループを探す。 

 

 顔見知りに勇気を振り絞って声をかけてみるが、良い返事はもらえなかった。

 手当たり次第に見た事ある人へ声をかけたが、全員に考える素振りすら見せずに断ってきた。

 考えてみれば自分は万年Dランク、ゴブリンキラー、変わり者として知られ、さらにアンデットとなったレベッカが一緒にいる事を嫌がった。

 

 多少でも交流があれば払拭できたかもしれないが、自分の交流の狭さに再度気づかされた。


「あれ? ゴブリン先輩じゃないですか」


 気の抜けた声が聞こえて振り返ると後輩のキニーがいた。


「ゴブリン先輩も、試験を受けれたんですか? 

 良かったですね」


 相変わらず自分をゴブリン先輩と呼んで、敬ってくれているようだ。


「そうだけどキニーも受けたんだ」


「そうですよ、あれ? 

 ゴブリン先輩パーティーメンバーは決まってないんですか?」


「いや、これからだけど」


「あ〜ダメですよ、ほとんどの人が事前にパーティー組む約束してから来てますから」


「え、そうなの?」


「そうですよ、ちゃんと情報収集しないとダメですよ」


 キニーに覇気のない声で正論を諭されてしまった。

 ジュゼットさんに聞けば恐らく色々なアドバイスをくれそうな気がしたが、本来教えてはいけない事も教えてくるような気がずるので、どうしても気が引けてしまった。

 しかしこんな状況になるなら、気にせずもっと色々と教えて貰えば良かった。


「おい、そりゃないぜ約束が違うぞ!」


「すまんな、こっちと先に約束してたから」


 近くにいた冒険者が大声で揉めていた。


「あ〜あ、何人組までみたいなのが決まってないから、ああーいう風に揉め事になりますけどね」


 キニーが取っ組み合いになりそうな雰囲気のある冒険者達をちらっとみて、声を少し小さくする。


「もっとうまく立ち回らないとダメですね」


 いつもぼけっとしていると思い込んでいたキニーだが、生き残る為にうまく立ち回っているのだなと感心した。


「そうだね……キニーはメンバー決まった?」


「はい、ばっちり五人決まりました」


 最悪キニーにメンバーに入れて貰うと思ったが、それもできないようだ。


「こう見えてもおいらアイテム持ちでイベントリースキル持ってまいすから、こういう時は重宝されるんですよ」


「へぇー、すごいね」


 イベントリースキルはアイテム持ちのスキルで、専用の鞄の中の空間を広げて通常より多く荷物を運べるスキルだ。

 常に何の荷物を選ぶか選択を強いられる冒険者にとっては、何を代償にしても欲しいスキルだ。

 特に今回みたいなどのくらいの期間拘束されるかわからない場合は、メンバーに一人いるかいないかで、取れる作戦の幅が桁違いに変わる。


「キニー何している、行くぞ」


 遠くからキニーを呼ぶ人達がいた。


「はーい、じゃゴブリン先輩、次は合格できる様に頑張ってくださいね」


 いつも通りナチュラルに失礼な事を言いながら、キニーが去っていった。



 どうやらキニーの中では、今回の試験に落ちるのは決定事項らしい。

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