第42話 閑話 職人肌の商人 ラモール=ストーンヘッジ
人にはわかっていても、治せない欠点の一つや二つあるだろ。
俺の場合は細かい事に目が行ってしまう、言わなくていい事を言ってしまう、気が短い、この三点セットだ。
「テメェ喧嘩売ってんのか!」
「やるのかこの野郎!」
お互いの胸ぐらを掴みながら睨み合う。
俺は残念な欠点のせいでこのように喧嘩が絶えない。
今回の発端は注文した商品が違った事だ。
「俺が注文したのは投げナイフの型式784、お前の持ってきた製品の番手をみろ!
788って書いてあんだろ!
ろくに数字も読めねぇのか!」
主張するべき所に、言わなくていい余計な一言を添えてしまう。
「78シリーズの最新機種が、788なんだよ。
784と形は何ら変わらないし、より軽くなって何が問題だ!」
馴染みの商人が、顔を真っ赤にして弁論する。
「耐久性に問題があんだよ!」
「誰が投げナイフに耐久性を求めるんだよ」
「一流所は求めるんだよ」
「耐久性ない方が、回転率が上がっていいだろ!」
「そんな考え方をしているから、オメェは二流と呼ばれるんだよ!」
それからもう関係ないことを含めて言い合いになり、店を出て取っ組み合い、殴り合いに発展した。
街の東口にある商店街のど真ん中で殴り合っていたが、周りに止める人もおらず、喧嘩が起きるとワラワラと周りから野次馬が集まる。
歓声が飛び交い、誰も止めようとせず、どちらが勝つか賭け事をする奴らまで現れる始末だ。
この商店街は何故か自分と同じように、喧嘩っ早い奴が多く、毎日誰からしらはこのように道にでて人前で喧嘩をしているので、いつの間にか喧嘩横丁なんて言われている。
「テメェには二度と売ってやらねぇからな!」
「数字が読めるようになってから出直してこい」
こちとら冒険者上がりだ、並の商人に喧嘩で負けるつもりはない。
あいつと喧嘩するのも初めてではない、恐らく一週間後ぐらいには784を持ってケロッと現れるだろう。
無事喧嘩に終わり、野次馬達を見渡すと、賭けに勝った者、負けた者、喧嘩が短くて不満の者、生の喧嘩を見て興奮している者様々だ。
「見せもんじゃないぞ、帰れ! ん?」
野次馬達を追い払う時に、見覚えのある奴と目があった。
「てめぇ、どこかで見た顔だな」
「あ、はい」
記憶を辿る、この顔をどこで見たか。
腰に差しているのは刀、刀使いか。
「思い出した、その刀うちで買った奴だな」
こいつ五年前に刀を売ったきり、一度も来なかった奴だ。
刀は剣より繊細に扱わないとすぐにダメになるから、何かあったらすぐ来いって言ってやったのに。
「そうですけど」
「そうか生きてたか…………入れ!」
落ち着き始めた怒りが、再び沸々と湧いてきてしまった。
店のドアを乱暴に開けて中に入った。
「どうした! 早く来い!」
中々入ってこないので、カウンター越しから大声を叫ぶ。
「はい、行きます!」
カウンターで待っているとや小僧が、恐る恐る入ってきた。
「座れ」
目線でカウンター越しの椅子に座るように、指示を出す。
「刀を見せろ」
「え、自分の刀ですか?」
「早く!」
「はい!」
小僧が慌てて刀をカウンターに置く。
刀を抜き、全体をチェックし傷や歪みがないかをチェックする。
「思ったより、ちゃんと手入れしているな、誰にやってもらっている」
「自分でやっていますけど?」
「自分で?
誰に手入れの仕方を習った?」
「店長にですけど」
店長にって、俺の事か?
確かに買った時に一通り教えたが、あの一回で覚えたのか。
「そうか、一度も来ないから死んだか刀を壊してしまったものだと思い込んでいた。
買ってから五年、筋がいいな」
刀は剣と比べて切れ味もよく、刃が弧を描いている事もあって抜きやすい特徴があるが、普通の剣と比べて壊れやすく繊細に扱わないといけない。
その為手入れを欠かしてはいけず、極論を言えば刃が多少潰れても使える剣と比べて、手入れが大変で冒険者や傭兵には人気がない。
刀はどちらかというと、金持ちや貴族達やマニア等のコレクション要素の方が高い。
「それで、今日は何しに来た?」
客に対してこの口の利き方に問題があると思うが、最初に命令口調で話した手前、今更口調を戻せない。
「サブの武器を買おうと思っていまして」
冒険者に限らず、モンスターや人と戦う事を生業にしている奴は大抵メインとなる武器の他に、サブの武器を持っている。
サブの武器をメインと同じ種類を持つ事もあるが、特にモンスターを相手にする冒険者の場合は相性や戦う場所を考慮して、武具の種類を変える人が多い。
大剣と小剣だったり、弓とショートスピアだったり、大剣と大槌だったり人によって様々だ。
「そうか、刀がメインでサブを買いに来たんだな、今まで何を使っていた」
「えっと……クトウを」
「ん、なんって言った」
「木刀を使っていました」
「木刀……そうか」
色々とツッコミどころ満載だが、小僧が目線をずらしてこれ以上追求しないで欲しいと言っているので、聞かないでおこう。
「でだ、今回はどんなのが欲しい、悪いが木刀は置いてないぞ」
「木刀じゃなくて新しいものにしようと思っていますけど、特に決めてないんですが、商品を見させてもらっていいですか?」
「おお、自由に見てくれ」
そう言って小僧が店に飾っている商品を、一つ一つ手に取りながら吟味している。
しばらく観察しているが、小僧は目につく色々な商品を適当に物を持ってみては、すぐに元の場所に戻している。
長年客を見ているとわかる。
ああいう風に商品を見る奴は、大抵商品を決めきれない。
「いいのあったか?」
しばらくして頃合いを見計らって、声をかけた。
「色々な武具に目移りしちゃいまして、何かおすすめありますか?」
「おすすめね」
これがよく貰う困る質問だ。
魚や野菜であれば季節物や新鮮な物を勧められるが、武具となるとそうもいかない。
常連であれば戦闘スタイルや好みを知っているので提案ぐらいできるが、五年前に一度会っただけの小僧に何を勧めればいいのだろうか?
「色々聞いてもいいか?」
「はい、どうぞ」
「まずパーティーメンバーの構成を教えてくれ」
「ソロじゃないや、自分ともう一人の二人です」
「二人組かそいつは何ができるんだ?」
「刀と剣の二刀流使いです。
居合い斬りで斬撃を飛ばして遠くから攻撃もできますし、盾を使ってタンク役もこなせます」
「ほぉ、変わっているがなかなか優秀そうだな、お前は何ができる」
「えっと、多少刀を使えます」
そりゃあ知っているよ、俺が刀を売ったのだから。
「そうじゃなくだな、あ~例えばどんなスキルを持っているんだ?」
「えっと刀術のスキルと……変わったスキルを持っていまして……索敵とか、体をあっため、強化したり、後は隠れられたり、足の裏から……」
「珍しいな」
最後は少しゴニョゴニョ言って、よくわからなかった。
冒険者達はスキルを秘匿する奴も多い。
内容からして恐らくバフ系のスキルだろう。
地味だが、下手なスキルよりは汎用性が高いだろう。
「刀以外の持ち物を見してもらっていいか?」
「どうぞ」
スキルと違ってこちらは平然としている。
腰につけているポーチを丸事渡してきた。
中はポーションと魔力ポーション、解毒薬、コップ、折りたたみのスコップ、臭い玉、縄、ナイフ、火打ち石、これは財布か?
なんて不用心なのだ、このまま財布を盗まれるとか考えないのか?
スキルと違って荷物はごく普通だ。
防具も安すそうな皮の防具に鉄の小手と脛当て?
「小僧、その小手を見せてくれないか?」
「え、はいどうぞ」
小僧が渡してきた小手を手に取った瞬間に、違和感を抱く。
軽い、ただの鉄ではない。
裏返してみると、地味な紫の線が入っている。
光に当て、軽く魔力を流し込んでみるがやたらと流れがいい。
ミスリル製だ、何故かミスリルの上に鉄でコーティングしている。
「どこで買った?」
「ノーテン工房です」
「ほぉー」
ノーテン工房はこの地域では一番の鍛冶屋だ。
商人を挟まず客と直接行うのがメインなので、一部の商人にからは嫌われていたりするが、俺は別に嫌いじゃない。
いい品物を作るし、たまに製品を卸してもらったりしている。
ただあそこは客を選ぶので有名だが、この小僧は見かけに反して実力者なのか?
「いくらだった?」
マナー違反しかないのかもしれないが、我慢できず聞いてしまった。
「金貨二枚です」
「…………そうか大切にしろよ」
とりあえず、防具と鞄を返した。
金貨二枚だと材料費にもならないだろう。
何故そんな安値にしたのかわからないが、何かわけがあるのだろう。
今度ノーテン工房に行ったら聞いてみよう。
「ちょっと待ってろ」
小僧と話をしていると、倉庫に眠っている武具が頭をよぎった。
店に飾り切らないものや、高価なもの、マニアックな物は別の場所にしまっている。
「これなんかどうだ」
取ってきた武具をカウンターに置く。
「これは、鉈ですか?」
鞘から抜いて明らかにがっかりしている。
鉈と言うと武具と言うジャンルではなく、薪を割る等生活用品の延長線上にあるものだ。
「そんな顔をするな、この鉈はとある腕のいい職人が趣味で作った鉈だ。
小僧にすすめる理由はいくつかある。
一つ、この鉈は刃が厚く耐久性が高い。
耐久性が心配な刀のパートナーとしてはいい相方だと思う。
二つ、汎用性が高い。
切れ味も刀には及ばないがそこらの武具よりずっといい。
刀が使いづらい狭い場所とかでは活躍するだろう。
それに解体だったり、薪を切ったり、山道を進む時に鉈で進むとか使い勝手がいいはずだ。
三つ、手斧みたいに投げる事ができる。
刀ほど高価ではないから、仮になくしても諦めがつく。
どうだ鉈だが小僧のサブの武具としては、意外と悪くないだろ」
小僧が狙い通り、いいかもと言う顔になっている。
この小僧はもっと感情を表に出さないようにしないと、すぐに騙されそうだ。
「いくらですか?」
「三つで銀貨二十枚だ」
「三つ?」
「サブだろ、投げるんだし、多めに買うに越した事はないだろ」
「そうですね、三つで銀貨二十枚か、どうしようかな」
小僧が両手を組んで悩んでいる。
「確かに鉈の割には高いが、これでも結構まけてやっている。
この価格帯で、攻撃力と耐久性を兼ね備えた武具はそうはないぞ」
「そうですか、ではお願いします」
「お、毎度あり」
もう少しごねるかと思ったが、あっさり取り引きが成立した。
あの鉈は職人の趣味で作った武具なので、中途半端な製品になってしまった。
鉈というだけで冒険者達には人気がなく、最高級鉈として販売するにしても鉈にこだわる金持ちは少なく、長い間倉庫に眠っていた。
少しだけなら値引きしてやるつもりだったが、言い値で販売できた。
「あ、ちょっと待ってください」
なんか後ろを振り向き、ゴソゴソと独り言を言っている。
「どうした?」
「とりあえず、一本だけでも良いですか?」
「別にいいが、どうしてだ」
「試してみて、良ければ残りのスペアも含めて買おうと思います」
「ああ、そうだな、そうしな」
とりあえず、一つ銀貨八枚で販売し、よければ残り二つを十二枚で販売する事にした。
挙動不審だったが、しっかりしている部分が見えて逆に安心した。
「ありがとうございました」
「おう、また来いよ、今度はもっと早めにな」
「はい」
そう言って小僧を見送った、色々アドバイスしてやりたくなる変な奴だった。
五年ぶりに出会ったが、今度はすぐにリピーターとしてやってくるだろうと長年の勘が告げていた。
予想は的中し、思っていたよりもずっと早く出会う事になるのはもう少し後の話。
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